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賢者の剣  作者: 陽山純樹
天使の箱船

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堕天使達の激突

 目標はロスタルド。相手はこちらを窺うのか佇み、迎え撃つ構えすらとらない。

 それを先行しているアンヴェレートがどう思ったか――彼女の周囲に闇が生じる。気配だけで相手を殺そうとするような瘴気であり、味方であるはずの俺でさえ驚愕するほどだった。


「食らいなさい!」


 アンヴェレートが手を振り闇を生む。直後、ようやくロスタルドが動いた。

 ただ動作は非常にゆっくりであり、この間にも俺達は突き進んでいる――そして先行したアンヴェレートがロスタルドへ肉薄する。


 闇をまとわせた堕天使が、間近にいる宿敵を食いちぎろうと力を解き放つ――対するロスタルドは冷静だった。何の気なしに右手をかざすと、真正面から彼女の闇を受ける。

 刹那、闇が弾け上空へと昇る。そればかりか轟音を立てながらロスタルドが立っていた場所を中心にドーム状の渦を巻いた。


 俺やソフィアは一度立ち止まる。正直これでやられるような相手ではないと思うが……果たして、


「素晴らしい一撃だ」


 ロスタルドの声。やがて闇が弾けると、無傷の堕天使がいた。


「以前戦った時と比べて、強くなっているな」

「どれだけの時間が経っていると思っているの?」

「私を滅するためだけに、牙を研ぎ続けたか……その努力は目を見張るものがある。だが私もまた強くなっていることを忘れてはならない」

「わかっているわよ、そんなことは」


 ずい、と一歩アンヴェレートは前に出る。俺達もまた――と思ったところで、彼女の闇が膨らんだ。


「……ルオン様、これは」

「そうみたいだな」


 彼女の攻撃は、完全に味方を巻き込みかねないもの。ここからわかることは、アンヴェレートは意図的に俺達に手出しできないようにしている。


「どうしますか?」

「……俺なら無理矢理戦うこともできるけど。ソフィアはどうだ?」

「私は……」


 じっとアンヴェレートを見据える。魔力障壁を強化したわけだが、彼女の攻撃については大丈夫なのかどうか。

 彼女の眼光は鋭く、また何かを捉えているようにも感じられる……おそらくディーチェから教わった観察眼だ。それを利用して問題ないのかを判断しようとしている。


 その間にアンヴェレートの魔力がさらに増す。それはロスタルドが発する気配を覆い尽くすほどのもの。


「先ほど、覚悟が足りないと言ったな」


 唐突にロスタルドは口を開いた。


「だがそれは少し違ったか。差し違えるくらいの決意は携えてきたか」

「……どう思おうと勝手だけれど、ここで決着をつけるつもりなのは明白よ」


 アンヴェレートの右手に変化が。取り巻いていた膨大な魔力が、そこに結集し始めた。


「小手先の勝負では決まらないようね。けれどあなたも私を滅ぼすだけの力を引き出すのはかなり大変そう」

「そう見えるか? そういうフリをしているだけかもしれないぞ?」

「あなた、私を馬鹿にしすぎよね」


 嘲笑も滲ませた言葉。アンヴェレートはロスタルドの能力をおおよそ把握したか。


「まあいいわ。余裕ぶっている間にさっさと終わらせるのも一興ね」

「ふむ、ならば来るといい」

「ええ、なら遠慮無く――!!」


 駆ける。その声はようやく宿願を果たせる――そういった喜びに満ちている気がした。


「――ルオン様」


 ソフィアが呟く。首を一瞬だけ向けると彼女は頷いていた。

 それにより、俺はどうするか決断する。


「行くぞ」


 端的な言葉。それで十分であり、彼女を見ずに走り出した。


 アンヴェレートがロスタルドへ最接近する。拳が届く距離であり、凝縮した闇を拳にまとわせ、放つ。

 それをロスタルドはまたも真正面から受けた。避ける素振りすらなく、拳が当たった瞬間、ゴアッと重い音を響かせその体が闇に覆われた。


 今度は上ではなく、ロスタルドの向こう側へ抜ける。一瞬大丈夫かと思ったが、闇は少し先で途切れていた。アンヴェレートが配慮したか……いや、ロスタルドが防御により彼女の攻撃を相殺していると考えていいだろうか。

