堕天使襲来
俺とソフィアは近くに出現した魔物の掃討を開始する。といっても苦戦するようなことはない。今の俺達からすれば巨獣クラスの魔物でもない限り手こずるようなことにはならないだろう。
周囲を探る使い魔も、戦い始めた他の仲間や天使達を捉える……一斉に戦い始めたということは、間違いなくヴィレイザーからの干渉があるな。
「ルオン様、私達はどう動きますか?」
イノシシのような魔物を一刀両断しながらソフィアが問う。ちなみにロミルダはやや遠方にいる魔物の群れに向かって矢をしこたま放ち、こちらに来る前に潰していた。
「前回の戦いを踏まえれば、ヴィレイザーは俺達を警戒しているはず……まあ当分こんな調子で戦い続けよう」
(――天界の長が現れた時点で、ヴィレイザーは何をしようとしているのか探り始めるはずだ)
俺はデヴァルスの声を思い出しながら、ソフィアに返答する。
(いずれヴィレイザーもこっちの目論見は気付くはずだ。地上で変化はないが、地底ではこれまでに仕込んだ天使の魔力が活性化するからな。それが瘴気を消す魔法だとわかれば、確実に反応を示すはず)
「……デヴァルスさんは、ヴィレイザーはまず地上で魔物を動かし天使が仕込んだ力を破壊できるかを試みる。それが無理とわかれば、デヴァルスさんを狙う……と、こんな感じで考えているらしい」
俺は近づいてきた青い虎を横薙ぎで滅し、ソフィアへ告げる。
「こっちの動きを察し探りを入れているのは魔物が出現し始めていることから間違いない。あとはどのタイミングでヴィレイザーが現れるか――」
分の悪い賭けではないにしろ、堕天使が出てこないって可能性は十分考えられる。以前の戦いで警戒を示したなら、今度はこちらも十二分に策を持っているはず……そう考えるのは自明の理で、あとはヴィレイザーが天界の長を見てどう思うか。
程なくして周辺にいた魔物を殲滅する。何度か魔物の巣に出入りして効率的な倒した方もつかんできた。他の場所の援護に回るべきか?
「エイナ達はどうしていますか?」
ソフィアが訊いてくる。俺は使い魔に意識を向け、
「現時点では問題なしだな。魔物を倒し終えて森の中を歩き回っている。セルガ達も同様だ」
「事前に話を聞いた限り、魔法準備は数時間で完了すると言っていたはずです。それまではこんな状態が続くと考えていいのでしょうね」
「たぶんな」
と、俺の視界に別の魔物が。明らかに俺達が現れて魔物が活発になっているな。
「魔物をけしかけるような段階だから、まだ楽な仕事だ。とはいえヴィレイザーが姿を現したら……仕込んでいた魔法を使い一気に勝負をつける。決まるときはそれこそ一瞬で戦いが終わるな。気を引き締めておいてくれよ」
「もちろんです」
頷いたソフィアは、剣を握り直した。
現時点ではまだ平和な時間……いや決して平和ではないけど、対処も楽な状況。ただこのまま何事もない場合、それすなわち作戦は失敗ということになるのだが――
ふいに、ギシリと空気が変わった気がした。瘴気が濃くなったのか、魔物が現れたか――しかし周囲に気配はないし、使い魔も何かを察知したわけではない。
ヴィレイザーの姿はまだ確認できない。デヴァルスについては着々と準備を進めている……焦っても仕方がないし意味もないのだが、なんだか緊張してくるな。
果たして……そう思っているとまたもギシリと空気が変わる。即座に辺りを見回すが、何もおかしなところはない。
「ルオン様?」
ソフィアが名を呼ぶ。彼女は気付いていないようだが……。
「ガルク、周囲に何か感じるか?」
『いや、現在のところは何も』
俺の気のせいか……? そういえば俺だけ何かを察した時が少し前にあったな。それは――
考えようとした矢先、ゴウン――と、山の方角から爆音らしきものが聞こえてきた。視線を移すと、山の中腹から煙が上がる光景。
その場所は、デヴァルスがいる地点だ。
「来たのか……!」
「行きましょう!」
ソフィアの叫びと同時、足下から魔力を感じ取る。一瞬周囲の地面が発光したようにも見え、転移封じの魔法が発動したのだと確信した。
そこで使い魔が状況を捕捉する。デヴァルスの目の前に漆黒の存在――ヴィレイザーが。しかし彼が仕掛けるよりも前に、デヴァルスが手をかざし、光弾を放った。
それをまともに受ける堕天使――同時にさらなる爆発音と粉塵が彼らの周囲に広がる。ヴィレイザーはおそらく俺達にバレないよう奇襲を仕掛けたと思うが、もし何かあったら派手に戦うとデヴァルスは表明していたので、どれだけ密かに動こうとも意味がなかった。
と、粉塵が晴れぬ中で突如闇が膨らみ始める。それが一挙に爆散し、デヴァルスが立っていた周辺を黒く塗りつぶす!
