堕天使の気配
天使であるネルが前に出て、戦いを始める――天使は人間と比べ抱えられる魔力量などが多く、また強力な魔法を詠唱なく放つことができる。ただし今回の戦いにおいては堕天使は間違いなく天使に対し何らかの策を立てていると俺達は予想している……つまり堕天使との戦いで天使は真価を発揮できないかもしれない。
大型の魔物が近づく。エイナ達が戦ったティラノサウルスのような見た目で、真っ直ぐ俺達へ向かってきている。
すると魔力収束を続けていたネルが動いた。手を左右に広げ、その手に光を生み出す。
肉眼で捉えることのできる魔物。まだ山の中腹で魔物は坂を駆け上がるように突撃してくる――
「悪いけど、あなたに用はないの」
ネルが告げる。スイッチを切り替えたか、これまで見せてきた雰囲気とは一変していた。
直後、手の光からいくつも細い糸のようなものが伸びる――まるでレーザー光線。それが数え切れないくらいに魔物へ放たれ――触れた瞬間、爆発した。
「おおお……」
思わず呻く。レーザーはとんでもない数なので、それだけ爆発が巻き起こるのだが……この山脈にずいぶんと響き渡る。派手な攻撃だ。
しかし魔物も耐える……セルガ達との戦いでもそうだったが、こいつらは結構耐久力がある。もしこれが斥候の役割を持っているとしたら、俺達にどのくらいの攻撃能力があるのか、確認している感じだろうか?
なおも光が注がれ爆発する魔物……それが絶えず巻き起こるものだから、魔物はそれ以上近寄ることができない。
少しして、ネルの攻撃が終わった。魔物からは煙が上がり、ずいぶんと動きが緩慢になっている。
「ふむ、十分に傷を負わせられたわね」
「……これだけの力を持っていたら、堕天使にも対抗できませんか?」
ソフィアの質問だが、ネルは首を左右に振った。
「どれほど強力な攻撃手段を持っていても、それが通用しなければ意味はないでしょう?」
「つまり、堕天使達には天使の攻撃を弾く能力があると推測しているのですか?」
「そういうこと……堕天使の力とルオンさんが言う地底に眠る力……この二つを合わせれば、私達天使の対策をすることなんて造作もないと思うし」
そこまで語ると、ネルは肩をすくめた。
「元々天使は防御向けの能力だからね。堕天使だってそうした力を持っているから、こちらの攻撃対策はそれほど難しくないと思うのよね」
語る間に魔物が吠える。まだ戦う意思はありそうだが……ここでネルは右手を掲げた。
「終わりにしましょう」
手の先に光。彼女はそれを振り下ろし――手のひらを覆うくらいの光弾を、魔物へ向け放った。
魔物にしてみれば小さな光――だが直撃した瞬間、一際大きい轟音が山脈に響き渡った。
同時に火柱が上がる。しかもそれは炎の嵐を巻き起こしたかのような勢いで、巨体を多い確実に魔物を滅していく。裁きの炎……俺にはそんな風に見えた。
やがて炎が途切れ、魔物の姿は消え失せた。さすが天使、といったところか。
「さて、他に魔物はいるかしら?」
前を見据えながら呟くネル。おそらく使い魔で周辺を探っているのだろう。
俺もまた彼女と同様調べる。だが俺達にけしかけてくる魔物はいない……一方で、セルガ達は複数の魔物を相手にしている。
けれど、大丈夫そうだった。まず目を見張るのが、クオトの戦いぶりだ。
「そら! 吹き飛べ!」
叫び声と共に剣を振るクオト。風の刃が魔物に当たると炸裂し、大きくたじろがせる。
威力よりも怯ませることを優先させているみたいだな……そして他の仲間だが、ディーチェとキャルンが突撃してくる魔物を食い止めている。
「ふっ!」
気合い一閃。炎の刃が魔物へ触れ、動きを完全に縫い止めていた。単体だけならまだしも、複数相手でも戦法は変わらず、真正面から相対する様は、エイナ達も驚いているようだ。
またカバーに入っているのがキャルン。遠距離技である『ウイングカノン』により、ディーチェと共に魔物へ隙を与えない。
