堕天使討伐――激突する剣
「ほう、使い魔の力を底上げしたか」
敵を撃破した直後、ヴィレイザーが呟くのを耳にする。視線を移せば、デヴァルスとネルに対しにらみ合いを続ける堕天使の姿。こちらの姿を見ないまま、彼は続ける。
「自分自身ではなく、内に抱える天使の力を強化することで、俺を倒せるだけの力を得られた――というわけか」
俺は何も答えずデヴァルスへ視線を送る。彼は短く頷いた。そしてその表情は笑み。俺が次にどういう手を用いるのか、察したようだ。
先ほどの戦いを振り返る。レスベイル自身防御能力はそれほど高くないため、分身の一撃を食らえば消滅の危険性もあった。けれど俺が上手く対処し、分身の撃破に成功。この状況を見れば、ヴィレイザーにとって警戒するのはレスベイルの方だろう。
以前、俺の全力が思うように効いていないことはヴィレイザー自身がよく知っている。俺は先ほどの戦いについて頭の中で反芻し、呼吸を整える。
「何か企んでいる様子だな」
ヴィレイザーが振り向きもせずに告げる。お前の目論見はわかっている――と、彼はその言葉と瘴気で主張している。
「分身はもう出さないのか?」
「挑発には乗らないぞ」
構えるヴィレイザー。俺がフリーになったこともあるから、気合いを入れ直したか。
さて……状況は圧倒的に優位なわけだが、まだ油断はできない。前回の戦いにおいて手の内をある程度見せてくれたことでこちらは相応の対策ができたわけだが、さらなる手を打ってきてもおかしくない。
ヴィレイザーがこの戦況を打開するとなれば……その時、ザワリと周囲の空気が変わる。ヴィレイザーから発せられる瘴気がさらに膨らみ、臨戦態勢に入る。
「……ここで全てを終わらせよう。とはいえ戦況が戦況だ。俺自身、これまでと言えるかもしれないが」
「ずいぶんと潔いじゃないか」
冗談っぽく言うデヴァルスに対し、ヴィレイザーはなおも瘴気を発しながら答える。
「覚悟はとうの昔に決めている。予定外のことばかりで戸惑った部分もあったが、全て忘れよう――俺は常に一人で戦ってきた。今もまた、そうだ」
「その口ぶりからすると、ロスタルドに対してもあんまりいい関係ではなさそうだな」
「共闘関係ではあるが、決して味方として何から何まで手を組んでいるわけではないな」
「いいのか? そんなことを言ってしまって?」
デヴァルスの質問にヴィレイザーは表情を変えず、
「雌雄を決する場だ。どちらが滅びることを考慮に入れれば、最早意味のない情報だろう?」
「俺達がやられたら話した事実など無にできる。で、俺達が勝てば滅したお前の情報は必要なくなるってことか? だがまあ、色々と参考にはなるぜ? ロスタルドがどういう存在を味方につけているのか……いや、そもそも奴に味方はいるのか?」
「さあな」
ヴィレイザーが構える。漆黒の剣から多量の瘴気を発し、刀身には俺達を滅ぼせるだけの力をまとったことを悟らせる。
堕天使にとっては数で劣勢な上、相手は天界の長と分身を滅した人間……挟撃でもされれば、一撃耐えられるとしてもそう長くはもたないだろう。特にデヴァルスの攻撃は俺みたいに耐性でどうにかできるわけじゃないし、両方から攻撃されるのは最悪だと考えているだろう。
レスベイルの動きだって警戒しているはずだが、俺よりもデヴァルスを優先するか……? 色々と推測するが、ヴィレイザーはまだ動かない。こちらの出方を窺っているか。しかし動き出せば、終わりへ向け一直線に違いない。
大きく息を吸って吐き出す。沈黙が不気味なくらいだが、気を緩めることは一切できない。
俺は相手がどんな手で……ヴィレイザーとしては両方同時には相手にしたくないはずだ。となれば先ほどのように分身を生み出し、当てるという方策か?
先ほどは俺にけしかけ時間稼ぎをする間にデヴァルスを……という雰囲気だったが、ネルの的確な援護もあって失敗した。もしかすると、次は――
デヴァルスが仕掛ける。両腕にまとわりついた魔力が光すら生み、ヴィレイザーへ向け襲い掛かる!
それに相手は――彼の真正面に分身を出現させた。
「今度は俺を食い止めるのか!」
叫びながら突撃する天界の長。そこで一瞬だが俺を見た。やれ――そんな言葉が俺の頭の中に浮かぶ。
ヴィレイザー当人の体が俺へ向く。間違いなく次の狙いは俺……いや、レスベイルか?
俺自身ではなく、レスベイルの剣戟ならば十分な威力になる……ヴィレイザーも分身を戦わせ気付いたはず――先ほど戦力分析を行ったと解釈できる。以前のように魔物をけしかけるなどしたように、この場においても同じことをしたわけだ。
明らかに劣勢の状況で、こちらの能力を見極め逆転しようとする――アンヴェレートの裏切りもあり怒り狂っているのかと思ったが、まったくそんなことはない。むしろ冷静に状況を見極めようとしている。
果たしてヴィレイザーはレスベイルを狙ってくるのか? あるいは、俺自身が持つ新技について何か気付いたか?
ヴィレイザーが動く。その狙いは間違いなく俺とレスベイル。どちらを狙うのか――いや、ここは、
俺は一歩遅れてヴィレイザーへ駆け出す。剣を握り、魔力を解放。それこそ俺のこの剣で堕天使を仕留めるがごとく突き進む。
それを相手はどう見て取ったか――俺達はまったく同じタイミングで剣を振り、激突した!
瘴気と俺の魔力が結界の中で荒れ狂う。全力だったが押し返すには至らない。やはり分身とはわけが違う。
「さあ、来るがいい」
ヴィレイザーが告げる。お前の策など潰してやる――そう表情が語っていた。
レスベイルが俺の横へ来る。このまま側面もしくは背後に回って一撃……しかしそれは分身との戦いでやって見せた手法。当然読まれているだろうし、間違いなく対応してくる。
防御面を強化していないレスベイルは、ヴィレイザーから一撃もらっただけで終わりだろう。それは俺の策が機能しなくなることを意味し、この戦いが途端に悪い方向へ突き進む。場合によってはデヴァルスに大きなダメージがいく可能性もゼロじゃない。
そのデヴァルスはネルの援護もあって分身に猛攻を仕掛けている。いずれ分身を撃破し、ヴィレイザー当人の背後から攻撃するだろう……だからこそ、堕天使は短期決戦を望んでいるはず。
もしこちらが消極的になったら、即座にレスベイルを粉砕するべく動き出すだろう。俺は確かにヴィレイザーを食い止めることはできるが、それをわかった上で相手が仕掛けたとしたら、レスベイルがやられる可能性は十分ある。
だからこそ、この勝負は俺から仕掛けなければならない――そう心の中で呟き、俺はさらに力を入れた。
押し返せるか――と思ったらヴィレイザーが後退する。勝ったというより誘っている……こちらが攻勢に出るタイミングでレスベイルを始末する、ってことだ。
それを理解しながら、俺はなおも前へと進む。ヴィレイザーとしてはここで俺と決着をつける気なのだろう。レスベイルさえ倒せば少なくとも自分が倒れることはない――そう認識しているはずだ。
だがそれは違う……そう心の中で呟きながら、俺はレスベイルに指示を送りヴィレイザーへ肉薄した――




