ある噂
「えっと、まずルオン殿とソフィア様が新たな旅を始めた際、世間には魔王の影響が残っていないか大陸中を見て回る、という形にしました」
エイナはソフィアの顔を窺いながら、説明を重ねる。
「実際、そういう形であったのは間違いない……この大陸にやってくるまでは、そうでしたよね?」
あ、まだ詳しい経緯を語っていなかった……ソフィアに視線を送ると、彼女は小さく頷く。
「あー、エイナ」
「どうした?」
「実は俺達、ここに来る前にナーザレイド大陸にいたんだけど……」
「……なぜだ?」
ネフメイザと戦っていた、などと言ってもわかってもらえないよな。
「詳しく説明すると長くなるからとりあえず、そういうことだから」
「……事情は飲み込めないが、わかった。ひとまずそれを前提にして話を進める」
と、彼女はコホンと一つ咳払い。
「それでですね、ソフィア様……ここからが重要なのです」
「何があったの?」
「……ある噂が立っているのです」
噂? 首を傾げながらアルト達に視線を送ってみるが、彼らもまた同じような反応。するとエイナも解説が必要だと思ったようで、
「あ、噂といってもそれは貴族などの面々達の間で、ということです」
「何か不安なんだけれど……謀略の気配が?」
「いえ、深刻な内容ではないのです……いえ、深刻と言えば深刻ですが」
要領を得ない内容。核心部分を告げるよう促そうとした矢先、彼女は述べる。
「……ソフィア様達がどういう旅をしていたかについては私もわからないので口を挟むことはしませんが、ともかく旅についてあまり話を聞かなかったせいか、噂が」
――なんだか嫌な予感がする。ソフィアの顔が硬直し、そこで、
「結論から言いますと、お二人は駆け落ちしたのでは、などという話が。陛下を含め、事情を知る方々は否定しているのですが、噂が一人歩きしている様子で」
……うわー、うわー、そうきたか。
まあ俺達が何をやっているのか詳しく語っていないし、仕方がない面もあるんだけどさ……あああ、これは色々面倒なことにならないか?
実際、俺は旅の最中に色々な国へ挨拶をしたらどうかという提案はしていた。ソフィアの姿がまったく見えなくなるのはよろしくないし、俺がそういう活動をしていることを認知させるのも、いいのでは……という考えだったが、ソフィアは「政争に巻き込まれる可能性もあるので」と言って首を左右に振ったのだ。
で、その結果がこれである。
「……なるほど、事情はわかった」
口元に手を当てどうすべきか考え込むソフィア。するとここでキャルンが、
「ねえエイナさん、それってどの程度噂が広まっているの?」
「私が把握しているのは、あくまで貴族間だけだが……陛下などがフォローをしているはずなので、すぐにどうこうということはないはずだが」
「ふうん、そう」
「何かあるのか?」
俺の問い掛けに、キャルンは「あはは」と笑い、
「いや、害はそんなになさそうだし、当面は放っておいてもいいんじゃないかなと」
「……害、ないか?」
「旅で困るようなことはないでしょ?」
心証的には複雑なんだけどな……ソフィアを見ると、どう対処すべきか悩んでいるように見える。感情面で思うところはあるかもしれないけど、エイナなどもいる手前、表情には出ていない。
「どこかのタイミングでシェルジア大陸へ戻り、最低限の状況説明はすべきだろうな」
これはリチャルの意見。それに反応したのはエイナ。
「確かに、ルオン殿の旅がどういうものなのか……現状どうなっているか語っておくべきかもしれない」
「わかったよ。ただ、この大陸でいよいよ天使達と会えるかもしれない状況だから、今は帰れないぞ」
「一段落した後で、というわけだな」
アルトが面白そうに語る。他人事ということで、楽しんでいるな?
