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賢者の剣  作者: 陽山純樹
天使の箱船

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深淵の堕天使

 さて、堕天使であるアンヴェレートと会話をするといっても……正直不安しかない。襲い掛かってくるような真似はないにしても、果たして友好的に接してくれるのか……ともあれデヴァルスに頼まれた以上、やるだけやってみよう。


 話によると、現在アンヴェレートはヴィレイザーが潜伏していた魔物の巣の地底にいる。ロスタルドについて手がかりはないものかと、調べ回っているらしい。俺はデヴァルスに教えられて魔物の巣へ向かい、地底へと下りることとなった。


「しっかし、ずいぶんと深いな……」


 地底へ下りることができる道を見つけ進んでいるのだが……らせん状に通路が存在し、その中央にはどこまでも続く深い穴。移動魔法を使って一気に下りるのもありなのだが、下が見えないため地面とかに激突する可能性もある。ダメージはゼロだけどなんか情けない気がしたので、俺は徒歩で進んでいた。


 地底にはアンヴェレートと出会った時と同様、瘴気が満ちている。ヴィレイザーが悪巧みをするのにはうってつけだし、ここで魔物を作成したのも納得だ。

 程なくして地底の底へたどり着く。明かりで照らすとそれなりに広い空間。なおかつ四方八方に道が続いているらしく、広大な地下洞窟といった感じか。


「探すのも一苦労だな……」


 そう呟いた時、右方向から強い瘴気を感じ取った。ふむ、こっちに気付いたのかな?


『うむ、間違いなく堕天使だな』


 ガルクが言う。こちらが待っていると、ドス黒い気配を漂わせた堕天使――アンヴェレートが姿を現した。

 殺気はあんまり漂わせていないのだが、初めて遭遇した時を思い出させるような瘴気……うん、十分怖いぞ。


「あら、あなたがここに来るなんて。天使の誰かが討伐依頼でも出したのかしら?」


 甘い声で尋ねる堕天使。そこで俺は肩をすくめ、


「デヴァルスさんの指示で、様子を見てこいと」

「うーん、警戒されているのかしらね?」

「デヴァルス当人はそうでもないみたいだけど……まあ他の天使がどう思っているかというと――」

「決して良くは思ってないでしょうね」


 はあ、と小さくため息をつく堕天使。


「ま、それは仕方がないわ。天使の長も苦労するでしょうけれど、あんな場で私のことをひけらかしたのだから、少しは頑張ってもらわないと」


 やっぱりちょっとばかり恨んでいるようだ。もっとも、だからといってデヴァルスをどうにかしようなんて気配はないけど。

 沈黙していると、アンヴェレートはこちらの顔を窺うように、


「私のことについて、興味はないの?」

「多少なりともあるよ。けどこっちが訊いて答えてくれるものでもないだろ?」

「確かにねえ……でも気になると正直に話すのは好意的ね」


 アンヴェレートは一歩近づく。瘴気がさらに濃くなったが、俺は動かない。


「あなたを派遣したのは、私が暴走しても大丈夫な人間、だからかしら?」

「そういう意図もちょっとはあるかもしれないけど、今回の戦いにおいてデヴァルスさんが信用に置ける……なおかつ堕天使のあんたとそんなに確執もないから選ばれたんじゃないか?」

