堕天使の微笑
一通り地底を見回った後、俺はアンヴェレートと別れることになった。
「参考になった、ありがとう」
「どういたしまして。私はこの地底にいるから、何か用があればいらっしゃい」
と、言われても……正直気が滅入る空間なので、あんまり訪れたくはないなあ。
すると俺の心情を把握したのか、アンヴェレートが笑う。
「ここに来たくないというのなら、私から挨拶に伺おうかしら?」
「……さすがに見た目は変えるよな?」
瘴気と漆黒をまとわせた状態で町まで来られたら、混沌どころの騒ぎではない。
疑問に対し、アンヴェレートはとぼけるように、
「え?」
「おい」
「冗談よ、冗談。さすがにこの姿のままでどうにかってことにはならないわ」
と、ここでアンヴェレートは笑みを見せる。
「そうねえ、少しばかり私の秘密をお見せしようかしら」
「秘密?」
「ええ。といっても別にバレたら問題があるって話でもないんだけどね」
そう告げると――突如彼女から発せられていた瘴気が、消えた。
何が起きた……と思っていると、やがてアンヴェレート自身に変化が。肌色が普通の人のように白くなり、また赤い瞳は黒へと変化。
髪色は焦げ茶色に。その見た目は天使……と言うにはどこか地味で、なおかつどこか幼い雰囲気が見え隠れする。
童顔かなあ……などと感想を抱いていると、アンヴェレートはこちらを見返し、
「子供っぽいと思っているでしょう?」
心の声を聞かれた。自覚はあるのか。
「別にそこについては否定しないけれど」
「……この見た目は、堕天使になる前の姿なのか?」
「そうね。もうちょっと綺麗だったけどね」
小さく舌を出す。どうだか……。
「もし町に用があるのなら、この姿で行くわよ」
「わかった……ちなみに瘴気も消えたが、どういう原理なんだ?」
「単に体の奥深くに押し込めただけよ。堕天使となってその力をずいぶんと受けたから、何かの拍子に力が外に漏れ出す可能性も否定できないけれど」
つまりそれだけ力を抱えているってことか。
「さて、納得はしてもらえたかしら? これで用は終わりってことでいい?」
「まあそうだな……あ、俺達は今後天界に赴くことになるとは思うけど」
「修行ね。そういえば天界の長が宴の第一位と接触したと語っていたわね」
「ああ、俺も会ったよ」
「どうだったのかしら?」
「強いのは間違いない……と思う」
もっとも、ロミルダの助言もあるため一概にいいと言えないのが悲しい。そんな心の内をアンヴェレートはどうやら察したようで、
「懸念があるようね」
「……デヴァルスさんには伝えたんだけどな。あ、この話については内密に頼む」
「喋るつもりはないから安心して。下手に喋って味方がいなくなったらどうしようもないしね」
――ふと、俺は一つ疑問に思う。
「アンヴェレート、ロスタルド自身はそちらのことをどう思っているんだろう?」
「堕天使として好き勝手にやっていた時は放って置かれていたわ。けれど今回反旗を翻した以上、あまり良いイメージを抱かないのは確かでしょうね」
「天使として、交流はあったのか?」
「多少は」
――先ほど彼女自身が語ったことが自分のことなら、ロスタルドと何かしら深い縁があったと考えてもいいだろう。それが何なのかまで聞くつもりはないけど。
ここでアンヴェレートは瘴気を発し、元の迫力ある姿に戻る。うん、やはり威圧感は相当なものだ。
「……そっちの話は参考になった。ありがとう」
「礼を言われるようなことはしていないわよ。ま、私のために精々頑張りなさい」
「そっちも鍛錬はするんだろ?」
「まあね」
どこかあっさりとした口調で返答したアンヴェレートは、俺に背を向けた。
「お土産を渡せないのが残念だわ」
そう言いながら消えようとしていくアンヴェレート……俺はその背中に、
「もう一つだけ、いいか?」
立ち止まり、背中越しに振り返る堕天使。
「何かしら?」
「さっきの天使に関する話……その天使とあんたとの関係は友人か何かなのか? その無念を晴らすために、行動を?」
相手は、微笑を浮かべた。
「残念だけど、そんな感動的なものじゃないわ。単に私個人で恨みがある……それだけの話よ」
返答して消えた堕天使。だがその雰囲気は先ほど普通に会話していた時とは違う……それこそ、取り繕うような雰囲気を見て取ることができた。
アンヴェレートが消えてしまったので、俺は地上に戻り町まで帰還。そこでデヴァルスに会い、ひとまず彼女と話したことについて一応報告を行う。プライベートな点も含まれるので、ややボカした説明になってしまったのだが――
「ほう、ルオンさんには多少なりとも話したのか」
どうやら心当たりがある様子。
「……そっちは事情を全部把握しているのか?」
「俺の方はあくまで資料を調べたことによりわかったことだから、あくまで書面上で理解しているだけだ。さすがに彼女がどう考えているのか、詳細についてはわからないさ」
肩をすくめるデヴァルス。
「アンヴェレート自身が曖昧に語ったわけだから、それを尊重し彼女が言ったことについては詳しくは語らない。でもまあ、決して無関係ってわけではないな」
「そうか……踏み込んだことを話したってことは、それなりに信頼を得たってことなのか?」
「感触はそう悪くないってことだろ。俺としては予想以上だ。ルオンさん、礼を言う」
「俺は別に大したことはやっていないし……彼女についてはひとまず終わりかな?」
「ああ、そうだな。しかしもし何かあったらまた頼むことになるかもしれん」
「別に構わないけど、こき使うのだけはやめてくれよ」
「わかっているさ……さて、話は変わるが天界へ赴くことについてだ。こちらも準備が整い、既に天界へ赴く人物については連絡してある」
お、いよいよだな。
「といっても、基本的にはロスタルドとの戦いに備えて鍛錬するって話だから、そう肩に力は入れなくていい。それと、天使側としては全面的にバックアップはするつもりだ。それと修行中に、今後どうするかは話をさせてもらう」
「ありがとう……その中で俺についてだけど――」
「魔力についてはまだ解析の途中であるため結論は出せない。でもまあ、現時点で調べたところによると、例えば戦い方を劇的に変えるとか……そういう必要性は感じなかったから安心してくれ」
「そっか。色々助かる」
俺のやることは、レスベイルの能力強化だろうか……攻撃面はいいとして、防御に不安だらけだからそれに対する策を講じなければいけない。
「さて、ルオンさんも思っているかもしれないが……保有している鎧天使について少し話をしたい」
「構わないよ……攻撃面は問題ないけど、防御面に不安がある。これからの戦い……ロスタルド戦までにある程度体裁を整えておきたいけれど」
「それについて、一つ案がある」
案? 首を傾げると、デヴァルスは語る。
「詳しい説明は天界に赴いた時にしようじゃないか」
気になるが、まあデヴァルスがそう言うのならば……頷くと、彼は笑い、
「そういうわけで、ルオンさんも準備をしてくれ」
「準備か……いや、俺の方は特にないよ」
「そうか? まあいいや。出発は明後日だから、それまではこの町で待機ってことで」
「了解した」
話が終わり、俺は宿へ……現在ロスタルドは何も動いていない。転生者アランの情報をよればしばらく小康状態みたいだが……逆に言えばもし相手から仕掛けてくればアランの情報が役に立たないことになる。
俺達の存在によって犠牲者も少なくヴィレイザーを倒せたらしいし、変化する可能性は十分ある……そうしたことを念頭に置きながら、俺は思案しつつ宿へと戻った。




