一つの決意
ソフィアが語っていた場所は、確かに見張らしもよく町を一望できるいい場所だった。俺は設置された木製の柵に寄りかかり、町を眺める。
「心が洗われますね」
「そうだな……さっきのこと、気にしてるか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
苦笑しながら語る彼女の横顔は、風により銀髪がなびき様になっていた。
俺は視線を戻し町を眺める。周囲の木々から葉擦れの音が聞こえ、俺達の間に沈黙が生まれる。けれど決して居心地は悪くない。むしろ、こうしていたいと感じるくらいだった。
やがて先に口を開いたのは――ソフィア。
「ルオン様は」
「ん?」
「この戦いが終わった後、どうされるのですか?」
「また遠い話だな」
「けれど、重要なことだと思います」
俺は視線を彼女へ向けた後、町に背を向け柵に背を預ける。
「……正直、どうするかは考えていないよ。故郷に帰るのか、それとも旅を続けるのか……答えはいくらでもあるけどね。ただ」
と、俺は肩をすくめる。
「英雄扱いされている以上、周りが放っておかないのはなんとなく想像つくけど」
「ルオン様……」
「あ、別にそれが嫌だと言っているわけじゃないんだ」
手を振りながら彼女に返答――それと同時に、俺は心の奥底で考えていたことを思い出す。
「……一つ」
「はい」
「一つだけ、考えていることはあるよ。でも、どういう形でそれをやるかはわからない」
首を傾げるソフィア。言い方が抽象的だったかな。
「言っていい?」
「……はい、どうぞ。何をするんですか?」
「出会った人達に恩返ししたいと思ってさ。こうやって戦えるのは、俺だけじゃなくみんなのおかげだから」
「恩返し、ですか」
「まあソフィアを含め仲間に言ってもそんな必要はないって返されるだろうけどさ」
「そうだと思います。私もそうやって答えます」
「だろうな」
互いに笑い合う……けど、これだけは言おう。
「でも、ソフィア」
「はい」
「ソフィアに対しては、絶対何かの形で恩を返すよ。それは責務だと思ってる」
沈黙が生じた。彼女はただ俺を見返すだけ……いや、少し間を置いて、
「ルオン様、それは――」
「自分は命を救われた。だからおあいこだ……返答はそんな感じ?」
「はい、そうです。ルオン様が気に掛ける必要はどこにもありません」
「でも、これは全てが終わったらやると決めてることだよ。遠い話になるけど……ソフィアには何か返そうと思ってる」
首を振る彼女。そんな様子を見て俺は笑う。
「何もそんな頑なにならなくても……」
「その、お気遣いは嬉しいです。しかしこうやって従者として共に旅をしているのは私の意志でもあります。恩を返す、といった必要性はどこにもありませんから」
なんだか双方譲らない感じだな。まあなんとなくこんな会話になるんじゃないかと予想はしていたけど。
「……ルオン様、一つだけ約束してもらっていいですか?」
「ん? 何?」
「今後、戦いは激化していくことになると思います……相手が文字通りの『神』であるとしたら、魔王や堕天使と比べ、さらに強大であると思いますから」
「そうだな」
「時には無茶をする必要だって出てくるかもしれません。ですが、自らの命を投げ出すことだけはしないと、約束してもらえませんか?」
「約束するよ。俺だって死にたくないからな」
ソフィアと目を合わせる。どこか不安な面持ちの彼女に、こちらは「大丈夫」と告げる。
「それに、全ての戦いが終わってソフィアにきちんとお返ししないといけないし」
「それは……何度も言いますが、必要ありませんよ」
「もしバールクス王国で働くことになったら、どういう形だろうな」
「あの、ルオン様?」
「それについては、一度大陸に戻った時に、国王に相談しようか……どう思う?」
質問に、ソフィアはまた沈黙した。ただそれは今までとは種類が違う、困惑が混ざったもの。
「お父様に、ですか?」
「さすがに兵士として雇用するなんてことは、俺の立ち位置から難しいだろうし、直接確認をとった方がいいんじゃないかと思う」
「私と同じで、お父様は必要ないと仰ると思いますよ」
「そうかもな。でもそうなっても、何かやりたいと思っているし」
「……ルオン様も」
ソフィアはどこか呆れたように、
「ずいぶんと、強情ですよね」
「ソフィアのがうつったかな?」
「どうでしょうね……どうしてそこまでしようと考えているのですか?」
――彼女は話の流れで質問したのだと思う。しかし理由を尋ねられたら、答えなければならない。
なぜ俺はそうまでしようとするのか。答えは一つだった――
「それは……」
答えようとして、ソフィアは気付いたらしい。急に顔が強ばるのを見て、俺は思わず吹き出しそうになった。
「……あのさ、ソフィア」
「は、はい」
「前にも似たようなことあったよな」
「そ、そうでしたっけ?」
「ほら、そんな風に前も動揺してた」
竜の国で、アナスタシアと出会った際の話だ。
「その様子だと今回も同じみたいだな」
「……すみません」
「謝る必要はないんだけどさ……」
頭をかきながら俺は答える。
「なぜ、止めるのか理由はあるのか?」
主語のない会話が続くけれど……ソフィアはきちんと理解し俯く。
話したくはないって雰囲気だが……なんとなくだけど、状況は理解できた。
彼女は将来、国を背負う立場の人間。だから俺がこの場で全てを伝えても、自分には王女として越えるべき壁がいくつもある。だから素直に首を縦に振ることはできない……そんなところだろうか。
魔王を打倒し英雄となった俺なら――と考えてもいいかもしれないが、それ以外に何か要素がなければ素直になれないし、今は言わないでほしい――ってところかな。
それを是正するには、一つしかない――すなわち、
「ソフィア、いずれこの旅のことについても考え直さないといけない」
「え……?」
「別にソフィアを置いていくって話じゃないよ。この長旅がどのくらい続くのかはっきりとしていない。だから旅の間にソフィアが国へ戻らないといけない、なんて話だって出てくるかもしれない」
「それは……」
「その辺りのことを含め、バールクス国王と相談するべきかな」
ソフィアはしばし口を結んでいたが、やがて小さく頷いた。
「そうですね。噂の件を含めて考えないといけません」
「決まりだな。とはいえ、明日からは堕天使討伐のことに専念しよう。この大陸の戦いだって放置すれば、俺達の大陸だってどうなるかわからないし」
「はい」
決意を秘めたソフィアは頷く――俺達双方、相手がどう考えているのか付き合いも長いしわかっている。けど両者の間にはまだ壁みたいなもの……心理的なものだけど、そういう障害が存在している。
けどそれを無理矢理破壊するのはソフィアの本意じゃない。俺としては、やっぱり国王と顔をつきあわせて話がしたいな。ただもしそこで国王自身「娘を頼む」とか言い出したらどうなるのか……。
ま、これは今考えても仕方がないか。
「ソフィア、日は高いけどそろそろ帰る?」
「そうですね、町に戻りましょう……戦いが終わったら、今度は夕焼けを見に来ましょうか」
「そうだな。それもいい景色だろうな……行こう」
「はい」
並んで歩き出す。それと同時に俺の頭の中に一つの考えが生まれ――それを胸に内に納め、来たる時まで持っておくことにした。