「大丈夫か……?」
それと共に地面を震動させるような轟音。しかもここからでも感じられるほどに瘴気が生まれたのを見ると、ヴィレイザー側も本気を出したようだ。
デヴァルスは――闇から脱しヴィレイザーがいると思しき場所から距離を置いた。さらにその体に魔力をまとわせたか、一瞬体が光り輝く。魔力障壁か。
どうやら時間稼ぎのつもりらしい。ここまでは予定通り。そうした中で俺達は移動魔法により森を駆け抜ける――! 他の仲間達もデヴァルスがいる場所へ急行しているようで、森の中をひたすら移動していた。
そして――最初に到着したのは、距離も近かったネルだった。
「デヴァルス様!」
近づくと彼女はすかさず片膝立ちとなり地面に手を置いた。途端、彼らがいる山岳地帯一帯に魔力が生じ、それが内外を隔離するような魔力障壁と化す。
「転移封じを行い、魔力障壁を駆使し俺を閉じ込める……やり方がまったく同じだな」
やがてヴィレイザーが姿を現し、どこか呆れるような物言いで語った。
「違いは転移封じの範囲が魔物の巣の大半を覆っていることか……なるほど、天使がうろちょろとしていたのはこちらを探すのではなく、その準備が目的だったか」
「同じように逃げることはできないぜ……ネル、念のため本物かどうか確認してくれ」
「わかりました」
「これで勝ったつもりか?」
蔑むような声音。表情までは上空から確認できないが、侮蔑的なものが混ざっているんだろうな。
「天使の長が直接出向くとは正直驚いたが、まさか自身が囮になるとはな」
「俺だからこそ価値があるんだよ、俺じゃなかったら分身差し出して終わり、だろう?」
「間違いありません、本物です」
ネルが言う。するとデヴァルスは満足そうに、
「つまり、作戦は成功ってわけだ」
「後続からやってくる人間達と共に討つ、というわけか」
視線を別所へ。俺達を見ているようにも感じられたが……と、ここでデヴァルスが笑みを浮かべた。
「そろそろこっちの味方が到着するぞ? いいのか?」
「ああ、構わないが?」
挑発的な答え。自信がある……というより、あっちにも何かしら策があると考えていいだろう。
それがどういうものなのか……使い魔などで探っているが見つからない……いや、待てよ。
考える間にとうとうデヴァルス達がいる場所に到達する。ネルが構築した魔力障壁によって閉ざされているが、外から内に入ることは可能だと事前に聞かされていた。
よって、中に入って戦闘に入り堕天使を――だが、俺は立ち止まった。
「ルオン様?」
ソフィアが問い掛ける。そこで俺はデヴァルスへ視線を移した。
すると、少しだけ目を細め首を小さく振った。その意味は、おそらく――
刹那、ヴィレイザーからではなく背後……俺達が進んできた方角から、瘴気を感じ取った。




