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賢者の剣  作者: 陽山純樹
天使の箱船

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力の差を覆す手段

「もう終わりかしら?」


 堕天使アンヴェレートが問う。天界では普段瘴気を消していたが、実戦形式の訓練なので、現在は全開モード。

 そして周囲にいる仲間達は……全員が全員倒れているか膝をついている。まさしく死屍累々である。


「あら、そっちは終わったの?」


 気配を察したかアンヴェレートが首を向けてくる。こっちは肩をすくめ、


「まあちょっとやらかして……中級魔法で融合を試したら壁を破壊してしまった」

「へえ、それはまた……建物はずいぶん強固だし、思った以上に威力が増すのかしら」


 彼女としても意外そうな顔をする。


「天使同士ではそんなことなかったのだけれど、人間同士だと変化するのかしら。あるいは、お二人の相性がいいとか」

「……説明無かったのは、よくわかっていなかったってことか」

「私も人間に教えるのは初めてだからね。仕方ないわ」

「……訓練していて問題とか出ていないけど、副作用とかはないのか?」

「そういう技法ではないから大丈夫よ。ただ一つ言うなら、融合魔法の練習をしすぎて通常のやり方に癖が出るとかいう可能性もあるけれど」

「……そうならないよう注意するよ」


 新たな技術を習得すれば当然、それに付随し問題も出てくるってことだ……気をつけよう。


「で、アンヴェレート。戦いは終わったのか?」

「それは膝をついている人に聞いてみれば?」


 視線を移す。それと同時にいち早くエイナが立ち上がった。


「これが、堕天使のレベルというわけか」

「私に負けるようでは、ロスタルドには勝てないわよ……まあ時間稼ぎが目的なのだから勝つ必要はないでしょうけれど」


 そこで彼女は肩をすくめた。


「現状では、壁役になるのも難しいわね」

「……では、作戦は無理ということか?」

「時間もないし、このままでは打開は不可能……って言いたいのよね? そうと決めるのは早いわよ」


 含みを持たせた笑み。


「先ほどの戦いを振り返ってみましょうか? 時間稼ぎということで防戦主体だったようだけど、さすがに堕天使側に受け手に回るのは愚策ね」

「だからこそ、牽制を入れつつ仕掛けたんだがな」


 告げたのはクオト。彼は倒れていたのだが、ゆっくりと起き上がる。


「事前に打ち合わせをした結果、セルガさんの魔法を軸にして俺とエイナさんとディーチェさんで牽制……って感じだったんだが」

「牽制というのがまず駄目ね。そもそも魔力量としては歴然とした差がある以上、牽制攻撃というのはそもそも牽制の意味を成さないわ」

「通常のやり方ではまずいってことか」

「そうね。常に出力は最大で、ロスタルドを潰す覚悟で挑むのが大前提ね」


 エイナ達は息を呑む……と、ここでアンヴェレートはクオトへ質問する。


「魔法の威力を考慮してセルガさんを軸に、としたわけだけどロミルダちゃんはどうしたの? あまり目立ってはいなかったけど」

「彼女はすぐさま魔法が使えることに加え、勘が鋭いからな。そちらの動きに反応して対処するようお願いした」


 エイナが答える。それにアンヴェレートは「なるほど」と呟き、


「さっきのこれは、その結果によるものね」


 左手を眺める彼女。よくよく見れば二の腕辺りの衣服がわずかに損傷していた。ただ魔力によって作られたものらしく、腕を振るとあっさりと修復される。


「この一撃は完全に当たっていたら痛かったかもね。でもまあ、彼女を攻めではなく受け近い立ち位置にするのは、個人的にはどうなのかしら、と思うわ」

「案はあるのか?」

「私はあなた達の能力を事細かに理解しているわけではないから、意見といってもそう多くは出せないわよ。さっき戦った感触から考えるに、やはり守勢に回るのはまずいわね。むしろ受けになった時点で負けると思うくらいが丁度いい」