「ふうん、なるほどね」


 俺のことをまじまじと見つめる。どうやら俺に対し興味を抱いたらしい。


「私と対等に戦える人間……その力の源は何かしら?」

「鍛錬の賜物だよ」

「鍛錬でここまで強くなれるとは到底思えないのだけれど」


 ……ゲーム知識を利用して、と語っても彼女は首を傾げるだろうな。


 アランという転生者の存在もあるから、説明できないこともないけど――いや、ひとまず喋るのはやめておくか。


「それ以外に俺から言えることはないぞ」

「そう、残念ねえ。強くなった経緯とかと知れば、何か参考にできるかなと思ったのに」

「……堕天使のあんたが、人間の俺について知って?」

「ええ、そうよ。鍛錬のやり方とかは別に天使や人間は関係ないでしょう?」


 微笑みながら語るアンヴェレート。肌色が漆黒なのでちょっと不気味ではあるのだが、どこか愛嬌があるようにも見える。


「それはロスタルドを倒すために、だよな?」

「そうね」

「理由は聞かないが、相当恨みを持っているって解釈していいのか?」


 沈黙が訪れた。触れてはいけない部分なのかと一瞬考えたが、彼女の様子は小首を傾げているもので、どう話そうか迷っている雰囲気。


「まあ、そうとも言えるかも」

「どういうことだ……?」

「恨みがあるのは確かだし、ロスタルドを倒すために力を得ようとして堕天使になった……これも間違いないわ。でも、そうね……復讐が全てだと言われるのも、おかしな気分ね」


 そう言うと、アンヴェレートは暗闇広がる洞窟を見回した。


「なんだかんだで私はこの状況を楽しんでいるのかもね。天使だった頃から、私は様々なことに首を突っ込んで自分なりに悠々自適な生活を送っていたつもりだし」

「……トラブルメーカーな感じだな」


 率直な感想を述べると、アンヴェレートは「違いないわ」と肯定する。


「でもまあ、こうしてロスタルドと戦う機会を与えられたのだから、相応の働きはするわよ。天界の長さんにもそう話しておいて」

「なんだか軽い口調だな……まあいいよ。それについては伝えておく」


 様子からすると、ひとまず協力はしてくれるみたいだな……瘴気を発する姿から怪しさ爆発だけど。


「……ちなみにだが」


 と、俺はなんとなく話を変えてみる。


「復讐が終わったら、どうするんだ?」

「どうするって、今まで通り地底の底でおとなしくしているわよ? あ、でも天使達がそれを見逃してくれないか」


 腕を組み考え込む堕天使。天使達が放っておかないということは、結末は彼女にとって良い方向に転がるとは思えないのだが――


「ま、戦いも終わってないうちから考えるだけ無駄よ。ただ一つ言えるとしたら」


 と、アンヴェレートはクスリと笑い、


「この戦いがどうなるのか……一つ、確定していることがあるわね」

「確定? どういうことだ?」

「残念だけど、それは教えられないわ」


 含み笑いを持たせて彼女は語る――なんというか、謎めいた雰囲気があるにはあるけれど、これはどっちかというとそういう雰囲気を装っていると考えた方がいいか。


「天界の長さんには、元気にしていたと伝えてちょうだい。もちろん裏切る気はないから安心して。第一、ロスタルドに反旗を翻した以上、あなた達がいなくなれば味方がいなくなるもの。私にとってあなた達が生命線であることを理解してもらえれば、裏切る要素はないってわかるでしょう?」


 語って彼女は背を向ける。


「さて、それじゃあこの辺りでお暇させてもらうわ」


 ――どうするべきか。もうちょっと話をするべきか、それともさっさと退散するべきか。


 俺は彼女が歩き出した直後に考え始め……その姿が見えなくなる直前で、


「アンヴェレート」


 名を呼ぶと、彼女は立ち止まった。


「……何かしら?」

「この地底内には、ヴィレイザーが何をやっていたか痕跡は残っているのか?」

「ゼロではないけれど、その辺は大方天使達が調べたわよ?」

「実際にどういうものなのか直接確認したいんだけど、案内してもらえるか?」


 ――これは口実だ。天使が調べたのならば、そちらに任せた方がいいのは間違いない。


 本音は……少しばかり、アンヴェレートに興味を抱いた。俺への返答にのらりくらりと応じる彼女の姿だが、どこか演技をしているようにも思えたからだ。

 さすがに深く踏み込もうとは思わない。だがまあこうして共に戦うことになったのだ。少しくらいは接してみてもいいだろう。


 アンヴェレートは俺の考えを読み取ったか、それとも……やがて彼女は蠱惑的な笑みを浮かべ、


「ええ、わかったわ。なら少し歩きましょう」


 俺にそう提案した。


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