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賢者の剣  作者: 陽山純樹
天使の箱船

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微笑の青年

 天魔と思しき魔力は河川に程近い場所にあった。急行した俺とソフィアは相手の姿を捉え、立ち止まる。


「……来たか」


 男性の声。茶褐色のコートに身を包んだ長身の男性。見た目は白髪かつ皺も刻まれているため、五十くらいのように思える。もっとも、魔物が進化したとでも言うべき天魔の見た目が年齢と関係しているのかはわからないが。

 両手には何も持たず素手。背筋をピンとした天魔は、例えば男爵のような爵位を持つ精悍な貴族……そんな感じだ。


 また、先ほどのセリフ……こちらを待っていたかのような言い方であり、


「俺達が来ることを予想していたのか?」


 天魔は俺達を見返す。こちらを見定めているような雰囲気。


「……そういうことだな」


 端的な返事。敵側としては以前交戦したし、天使側に天魔の動向を察することができる手段を構築している――そんな風に考えたのだろうか。

 少なくともこの衝突は敵にとって予想外ではない……ということは相応の対策もしているはず。デヴァルス達の支援によって修行をしていなければ仲間なんかは危険だったかもしれない。


「しかし、来たのは二人か」


 天魔はそう呟く。それに俺は肩をすくめ、


「前回、お前達と戦闘して天使が混乱に陥った。それを考慮に入れないはずがないだろう?」

「その通りだな。お前達はさしずめ天使の宴参加者といったところか」


 天魔はさらに呟くと、コートをはためかせながら俺達を一瞥。


「……人間で、勝てると思っているのか?」

「どうだろうな」


 口上から俺達が天魔を倒したことは把握してはいないな……俺とソフィアなら全力を叩き込めばそれで終わりなんて可能性もある。

 こちらの実力を知られる前に短期決戦で倒すのがいいな。俺とソフィアは同時に剣を抜く。すると、


「ふむ、さすがに単独では分が悪そうだな」


 どこか冷静に、天魔は声を発した。


「さて、こちらの策が吉と出るか凶と出るか」


 何? 疑問が頭を掠めた瞬間、天魔の後方の空間が歪み始めた。


 援軍――そう判断した直後、俺とソフィアは大きく後退。天魔は「さすがだ」と称賛するような声を上げ、


「判断力もあるな……お前達が当たりなのかはわからないが、臆することなく構えているところを見ると、我らに応じるために色々していると予想できる」


 当たり? さらに疑問符が浮かび上がった時、歪んだ空間から人の姿が出てきた。

 それは、黒い衣装に身を包んだ茶髪の青年。見た目は二十前後で、柔和な笑みを携えてさえいる。


 最初の天魔と同様、武器の類いは所持していない。もっとも彼らは武器を魔法で生み出すようなタイプのはずで……今ここで仕掛けても瞬時に武器を作成し迎撃されてもおかしくないな。


「初めまして」


 そして青年はずいぶんと穏やかな挨拶を行う。それに対し天魔は一歩引いた形で立っている。天魔にとって上官か? そうは見えないが。


「この場にいるのは二人……天使がいなく状況だ。精鋭といったところか? ご苦労なことだ」


 青年はそう告げると小さく息をついた。


「人間、なぜこの宴……いや、この討伐に参加する?」

「……理由は色々とあるが、俺の答えはシンプルだ」

「何だ?」

「人間に仇なす存在を放置できない」

「ほう、ずいぶんと正義感溢れる人間だ」


 半ば呆れたように青年は応じた。


「相手がどれほどのものなのかおおよそ理解した上で天使と共に戦うか……金を積まれたか? それとも恩義でもあるのか?」

「色々と、あってね」


 こちらの返答を青年はどう受け取ったか……対する俺はじっと新たに現れた敵を見据える。

 ソフィアも同じように観察し、また沈黙している――ここで俺は予感を抱いた。笑う青年からは魔力をほとんど感じられない。ただそれは力がないからではなく、隠すのが上手いからだろうと推測する。