 そう語ると彼女は腕を組んだ。


「あなた達は自分が犠牲……つまり盾になれば、と考えているかもしれないけれど、戦力が減れば時間稼ぎもままならなくなるわ。それにロスタルドに押し込まれれば今の調子では突破されるでしょう」

「かといって、全力攻撃がどこまで通用する?」


 セルガの問い。するとアンヴェレートは再度笑った。


「ルオンさんとソフィアさん以外でロスタルドへ確実に傷を負わせられるのは……ロミルダちゃんと、セルガさんの二人かしら? でも例えば、エイナさん達だって武具などを強化すれば十分いけると思うわよ」

「まあデヴァルスさんも協力するだろ」


 俺の意見……現在は防具だけだが、決戦に際し俺達の力は必要だし、何かしら援助があるとは思う。


「もし武具を早期に手に入れることができたら、是非試したいところだな」

「そうね。ロスタルドと遭遇した際、彼の魔力障壁などもある程度類推したわ。さすがにそれで全力なのかは断定できないけれど、ルオンさんとソフィアさん以外の誰かがそれを突破することができれば……侮れない相手として警戒するでしょう」

「まずは倒すべき相手だと認識させるところから、か」


 ディーチェが立ち上がる。彼女は軽く肩を回しながら、


「時間稼ぎということで私達は食い止める方針だったが、それは間違いでむしろ私達でロスタルドを滅ぼすくらいの気合いがなければならない、という話だな」

「そういうこと。さて、そろそろ昼食の時間だし、ひとまずここまでにしておきましょう」


 瘴気が消える。堕天使ではなく一般的なモードに変化したアンヴェレートは、伸びをした。


「私は少しばかり休んでいるわ」

「……一つ、訊きたい」


 そこでエイナが口を開いた。


「今回の戦い、私達は役目を全うできると思うか?」

「実力的に、例えば単独で任務を遂行することは難しいわね。あなたとしてはそれについて不満もありそうだけど」


 エイナの口が固く結ばれる。彼女も確実に強くなっているが、それでも俺やソフィアとの差は歴然としている……いや、俺達もまた技術などを高めていることから考えても、差が広がっている可能性すらある。


「悔しいというのは私も理解できるわ。けれど無理をするのは駄目。おそらくあなたは今後重要な戦いに関わることになるでしょう。それはルオンさん達に請われてなのか、それとも自発的なのかわからないけれど」


 アンヴェレートがチラリとこちらを見た。


「この戦いで戦線を離脱するなんて真似だけはしないよう、頑張りなさい。方法はあるわよ。武具などによる単純な強化を含め、短期間でもロスタルドに対抗できる手段を構築することはできるわ」

「……それは、確信か?」

「ええそうよ。力の差があるのは事実だけれど……多大な魔力を抱え絶望的な存在である魔王や、その部下である魔族とあなたは戦ったでしょう? 圧倒的な力を持つ相手に対し、あなたはどうやって戦ってきた? それを思い出せば、自ずと答えは見えてくるはずよ」


 ――俺については正直ゴリ押しのような戦法だった。けれど魔王が使おうとしていた大陸崩壊魔法だけは、神霊達の力を借りて打ち破った。


 俺だけではどうにもならなかったものを、協力によってしのいだ……また力の差がある魔族などが相手の場合、ソフィアだって技術や連携などによって対処してきた。人間である以上、差は埋められない。結局はそうした力を覆す何かによって、勝たなければならない。


 そしてそれは、エイナも魔族などとの戦いで経験してきたはず……すると彼女は深々と頷いた。


「わかった……少し私も慌てていたのかもしれない。力に対しては、こちらも相応の力をつけなければならないと」

「頭が冷えたようね。さて、午後も同じようにやるから、色々試してみなさい」


 アンヴェレートの言葉に一同頷く――その表情は誰もが任務を成功させようと、強い意志がみなぎっていた。


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