天界の長の作戦
城の上階に天界の長、デヴァルスが語ったとおり大理石のような白い床でできた広い空間があった。
端に近寄ってみれば、景色が一望できる――背後を眺めると俺達が歩いていた草原が見えた。
「ほら、こっちに来てみろ」
そうデヴァルスは反対側を手招きする。何やら笑っているんだけど……近寄って覗いて見ると、草原の反対側――城の下に空が広がっていた。
「わあ……」
驚いたか感動したか、ロミルダがいち早く声を上げた。眼下に広がる白い雲と空。その下がどうなっているのか……なんとなく海のようなものが広がっているイメージなのだが、下の方は空なのか海なのかわからない色合いだった。
「どうよ、天使が作った世界は」
「正直、こうした風景で自慢顔をされてもって感じなのでは?」
ここで、やや辛辣なネルのコメント。するとデヴァルスはわずかに身じろぎした。もし効果音をつけるなら「ギシリ」といった感じか。
「おいネル、もうちょっと敬った言葉をだな……」
「もうやめました。それよりデヴァルス様、ヴィレイザーがいつ何時襲ってくるかわからない情勢。話をさっさと進めた方がよろしいのでは?」
……あれかな。一応客人である俺達がいるからネルは外用の対応をしていたが、デヴァルスの行動を見て本来の形に戻したのかな。その態度は厄介事を持ち込む上司に小言を漏らす真面目で勤勉な部下。デヴァルス自身仕事をしなさそうな感じだし、ネルも苦労しているのかな?
「おいルオンよ、言ってやってくれよ。こいつは俺に対して無茶苦茶冷たいんだぜ?」
「ごくごく普通の対応です。それよりデヴァルス様。そのような事を客人相手に話されては困ります」
完全に事務モードになったな。ネルとしてはさっさと話を進めようって魂胆なのかもしれないが、上司に対するその視線はデヴァルスの言うとおりひどく冷め切っている。
それを受けてか、当のデヴァルスが若干しぼんだようにも見えるぞ……不憫に思えるが、日頃の行いが悪いんだろうと適当に結論を出し、話を進めることにする。
「それで、何を調べるんだ? 俺達が堕天使と戦えるかどうか?」
「まあそれに近いことかな……俺としては、考えている策が実行できるかどうかの確認をしたい」
……確認、ねえ。
「実を言うと、ヴィレイザーを叩きのめす作戦は考えてある」
「本当ですか?」
――なぜかネルが疑わしげに反応。それにデヴァルスは両手を腰に当て、
「当然だ」
「胸を張ってまで言うことですか……さっきも言いましたが、初耳です」
「当然だ。話してないからな」
「その言い方だと、ロクでもない方法ですか?」
するとデヴァルスは笑い始める……うーん、無茶な方法なのかな?
「まあまあ、その辺りのことは後で話すさ……で、だ。俺としてはその方針でいきたいと考えているんだが、それにはちょっとばかり検証が必要だ」
ネルに諫められても押し通そうという魂胆が垣間見られる。何をする気はわからないが……デヴァルスは天界の長なので、これと決めたらたぶん止められる存在はいないだろう。無茶苦茶な内容だったら天使達は慌てふためくわけで、ネルが懸念を抱くのも仕方ない。
「まず、俺が直々に戦闘能力を確認したい。ただ対象はルオンさんだけだ」
「俺だけでいいのか?」
「ああ。ルオンさんの能力を確かめるだけで、実行できるかわかる」
意味がわからないぞ? デヴァルスを除いた全員が眉をひそめる状況。
「まあ検証が終わったら説明するから……というわけで、ルオンさん」
「ああ」
「一度、俺と全力で戦ってもらえないか?」
……やっぱり意味がわからない。全力?
