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賢者の剣  作者: 陽山純樹
天使の箱船

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思いがけない言葉

 何が起こったのか――後方から気配を察知した瞬間、俺は理解した。


「……一応、予想はしていたよ」


 デヴァルスはヴィレイザーを見据えながら、語る。


「だからまあ大して驚いてはいないんだが――」

「お前を潰すことが、我らにとって大きな目標だ」


 ヴィレイザーはデヴァルスから視線を外さず語る。標的である天界の長を絶対に見失わないようにしているような雰囲気。


「この場にお前が来る可能性は低いだろうと考えていた……だが、俺がこの場所にいるとわかれば相応の者をここに派遣してくるだろう――だからこそ、手を打っていた」

「堕天使……アンヴェレートを味方に引き入れることが、策だってのか?」


 ――そう、背後に生じた気配。それは紛れもなく、以前相対した堕天使アンヴェレートのものだった。

 もっとも。前回は分身……いや、今回だって本物である可能性は低いか。


「お前達が追っている堕天使のうち、二人がこの場を訪れた。ある意味では、お前達にとってはこれは好機と呼べるかもしれんな」

「よく言うぜ。アンヴェレートは分身だろう?」

「お前達ならば分身を介し本物の居所を探るくらいのことはやれそうだがな」

「確かにお前が分身しか現れないことを考慮し、居所くらいはつかめるよう処置はしておいた。アンヴェレートが分身でも、本物を見つけられるかもしれないけどな」

「とはいえ、だ。先に命の心配をするべきだな」


 デヴァルスに応じたヴィレイザーは、一歩足を前に出す。次いで、


「後ろにいる戦士よ、この障壁がどのような特性なのかはおおよそ見当はついている」


 ……おそらく、俺に向かって言っている。


「飛び込めば、私を逃がさないようするこの魔力障壁が邪魔立てし、出られなくなる。その場で決めるがいい。背後の堕天使と戦うか、外を見捨て俺と戦うか」

「ずいぶんとまあ、自信過剰だな。俺とネルだけなら楽勝だって聞こえるぜ」


 デヴァルスが言う。対するヴィレイザーは眉をひそめ、


「お前こそずいぶんな自信だな……言っておくが、お前を滅する手段くらい構築しているぞ」

「ふうん、なるほど。増援の公算があったから俺の出現に怪しんでも地上に出てきた……そんなところか?」

「ここでお前を確実に滅せば、我らの悲願が確実に近づく」

「狙いは天界そのものってわけだな」


 デヴァルスは肩をすくめ、


「まあいいさ……しっかし、まさかこの手を使うことになるとはな」

「……何?」


 笑みを浮かべるデヴァルスに対し、ヴィレイザーが訝しげな視線を送った。


 どうやら天界の長にはこの状況に対する手がある様子……ただ、それについては詳細を聞いていない。俺はどうするべきか――と、デヴァルスが俺を一瞥し、首を小さく横に振った。まだ入るなってことかな。


 俺がアンヴェレートを相手にするのか……? 疑問に感じた時、背後から瘴気が濃くなり振り返る。そこに、


「あら、意外ね」


 声がした。真正面に、以前と変わらぬ異質な雰囲気を持った存在――堕天使アンヴェレートがいた。


「まだ始まっていないとは、ね」

「ルオン様、いかがしますか?」


 アンヴェレートに刃を向けながらソフィアは問う。他の仲間達も標的を彼女へ変え、臨戦態勢に入る。


 一色触発の状況……デヴァルスと共に開発した俺の新技なら、分身のアンヴェレートは撃破できるかもしれない。ただヴィレイザーに手の内が知られることを意味し……さすがにそうなったら素直に攻撃を食らうとは思えない。


 できることならばヴィレイザーに悟られないようにしたいため、アンヴェレートに対しては新技以外で戦うべきか――


「堕天使アンヴェレート、初めまして」


 デヴァルスが挨拶をする。ずいぶんとのんきな様子に、俺は逆に面食らう。


「冷静ね。私をどうにかする手はずでも整っているのかしら?」

「一応な」


 軽い口調で返答したデヴァルス。その間に俺はどうすべきか思考する。

 やはりここは新技で……あるいは俺が相手を抑えソフィア達の猛攻でケリをつけるか? 防具もあるし、分身である以上は十分勝算もあるはずだ。


 ならば――だがここでデヴァルスが俺を呼び止めた。


「まあ待てルオンさん。そっちの手にかかればこの場をどうにかできそうな気もするが、こっちには手がある」


 堕天使二人がいるのにずいぶんと悠長だが……と、ここでアンヴェレートが呆れた様子を見せた。


「あなた、状況わかってる?」

「無論だ。いざとなったら俺を犠牲にして他を逃がすとかもできるしな」

「……自己犠牲的な考えはあまり賛同しないわね。天界の長なら、もっと必死にあがいて死ぬべきだわ」

「悪いが俺は、死ぬときは潔くがモットーでね」


 そう語ったデヴァルスは、アンヴェレートへ向け意味深な笑みを浮かべる。


「アンヴェレート、お前がここに来たのが運の尽きだ」

「その自信をへし折るのが楽しみね」


 煽りあう両者に俺達は全員警戒を崩さぬまま事の推移を見守り……そして、


「実を言うと、俺はあんたに話があってね」

「話?」


 ヴィレイザーは徐々に戦闘態勢に入りつつあり、いつ何時戦闘が始まってもおかしくない。けれどその中でデヴァルスは飄々とした態度を崩さず、アンヴェレートへ向かって、


「――俺達の仲間にならないか?」


 あまりに予想外の一言が、彼の口からもたらされた。


「……は?」


 驚きのあまり、呆然となったのはネル。次いでヴィレイザーが眉根を寄せた。


「何を考えている……正気か?」

「正気だよ。アンヴェレート、俺の言っている意味が理解できないか?」


 俺は彼女に目を向けた。すると、


「……どういう、ことかしら?」


 やや沈黙を置いて問い掛ける。他と反応が明らかに違う。


「私を引き入れて何になるの?」

「お前は隠したつもりだろうが、堕天使となった理由もお前の行動方針も、全て調べ尽くした」


 アンヴェレートは身じろぎしない――いや、肩がほんのわずかに震えたのを俺は見逃さなかった。


「嫌な言い方になるが、さっき俺は運の尽きだと言ったな? 俺は君が現れたのならその場で説得工作を行おうと思っていた。できれば一対一でやりたかったが、そうもいかない状況に陥った……ま、仕方がない。こうなったらさっさと話を進め、君の目的を明かし君自身がヴィレイザー側につけなくなるようするまでだ」

「どういう意味だ? 天界の長」


 雲行きが怪しくなってきたのを察知したか、ヴィレイザーが声をこぼす。増援がもしかすると味方ではない……これは心情的にかなりのものだろう。


「俺は別にこの場で話してもいいんだがな……堕天使アンヴェレート、どうする?」

「……私の何を知っているというの?」

「話していいのか? 俺は一向に構わないが」

「どの程度知っていると?」

「復讐だろう?」


 その一言でアンヴェレートは沈黙――状況が混沌とし始めた。


 もし彼女が味方に回るのなら――いや、引き上げてもらうだけでもヴィレイザーを討つことができる最大の好機となる。復讐……それがヴィレイザーもしくはロスタルドに対してならば、それを明かされた今、アンヴェレートがヴィレイザー達に協力することは難しくなるだろうし、こちらになびく可能性は高い。


 ただ復讐とだけ述べたデヴァルス。その対象が誰なのかによって変わってくるが……深い沈黙の中、均衡を破ったのはデヴァルスだった。


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