襲来の日
俺達は天界で修行を進め――いよいよ天魔が大陸に襲来する日を迎える。
朝、俺とソフィアは支度を済ませデヴァルスと合流した。他の仲間達も準備を整え、いつでも動ける態勢となる。
「さて、始めようじゃないか」
デヴァルスが告げる――場所は宮殿の中で、かなり大きな会議室。たかだか十数人しかいない現状では広々とした空間が寂しいとさえ思えるほど。
会議室中央にあるテーブルには様々な資料が乗せられ、大陸の地図などもあった。よくよく見るとその地図には赤い丸が振ってある。おそらくそれが出現位置なのだろう。
「既に天界から現地へ向かうプランは立ててある」
まずデヴァルスはそう明言する。
「部屋の隅の方に、元々汎用で使える魔法陣が刻まれている。今回はそれを用いて任意の場所へ赴けるようにした」
「ここを基点にして移動するってことか」
俺の発言にデヴァルスは「まさしく」と応じた。
「といっても天界から大陸へはどこへでも行けるわけじゃない。今回は近しい場所に天魔が赴くし、周辺を封鎖するので一般人に被害は出ないだろ」
「封鎖って、どうやったんだ?」
「魔法でそちらへ行かないよう意識を操作している。一種の固有結界だな」
人よけってことかな。
「さて、天魔に関しての詳細はこっちにもわからないため、こればかりは現地で確認するしかない。が、以前こっちが作成した敵を一蹴しただけのことはある。大丈夫だろ」
楽観的な言葉と共に、デヴァルスは俺達を一瞥する。
「人選だが……演習で組んだメンバーで頼む。今回は全部で三ヶ所。ルオンさんとソフィアさんを含めれば四組いる。というわけで」
と、デヴァルスはアラン達を見た。
「アラン班はここで待機。いざという時の遊撃役だ」
「了解しました」
承諾するアラン。次いでデヴァルスは残る三組がどこへ行くかの割り振りを行う。
「天魔が出現する具体的な地点は、予めこれに登録した」
そう述べると、彼は懐から何かを取り出す。それは水晶球みたいな丸い物体。
「目的地方向を教えてくれる道具だ。魔力を込めると進むべき方角がわかる。これを三組に渡しておく」
俺とセルガとディーチェそれぞれに渡す。そして、
「よし、これで決まりだな。あと援護ということで戦力をさらに駄目押しする」
これは予測できた――と、背後で扉が開く音。
「もう入ってもいいかしら?」
アンヴェレートの声だった。振り向くと人間モードになった彼女が。
その容姿はごくごく一般的な人のそれと何ら変わりはない。焦げ茶色の髪が歩く度に揺れ、前感じた子供っぽさも――
「ここにいる全員、子供っぽいと思ったでしょ?」
沈黙。心を読んだとかではなく、完全に自覚した上で言っている。
「……誰かと思ったら、堕天使さんか」
と、息を吐きながらクオトが告げる。
「人間モードってわけだ。個人的には好みなんだけど」
「ナンパは受け付けないから、よろしく」
「する気もないって……デヴァルスさん、彼女が援護ってことかい?」
「その通り。あ、天界へ呼んだってのは秘密にしておいてくれ」
「確かにこんなことがバレたら大騒ぎだよな」
俺のコメントにデヴァルスは笑った。
「まあな。それとアンヴェレート、ここにいる時はその姿で頼むぞ。もし他に天使が来てもその格好ならたぶんバレない」
その言葉に彼女はまず小首を傾げる。ん、何やら思案している様子であり……やがて彼女はニヤリとした。
「おい」
デヴァルスがツッコミを入れる。ああ、もし天使が現れたらわざと本来の姿になって脅かすとか、そういうことを想像したのだろう。
「やめてくれよ、ここでもめ事を起こすのは」
「もめ事ねえ……ま、いいわ。それで私はどうすればいいのかしら?」
「問題が生じるまではここで待機で構わない。宮殿内を散策してもらってもいいぞ」
「さすがに事が終わるまでは待機しているわよ」
アンヴェレートはそう告げると、椅子に腰掛け視線をアランへ向けた。
「ところで彼、堕天使と聞いて一番ビックリしているようだけど」
……そういえば、彼はアンヴェレートと会うのは初めてか。
「事情は聞いていましたが」
と、アランは頭をかく。
「まさかこういう形で会うことになるとは思わなかったので、驚いたんですよ」
「そう。今後ともよろしくね」
笑みを見せる。愛嬌のある綺麗なものなのだが、アランは堕天使ということで気後れしたのか、少々ぎこちない表情で応じた。
その雰囲気から一瞬、前世に何かあったのかと思ったが……まあ初対面の反応としては至極まっとうか。
そんな結論を出す間にデヴァルスは手をパンと鳴らし、
「では戦いを始めよう……全員、武運を祈る」
言葉と共にネルが俺とソフィアを案内する。魔法陣の上に乗るよう指示を受けると、並び立った。
「もし倒したら、一度戻ってきてくれ」
彼の言葉に俺は頷き――と、その前に。
「デヴァルス。俺は他の戦場を確認する術があるんだが、使ってもいいか?」
「ん、使い魔で観察しておくのか?」
「ああ。もし自分で判断して動いて良いのなら……」
「よし、それでいこう」
あっさりと承諾。よって俺は使い魔である小鳥を仲間に渡す。
「これと一緒に転移してもらえれば大丈夫。大陸に赴いたら勝手に飛び立つようになっているから」
「ま、助けが必要な事態にならないよう頑張るさ」
アルトが言う。俺は「頼むぞ」と一言添えて――ソフィアと共に転移した。
到着したのは森の一角。背後には岩場とやや遠くから川のせせらぎが聞こえてくる。
「転移前、ネルさんは大陸中央部だと言っていましたね」
ソフィアが口を開く。俺は周囲を眺めながら、
「中央って言っても、ヴィレイザーと交戦した魔物の巣からは遠いみたいだけど」
言いながら手に握る水晶球に魔力を込める。これで方角がわかるってことだが。
すると、手先から魔力を感じ取り……岩場とは逆方向を示した。
「こっちだ」
「はい」
並んで歩き出す。さて、天魔との戦いだが……天使の援護がないというのがネックだが、どうなるか。
「この戦い、長くなりそうですね」
ふいにソフィアが呟く。俺は同意するように頷き、
「ロスタルド自体が姿を現していないからな……それを見つけるために天使側も色々やっているようだけど」
「堕天化の騒動もありましたから、天使側も攻めあぐねているのかもしれません」
「かもな。まあ特に急いでいる物事があるわけでもないし、時間が掛かっても大丈夫だろ」
「そうなのですが……」
「気になることが?」
と、彼女は俺と目を合わせた。
「いえ、その……国へ戻って事情説明するのが遅れるかなと」
ああ、駆け落ちしてると噂されている件ね。
「……現状、焦っても仕方がないと思うよ」
「そうでしょうか?」
「その辺りは、戦いが終わってから考えよう」
というか、考えるとちょっと頭が痛くなってくる……こっちはこっちで難題だよな。
程なくして森を抜け、正面に穏やかに流れる河川を発見。少し遠くには草原が見え、町の類いは見当たらない。
「人里がなさそうなのが幸いだな」
「はい。それで肝心の敵は――」
その時だった。草原方向から明らかに気配。アンヴェレートと遭遇した時のような鬱屈する魔力。
「お出ましか」
「急ぎましょう――暴れ出さないうちに」
頷き走る。まだ距離があったため移動魔法を行使し――俺達は、目標へ向け突っ走った。




