交換条件
「ルオンさんから話を聞いて、疑念は確信に変わった」
そう言ったデヴァルスは、佇む堕天使アンヴェレートをしっかりと見据える。
「元々堕天使三人の素性は調査していたが……その中でアンヴェレート、君についてはまあ、もしかすると味方にできるんじゃないかと考えた。理想的なのはロスタルド達に勘づかれないよう接触して、というのが望ましかったんだが」
デヴァルスはここで肩をすくめた。
「そっちも攻めあぐねていたんだろう? そこで登場したのがルオンさんだ。分身を滅せられるほどの力を持った存在……天使と出会うことは必定。よって、彼に伝えた……ロスタルドが居を構える空を調べろと」
「……だから、なんだというの?」
アンヴェレートの声音は、最初とは異なりずいぶんと落ち着きがなくなっていた。
「お前の目的は、ロスタルドを引きずり出すこと。それには自分の能力ではどうしようもなく、だからこそ俺達が動くよう仕掛けた。君の復讐相手はロスタルド――つまり、ヴィレイザーとは本来敵同士なわけだ」
当のヴィレイザーはなおも沈黙。デヴァルスが語っている内容を吟味しているのか……ただ面白くはないはず。そればかりか現状でアンヴェレートが敵に回れば、味方がいなくなる。
「君としては、ここで恩を売りロスタルドと会うつもりだった……そんなところか。天界の長である俺については、ロスタルドと会うことができれば用無し。滅しても構わないって話だな」
「……そんなもの、あなたの当てずっぽうじゃない」
「だが今現在、君は返答に窮している。図星を言い当てられているんだろう?」
と、ここでデヴァルスは両手を左右に広げ、
「こうやって衆目の中、話したのは謝ろう。ただもう俺が賽を投げてしまった。ロスタルドに取り入ることはできないぞ……そして、俺としては天使側についた方が水は甘いと主張したい」
「……つまり、あなた達と手を組めば私の目的が叶えられると言いたいわけ?」
「そうだ。こっちが勝手に君の目的をバラしたことに不快感はあるだろうが……どうだ? 誘いに乗らないか?」
無茶苦茶である。ただこのデヴァルスの誘いは起死回生の策か。
俺が全力を出せば、どうにか仲間に犠牲者を出さずに済むかもしれない……しかしデヴァルスが危うくなる。それを打開できる状況が、目の前で起ころうとしている。
彼はここまで考えて行動していたのか? 堕天使について調べるのは当然だろうし、その過程でアンヴェレートだけは他の堕天使と少し異なっていた……そこから思案し、彼女が来ても問題ないように誘い文句を考えていたってことか? 誰にも話さなかったのは……何か理由があってのことだろうか?
「といっても、さすがにここで共に戦えとは言わないさ。そっちもロスタルドとの対決まで、手の内は隠しておきたいだろう?」
さらに続けるデヴァルス……その口上からすれば、どうするのか予測はできた。
「もし手を組むと約束してくれるのならば、引き上げてもらえないか? こっちの要求はそれだけだ」
「……アンヴェレート、お前は――」
ヴィレイザーが声を上げる。対するアンヴェレートは――
「ここは戦わず魔物の巣を離れる。あなたの要求はそれだけ?」
「天使と遭遇してもできれば戦わず逃げてもらいたいな。そっちの能力なら楽勝だろう?」
「……なるほど、あなたの主張は理解したわ。けれどこちらは半ば強制されるような状況ね」
「この戦いが終わったら、何かしらの形で詫びを入れよう」
「ならこっちの要求を一つ飲んでもらうわ」
そう言うと、彼女は身を翻す。
「やれやれ、まさかこういうことになるとはね」
「アンヴェレート、貴様――!」
「悪いわね。こっちとしてもあまり気持ちよくない結末だけど、こうしないと私の目的が達成できない状況になってしまったからね」
そして彼女は俺を一瞥する。
「できればあなたと決着つけたかったけど、また今度にするわ」
「……もしここで戦うとしたら、どうする気だったんだ?」
「別に。全力で応じるだけよ。今回の分身はちょっと自信があったからね」
そのまま歩き去って行く堕天使……ソフィアを含めた他の仲間はこの事態にただ顔を見合わせるしかない。
魔力障壁内にいるネルもまた複雑な表情だった……が、唯一デヴァルスだけが勝ち誇った様子で、
「お前の負けた、ヴィレイザー。堕天使アンヴェレートの目的を理解できなかったのが一番の敗因だな。ま、この場にロスタルドが来さえすれば、十二分に勝機はあったと思うが……さすがにヤツまで出てこないだろうと俺自身思っていたからな。分の悪い賭けではなかった」
と、ここでデヴァルスは不敵な笑みを浮かべ、
「それとも、今から呼ぶか? 俺は一向に構わないが」
「――まだ、終わりではないぞ」
不利な形勢――だが次の瞬間、周囲に魔物の怒号が響き渡った。動き出したか……!
「ルオンさん以外は魔物の掃討に当たれ!」
そしてデヴァルスの指示。同時、後方に存在していたアンヴェレートの瘴気が消えた。転移魔法は使えないはずなのだが、分身そのものを抹消したか。
「ルオン様――」
「ソフィア、彼の言うとおりに。魔物については頼むよ」
俺の言葉にソフィアは顔を引き締め、
「わかりました。ルオン様、ご武運を」
「ああ」
上空の使い魔がこの場に迫る巨獣を何体か捉える。傍から見ればまずい展開のようにも感じられるが、ソフィア達に悲壮感はまったくない。
「さて、ヴィレイザー。話は終わりにして始めようじゃないか……ああ、それとお前が魔力障壁を超えて分身を作り出した手段、こっちは把握している。ルオンさんと交戦した際、幾度か魔力を解放した。その際、地面などに魔力を仕込み、タイミングを見計らって分身を構築した……タネがわかってしまえば対処は容易で、既に対策済みだ。分身作成は可能だろうが、もう地面に仕込むような奇襲は通用しないぜ?」
「……情報を与えすぎたか」
「ルオンさんの存在はよほど脅威だったと見える。かなり手の内を明かしてくれたからな。お膳立ては整った。あとはお前を粉砕するだけだ」
「……ふん」
ヴィレイザーは吐き捨てるように呟いた。
「ならば、障壁の中にいるお前を、全力で叩きつぶすまでだ」
直後、瘴気が膨らんだ。障壁を通しても明瞭にわかるその圧倒的な気配。だがデヴァルスもネルも平然と相対し、戦闘態勢に入った。
その中で俺は……ソフィア達が巨獣へ向かって行く中で静かに意識を体の中に向ける。
新技について、まだ未完成なところもあるため不確定要素が強い。しかしヴィレイザーが姿を現し討つ絶好の機会。ここで決めなければいつ決める。
呼吸を整える。そして、
「――レスベイル」
言葉に応じ、姿を現す鎧天使。ただ少しばかり今までと気配が違っていた。
「いけるか?」
俺の問い掛けに頷くレスベイル。堕天使との戦いでは吹き飛んでばかりいたわけだが、今回は少し違う。
「なら……行くぞ」
短い言葉を発すると同時、俺は剣を強く握りしめ魔力を込める。
さらにレスベイルもまた力を引き出し始める……事前の打ち合わせで魔力障壁の手前で準備を済ますよう言い渡されていた。この時点でデヴァルスは戦っているのを想定していたのだが、まだ始まっていない。
だがヴィレイザーがいよいよ動こうとしている――さらに一歩足を踏み出した瞬間、俺もまた動き始め、
魔力障壁の中へ。同時、ヴィレイザー討伐戦が始まった。