 当の彼女は拳を打ち込んだ姿勢のまま変わらない。先ほどの言及から、それこそ終わらせるつもりで仕掛けたのだろう。だが、


「堕天使となったのは、俺を滅するため……だが、あまりよい決断とは言えなかったかもしれないな」


 闇が途切れる。おそらくロスタルドは自身の魔力により闇を払っている。

 そして彼女の拳はロスタルドの左肩に突き刺さっていたが……無傷。その間に俺達は回り込むように迫ろうして、


「ふむ、これはまずそうだな」


 素早く引き下がる。俺達は立ち止まり、アンヴェレートに並び立つような形となる。


「……む、攻めてこないか」

「彼女の攻撃をまともに食らって平気な相手に、そう易々と仕掛けられないさ」

「ああ、言われてみれば確かに。正面から受けたのは失敗だったかもしれないな」


 やれやれといった仕草。彼の態度からすると――


「本気すら出さず、私には勝てると?」


 アンヴェレートが問う。それにロスタルドは笑みを示し、


「先に言っておくが、同じ堕天使だから攻撃が効きにくいなんて理由ではない。そもそも、そうした可能性を考慮してなお、お前は堕天使となったのだろう? 今のは見事な攻撃だったと思うぞ」


 そう語るロスタルドは、どこか上からの物言い。


「ただ私の目からすれば、お前の攻撃は受けても平気だと直感した。ただそれだけの話だ」

「力が足りないと?」

「平たく言えば、な」


 ――ロスタルドは俺やソフィアの動きに対しては警戒し退いた。これはアンヴェレートも理解しているはずで、それはつまり彼女に対し「取るに足らない」相手だと暗に語っているわけだ。

 もっとも、俺達に対する動きは彼女を誘うための罠かもしれない……考える間にアンヴェレートがさらなる魔力収束を開始する。ただしそれは、


「おい、アンヴェレート――」

「ここまでコケにされて、罠だとわかっていても引き下がるわけにはいかないわね」


 暴風すら伴う凄まじい気配。それは戦いが始まる前にロスタルドが言った、それこそ命を削るような勢いなのかもしれない。

 彼女をどれだけ説得しても止まらないだろう。なら、やることは一つ。


 アンヴェレートを挟んで反対側にいるソフィアはこちらに頷いた。同じことを考えついているのだと理解し、同時、アンヴェレートが疾駆する。

 三度目の攻撃。だがこれまでと違いアンヴェレートには余裕がない。なおかつ明らかにロスタルドは誘っている。よって俺は――


「まず、お前からだな」


 ロスタルドの、アンヴェレートへの宣告。彼女は咆哮をと呼べる声を上げながら突撃し、闇が周囲を覆い尽くす。

 それはまさしく、これまでに見たことがないほどの膨大な魔力を伴った一撃だった。正直なところ、発する魔力が膨大過ぎて逆に全体を認識できない有様――けれどそれでもロスタルドは涼しい顔。ゆっくりとした動作で彼女の拳に対応する。


 その拳が、堕天使の体に触れる。次の瞬間闇が弾け、ロスタルドの体を再び包む――


「残念だ」


 ――いや、そうはならなかった。突如彼を避けるように漆黒が弾ける。


 彼女の攻撃は間違いなく直撃した。しかしロスタルドはその全てを受け流している――


「終わりだ」


 右手をかざす。極めてシンプルな魔力の刃。遠目から見ても相当な魔力が乗っているのがわかった。

 アンヴェレートが滅ぶレベルなのかはわからないが、直撃すればただでは済まないだろう。そして彼女は攻撃により完全に回避するタイミングを逸した。


 そこへ、俺達が介入した――


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