「俺の策をやるには、俺の力に近いか、越えた存在が必要なんだよ」
「影武者でも立てるのか?」
「まさか、そんなことをしてもすぐに露見することくらい百も承知さ」
なら……と、考えたところで俺はじっとデヴァルスを見た。
その眼差しが意味するところを彼は理解したらしい。途端に苦笑いを見せる。
「察しがいいな、英雄さんは」
「茶化すのはやめてくれ……他の面々の表情からすると俺しかわかっていないみたいだけど、どうするんだ?」
「今この場で話すかどうか?」
「ああ。正直検証を始める前と後、どっちでも変わらないと思うぞ」
肩をすくめながら語る俺に、デヴァルスは満面の笑みを浮かべた。
「いやあ、検証を終えた後に作戦を表明! というのが俺としては流れもいいかなあと思ったんだが」
「流れの問題なのか……?」
「ルオンさん、どういうことか教えてもらえる?」
ネルが問う。俺は頭をかきながら、デヴァルスを見据え、
「つまりさ、ここで俺の実力を確認してもし俺が彼より実力的に上もしくは互角だったと判明した場合……俺達が組んでヴィレイザーと戦う、ってことだろ?」
「組んで、ってところは少し違うなあ」
「配慮して控えめに言ったつもりなんだけど」
「理解しているなら言ってもいいぞ」
「……つまり、実力に問題ないとわかったなら、あんたが囮になってヴィレイザーをおびき寄せ、俺が倒す、ってことだろ?」
「――それは反対です」
まあネルはそういう反応になるだろうな。彼女はやおらデヴァルスに詰め寄り、声を荒げた。
「何を考えているんですかあなたは!?」
「いや、ヴィレイザーは天界に対し色々と恨みがあるらしいからな。俺が出張ったら絶対地上に出てくるだろ」
「あなたは天界の長であることを自覚してください! 堕天使相手にいきなり長が出向くとは非常識でしょう!?」
「いやいや、総大将自らが囮になって動くなんて話は戦記の中ではまあまあある話だ。それをただ実演するだけ、そう大したことじゃない」
「それで誤魔化せると思ってますか!?」
「……ソフィア、喧嘩始めたけどどうする?」
「待ちましょうか、とりあえず」
俺は引き下がってネルとデヴァルスのやりとりを眺める。ちなみにリチャルは苦笑、ロミルダは呆然としている。
「ほら、俺がいなくなっても代わりはいるだろうし」
「……あなたが消えることで天界がどのようなことになるかご理解されていないようですね。もう少しその辺り、自覚をお願いします」
「あれ、俺そんなに重要な存在だっけ?」
あんた天界の長だろ……。
「あなたが消えれば、それだけ天界側が混乱します。それは堕天使との戦いでも不都合になるでしょう」
「うん、そうだな」
「あなたの代わりはいくらでもいるでしょうが、立て直すための時間は非常に惜しいと思います」
……大切にしているのかしていないのか、どっちだよ。
「私としては別の方に長をやってもらった方がよっぽど天界のためになるかと思いますが、ここで消えてもらっては宴も天界の情勢も激変します。消えるならせめて戦いが終わってからにしてください」
「ネル、実は俺のこと嫌いか?」
「逆に訊きますが、なぜ好かれると思っているんですか?」
今までデヴァルスは何をやらかしてきたんだろう……ちょっと尋ねてみたい気持ちもあったが、口には出さないでおく。
やがて、ネルは俺達へ向き直り、
「お見苦しい点、失礼……ただ私や他の天使としては、デヴァルス様の案はさすがに採用できないから、検証についてはひとまず中止にして――」
「ネル、話を聞いてくれ」
デヴァルスが言いつのる。どう説明するつもりなのかと俺達は見守ることにして――
「こうやって語るのには理由がある。ヴィレイザーについては早々に片付けないと、今後の戦いに支障が出ると判断したからだ」
「どういうことですか?」
「平たく言うと」
デヴァルスは目を鋭くし――告げた。
「ヴィレイザーは遅かれ早かれ天界へ踏み込んでくる。つまりこちらが先手を打たないと、天界に甚大な被害が出てしまうと俺は確信しているんだ」