「ま、その辺りはルオンさん達に任せるということにして……さて、事情については話してもらえるのか?」
「アルト、話すということはつまり――」
「そっちの戦いに加わるということを意味するってわけだな? 俺達がどの程度戦力になれるかはわからないが、話してもらえれば協力するぞ。それに、だ。何も戦うだけが協力ってわけでもないだろ」
案でもあるのだろうか? 疑問に思っていると、アルトは仕切り直しとばかりに手をパンと鳴らした。
「竜の時みたいな無茶はしないと約束するさ……魔王との戦いで関わった身だ。付き合うぞ」
「私も同じく」
キャルンが手を挙げる。次いでイグノスもまた頷き従う気でいるみたいだ。
「私も協力する」
至極当然とばかりにエイナも続く。
「というより、今後のことを考えると人が多い方がいいのではないか?」
さらにエイナは告げる……そもそも俺やソフィアだけで対応しようとは思っていない。ナーザレイド大陸では侯爵と協力することになったりもした。それに掲示板に名前が載り自然と名が売れてしまうような状況。コソコソやる必要も無い。
加え、エイナ達は協力的……戦線に立つべきかどうかは俺達が判断していいだろうし、こちらが諫めれば無理な行動はしない、かな?
「どうする?」
ソフィアに問い掛けると、彼女は一言。
「いいのではないでしょうか……いずれこういう形で協力をお願いすることになっていたと思いましたし、それが早まっただけかと」
早まった、か。確かに彼女の言うとおりいずれ大きな戦いになっていくし……。
リチャルに顔を向けると、俺やソフィアの意向に従う気なのか小さく頷いた。
「……わかったよ。ただ、一つ条件がある」
「無茶はするなってことだろ?」
アルトが訊く。目を合わせると彼はニヤリと笑った。
「そのくらいは百も承知だよ。ま、ルオンさん達の戦いなんだから、引き際はしっかりと見極めるさ」
……竜との戦いで色々アルトも考えたのかもしれない。まあいずれにせよ、ソフィアやリチャルも同意していることだし、話しておくか。
「わかった。魔王との戦いが終わった後からのことについて、説明するけど――」
言いかけた時――酒が運ばれてきた。
「おい、誰が頼んだんだ?」
「俺だ」
アルトが手を挙げる。店員から受け取り満面の笑み。
「小難しい話になりそうだからな。少しは景気よくしないと」
無茶苦茶な理由だな、おい。
「それにほら、こういう席に酒はつきものだろ?」
「そうそう、硬いこと言わないの」
キャルンもまた楽しそうに語る……イグノスは苦笑しているんだが。
「そういえば、エイナさんは飲まないのか?」
リチャルが世間話のつもりか問い掛けると、彼女は首を左右に振った。
「たしなむ程度だな。普段は飲まない」
「なら今からどうだ? 飲み比べとかも付き合うぞ」
「遠慮しておく」
ピシャリとした言葉。エイナの性格を考えると当然の反応だな。
「というかアルト、酒なんか飲んで俺の話が頭に入るのか?」
「記憶に無かったらイグノスに教えてもらえばいいし。あ、絡むような酒じゃないから心配すんな」
なんだかなあ。わざとらしくため息を吐くと、アルトは笑った。
「お、そういえば一つやっておくことがあったな」
さらにアルトは何か言い出す……と、彼はグラスを掲げた。
「再会を祝して、乾杯といこうじゃないか」
……俺はなんとなくグラスを手に取った。中身は単なる水だけど。これじゃあ締まらないなと思ったが、アルトは一向に構わないようで、
「再会と新たな旅路に乾杯!」
――よくよく考えるとなぜ彼が仕切っているのだろう。まあ他に音頭とる人もいないからいいか。
全員が口々にグラスを掲げた後、アルトが一気にあおる……こっちの話を聞く様子などまるっきりなさそうだけど、説明を開始しよう。
「それじゃあ飲みながらでも聞いてくれ。俺達がこの大陸を訪れた経緯について――」