――そこへ、アルトとエイナの剣が魔物へ突き刺さる。
「おらっ!」
声を上げアルトが『ライジングサン』を決めると、エイナが『天空法剣』を仕掛ける。二人はどうやら一体に狙いを定めているようで、攻撃を食らった魔物は衝撃に耐えきれず地面に倒れ伏す。
そしてセルガがトドメを刺す。先ほどの戦いでは前方に魔法を放出する形だったが、クオトが遊撃しているためか、地上から火柱を上げるような形で魔法を行使する。炎……というより白い光は空へと伸び、遠くからでも凄まじい魔法だと認識することができた。
魔物は立て続けに攻撃を食らい、悲鳴にも似た声を上げる。猛攻を受けよくぞ耐えているといったくらいで、これが巨獣クラスでなければとっくに勝負はついている。
やがて一体が消滅する……数は既に半分になっており、直に終わりそうだった。
「あっちは大丈夫そうね」
ネルが語る。次いで彼らがいる方角とは反対に体を向け、
「私達は周辺を調べましょう……魔物はいないみたいだけど、油断はしないで」
「ああ、わかってる」
俺達は進み始める。といっても目的地があるわけはないので、前を進むネルについていくだけなのだが。
しかし、堕天使側としてはここで静観したら相当な倒され損……威力偵察と考えればわからなくもないが、ネルがテリトリーをウロウロしている以上、何かしら反応があってもおかしくないはず――
そう考えた矢先、ゾクリとするような気配を一瞬だけ感じた。どうやらネルも気付いたらしく、立ち止まり周囲に目を配り始めた。
「確実に、こちらを監視しているようね」
堕天使か……俺の攻撃面が不安だけど、やるしかないのか?
「仕掛けてくると思うか?」
「どうでしょうね。けど、戦力分析をしている以上は私達が帰るまでに何かしらアクションを起こすと思うけれど――」
彼女が述べた直後、さらに気配。ソフィアやロミルダも眉をひそめ、辺りを見回す。
「……こっちに牽制でもしているのか?」
「さて、どうしましょうか」
ネルが思案し始める。
「十中八九こっちのことが気になっているみたいだけど、相手としてはまだ姿を現したくないのかしら?」
「……ネルさん、こっちから相手の居所を探知とかは?」
「そういうルオンさんは?」
俺は……ふむ、
「ガルク、どうだ?」
『現在探っているが、山脈内はずいぶんと瘴気も多く、難しい。時間が掛かるぞ』
うーん、そうか……。レスベイルを使う手もあるが、それをやると俺の力の一端が知られてしまうことになる。余計警戒されるだろうな。
「ネルさん、すぐには無理だな」
「そう……魔物の巣の中に入り相手が干渉してきているから、それを利用し居所を探るのは可能かもしれないけど……罠かもしれないのよね」
こうやってこっちに干渉しているのは罠に誘い込むためで、俺達が向かってみればとんでもない数の魔物が……なんて可能性もゼロではない。まあ俺達なら対応できるだろうけど、返り討ちにしたら余計に堕天使が奥に引っ込むだろうな。
なら、俺達にできることは……なおも考えていると、使い魔が報告。セルガ達が魔物を倒し終えた。
――と、俺はここでちょっと考えた。堕天使の狙いが天使のネル……と俺達は考えているが、そうではなくセルガ達のような宴の参加者であるとしたら?
そんな予感を抱いた矢先、ズアッ――と、先ほどよりも明瞭に魔力を感じた。
「どうしますか?」
ソフィアが問う。俺はネルへ視線を注ぎ、
「ネルさん、戦うとなれば俺達はとことん付き合うけど……」
「私としても、倒せるのなら……と思うのだけど」
刹那、山肌の一角から凄まじい魔力が生まれた。距離があるのにビリビリと肌に突き刺さるような気配。間違いない、これは――
「――セルガ達も気付いたな」
俺の呟きと共に、エイナ達の方も慌ただしくなる……この魔物の巣に入って一日目だが、早くも堕天使との交戦になりそうだった。