 彼は、もしや――


『ルオン殿』


 その時、ガルクの声が。


『ルオン殿は把握しているかどうかわからないが……こやつの内側、相当な魔力が渦巻いている』


 となれば、やはり――


「あんたの名を聞かせてもらえないか?」

「推測はできているんだろう?」


 青年が応じる。同時、隣に立つソフィアが緊張した面持ちとなる。


「まあいいだろう……名はロスタルド。天使達から話は聞いているだろう?」


 ――まさかの大将が登場。以前、デヴァルスからロスタルドの容姿については聞いていたが……それとは違う。まあ外見は変えるだろうと推測していたので予想の範囲だが……いや、そもそもロスタルドと名乗る当該の存在が、本物の堕天使ロスタルドなのかは確認しようがないな。


 普通に考えてこんな場にいきなり登場とは到底思えない。ここまで姿を現さなかった相手だ。それが唐突に、俺達に対策を打たれているとわかっておきながら現れたとなると――


「ふむ、疑っているようだな。まあ当然か」


 と、ロスタルドは苦笑する。


「そちらにすれば私が本物であると推測できるような根拠は何もないからな……まあいい、私が本物、偽物どちらかなどこの場においては小事だ」

「……少なくとも、ロスタルドと名乗るような存在が俺達の目の前に現れたわけだ。そちらにとっては今回の策がよほど重要ってことだな」


 今度はこちらが口を開く。


「一体、何が目的だ? わざわざ名乗ってどうする気だ?」

「その答えは、じきにわかるさ」


 余裕の笑みを浮かべながら答えるロスタルド……この状況はおそらく天界にも伝わっているはず。目の前の相手が本物のロスタルドだとすれば、デヴァルス達が大なり小なり反応するだろう。

 もしやそれが狙いなのか? 仮にデヴァルスが出てくれば堕天化しようとするか……けど彼も自制するだろうし、何よりこの場には俺がいる。周辺の被害を少なくするために派兵などとは考えず、こちらに任せるだろう。


「さて、人間。そちらの戦う意思はしかと拝見させてもらった」


 と、ロスタルドは悠然と語り出す。


「だが、こちらは目的がある……できればおとなしく退いてもらえるとありがたい」

「さすがにそれはできないな」


 剣の切っ先を向ける。ロスタルドはそこでまたも肩をすくめ、


「戦闘に入ればどうなるか、わかっていないわけではあるまい」

「ああ、そうだな」


 魔力を体の底から少しずつ引っ張り出す。もし襲い掛かってきても対応できるように。

 しばし、静寂が訪れる。ロスタルドは何かを待っているかのように佇み、沈黙を守る。


 一方、他の場所では仲間達が交戦を開始するのが使い魔を通してわかった。相手は天魔単独であり、他の地点で苦戦は見られない。

 さて、このままデヴァルス達がどうアクションするのか待ってもいいが……口を開いた。


「……他の場所にも同じように後ろにいるようなやつを派遣しているだろう?」

「それも把握済みか」

「直に仲間達に倒される……戦力が減るだけだぞ?」

「そうかもしれないな」


 超然としている……そもそも天魔を大陸に派遣して何が目的かもわかっていない。一見愚かな行為にも思えるが、彼にとっては価値のあることなのかもしれない。


 それについては答えなど返ってこないとは思うが――


「お前の目的は天界そのものか? それとも天使の力か?」


 反応はない。ならば――


「――それとも、地底の奥底に眠る存在の力か?」


 言葉に、ロスタルドの顔に変化が。突如目を細め、俺を見定めるような雰囲気になる。


「……ほう、知っているのか」

「他の場所で関わることになってね。その雰囲気だと、地底に眠る存在をどうにかすることが目的か。目覚めさせようとしているのか――」

「少しは話ができそうだ」


 そう述べたロスタルドは、笑みを絶やさず俺へ視線を送る――俺に対し、興味を抱いたような顔つきだった。


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