とある天使について
アンヴェレートと並ぶような形で地底の中を歩き出す――のだが、その瘴気の濃さは相当なもので、それが怨念にでもなってこっちに乗り移ってきそうな雰囲気があった。
「ヴィレイザーはこの地底で魔物を作成していた」
歩く間に、アンヴェレートが語り出す。
「地底内で力が湧き上がっているから、それを利用したわけね。けれど場所によってムラがあるみたいで、作成ポイントはそれほど多くないわ」
「場所は複数あったのか?」
「ええ。どうやらポイントごとに作成しやすい魔物が存在していたみたいで、場所ごとに魔法陣があったわよ――ほら、ここ」
そう言って彼女が指を差した先にあったのは、床に描かれた魔法陣。ただ大きさは半径三メートルくらいかな? 大きいのは確かだけど、巨獣を生み出せるような感じにも見えない。
「ここでヴィレイザーは魔物の因子を作成していた」
「因子?」
「こんなところで巨大な魔物を作っても外に出せないでしょう? 簡単に言えばどういう魔物を生み出すかをこの魔法陣で構築し、魔物の赤ん坊みたいなものを作り、地上や外に出られる大きな洞窟で育てていたってわけ」
まるで牧場だな、と思っていたらアンヴェレートの話には続きがあった。
「ちなみに因子が生まれて大きくなるまでのサイクルは、たぶん一日か二日くらいかしらね」
「ずいぶんと早く生まれるんだな……」
「あなた達は平然と対処していたけれど、巨獣クラスならもうちょっと時間掛かりそうだけど……そういう風にヴィレイザーは魔物を生み出していた」
――この地底でチマチマそういうことをしていた図を想像すると、なかなかシュールだな。
「当然、ロスタルドの指示なんだよな?」
「でなければこんな面倒なことやらないでしょう?」
アンヴェレートが歩き出す。俺はなおもその隣を歩き……ちょっとだけ、踏み込んだ質問をしてみようと思った。
「詳しく訊くつもりはないけれど、ロスタルドと知り合って長いのか?」
「そうね、人間の寿命では到底考えられないくらい長い付き合いね」
「……デヴァルスさんはロスタルドを古の天使と呼んでいたが、アンヴェレートもそうなのか?」
「まあそうね……さすがに年齢までは言わないわよ」
「別にそこまで訊くつもりはないからいいよ。そういえばネルさんも古の天使だったな」
「交流はまったくなかったけどね」
肩をすくめながら話すアンヴェレート。
「古の天使のひとくくりにされるほど単純なものでもないと思うわよ」
「そうかもしれないけど……ま、知り合って長年の恨みで動いているってことか」
一人で納得して呟くと、アンヴェレートは「そうね」とだけ返した。
そこからいくつかヴィレイザーが魔物を作成していた箇所を回る。ただどれもこれも似たような魔法陣が存在しているだけで、作成者である堕天使がいないためかもう機能もしていない。
「なあアンヴェレート、例えばこの魔法陣を使ってそっちが魔物を作るってのは可能なのか?」
「無理よ。この魔法陣はヴィレイザーの魔力にしか反応しないようになっている。天使側がこれを利用するなんて可能性もあったから、使えるのをヴィレイザー限定にするようロスタルドが指示したんでしょうね」
「ふうん、なるほど」
相づちを打ちながら魔法陣を眺める……決して悪い雰囲気(空気は死ぬほどよどんでいるけど)ではないのだが、どうにも彼女について話をするタイミングがない――もっとも無理矢理彼女のことを知る必要もないといえばないので、強引なことをするつもりはない。
あんまり踏み込んで虎の尾を踏み、怒らせるのもさすがにまずいからな。よって話はこれまでかなと思ったのだが……ふいに、
「ロスタルドについてだけれど」
「……ああ」
「私と同じように、恨みを抱いていた天使がいたわ」
彼女を見返す。飄々とした態度を持っており、彼女の心情は窺い知れない。
「ロスタルドは天界の長になれずとも相当な力を持っていてね。彼に付き従う天使も多くいたから派閥なんかも形成していた」
「今もそうなのか?」
「いえ、天使同士で起こった戦いにより、眷属なんかはほとんどが滅び去った……権力争いに負けた形かしら。そういう恨みがあったからこそ、ロスタルドは堕天使となったのかもね」
「同胞をやられた恨みってわけか」
「そういうこと。ひどく人間的よね?」
確かに。
「眷属が消え去り、やがて支持していた天使も消え、彼は一人になった……けど、あきらめてはいなかった。さらなる力を手に入れようとして、無茶な方法だってやったようね」
「その無茶な方法ってやつにより、恨みを持ったのがさっき言っていた天使か?」
「そうよ。一言で言えば全てを奪われた……その天使が持っていたもの、全てをね」
全て――それがどんなものなのか俺にはわからない。けれど、
「……その天使は、どうなったんだ?」
「さすがに反抗したわ。けれど元来力が上だったロスタルドには敵わなかった……結局、何も残らず滅びたわよ。そういうことをロスタルドはいくらでもしていたって話」
――なんとなく思うのだが、それってアンヴェレート当人の話じゃないのか? 滅びたってところは嘘だろうけど。
そんな考えを、どうやら彼女は俺の眼差しから読み取ったらしい……こちらを一瞥すると、
「もう一度言うけど、別の天使の話よ。私の方はもうちょっと事情が違うわ」
「ああ、そっか……うん、わかった。その話で言えることは、ロスタルドはずいぶん無茶をやって恨みを買うような天使が多いって話だな」
「少なくとも古の天使と呼ばれるような存在からは、疎まれていたでしょうね……ま、彼の活動は比較的限定的だったことや、他にも厄介な種を蒔いていた天使はいたから、彼ばかりってわけでもないけどね」
「それもどうかと思うけど……昔の天使は血の気が多かったのか?」
「私やロスタルドが活動していた時は、少し特殊だったのよ」
「特殊? どういうことだ?」
聞き返すと、アンヴェレートは「焦らない」と返す。
「時間はたっぷりあるから、話してあげるわよ。当時、私達天使の間ではある研究が流行っていてね」
「それって、もしや……」
「察しがいいわね。そう、私やロスタルドが堕天使となるきっかけとなる、地底に眠る力よ」
「天使の時代から、そうした研究をしていたのか」
「ええ、けれどその当時の天界の長が研究をやめろと通告してきた。けれどロスタルド含め一部の天使が暴走した。それに巻き込まれたのが、私が語った天使って話よ」
「……確認だけど、アンヴェレートとその天使の関係は?」
「ただの知り合い」
怪しい……が、たぶん追及してもはぐらかされるだけだろうな。
「なるほど、わかったよ……結局、地底に眠る力によって今も昔も翻弄されていると」
「そうとも言うわね。歴史は繰り返すと言うけれど、人間も天使もそういうところはまったく同じなのね」
「みたいだな」
地底に眠る力……それが全ての引き金か。ロスタルドはその力を存分に発揮し、今回の戦いで勝利しようとするだろう。
「……止めないといけないな」
「そうね、私も同意するわ」
アンヴェレートを見返す。おそらく彼女は天使のままでは勝てないと思い、あえて堕天使となった。身を堕とすほどの覚悟を抱き、ロスタルドを――さっきの話が彼女自身のことなのかわからないが、少なくとも相当な恨みを持っていることだけは、理解することができた。




