逃げた理由
ソフィア達が外に飛び出し――およそ二十分くらいして、エイナがソフィアを引き連れて戻ってきた。
で、エイナはロビーで待っていた俺達を見て、
「……待っていたのか?」
「夕食を一緒にと思って。しかし、よく捕まえられたな」
「移動魔法が使えることはわかっていたので、相応の対策を」
「何をやったんだ?」
興味本位で問い掛けると、エイナは自身の足に目を落とす。
「魔力を利用した下半身強化だが……特に移動速度を高めるために、試行錯誤を繰り返した」
「へえ、それは戦闘能力強化のために?」
「いや、ソフィア様と再会した際、こうして捕まえるために、だ」
「……そうか」
そこまでやるとは、徹底的だな。
あと、捕まったソフィアは借りてきた猫のようにおとなしくなっている。そんな態度に苦笑しつつ、俺は彼女に尋ねた。
「ここに来るまでに、何かあったのか?」
「いえ、特に……」
「ソフィア様」
名を告げたエイナに、ソフィアは首をすくめる。まるで悪戯がバレて怒られている子供のよう。
「とにかく、逃げないようにだけお願いします」
「……うん」
「で、事情は説明してもらえるのか?」
どこか興味ありげにアルトが問う。するとエイナは彼を見返し、
「そちらは、今後ルオン殿と共に戦うのか?」
「そのつもりではあるが、ルオンさん達にも色々あるみたいだからな……どうなるかはわからない」
肩をすくめながら告げるアルトに、エイナは少なからず反応する。
「……ルオン殿、詳しい話はしてもらえなかったが、大きな戦いなどが控えているのか?」
「敵が存在しているのは間違いないが、その詳細については俺達も推測しかできていない段階なんだ。それに、たぶん相手から動く可能性は低いから、いつ決戦になるか、というのもわからない」
「だが、いずれ戦うのだな?」
詰問するような口調。気圧されたか、近くにいたロミルダが息をのむ。
この様子を見ていればどこまでもついてくるのは明白なわけで……ソフィアが同行させなかったというのも納得できる。
「……ソフィアがこうなった経緯とかは教えてくれるのか?」
相変わらずおとなしいソフィアを指差しながら問うと、エイナは頷き、
「といっても、そう複雑な理由はないが……」
「単に城を出る際声が掛からなかったから、とか?」
「それも理由の一つだが……重要なのは、きちんと約束していたという点にある」
と、エイナはわずかに息をつき、
「大層な話ではないから、話そう。食事の席……いや、料理が来る前に伝えよう」
結構な大人数がテーブルを囲み夕食となったわけだが……騎士然としたエイナはこの面子だとなんだか浮くな。
「事前に何度も私はソフィア様に確認をした。魔王との戦いの後、もしルオン殿が旅立つというのなら……ソフィア様がそれについていくのだとしたら、私もお供させていただくと」
「……行くなとは言わなかったのか?」
「ルオン殿が旅をするということは、この世界に関して何か懸念があるためだと愚考していた。それに陛下もソフィア様が従者として旅立つことに反対していなかった。そうであれば、私が止める理由はない」
……なんか、変なところで信用されているな。
ただ、実際俺と共に旅立ったのはソフィアとリチャルだったわけで。
「結果としてどうなったんだ?」
水を飲みながらアルト。それにエイナはぐっ、と歯をかみしめた後、
「逃げられた」
「……逃げられた?」
「そうだ! 私は事前に確認しておいたのだ! しかし、旅立つ日になってソフィア様はいつのまにか消えていた!」
と、そこでエイナはソフィアに顔を向け、
「その理由を確認したく思います」
「……えーっと」
頬をかきながら困った表情のソフィア。こういう反応は新鮮だな。
「何か理由があったのか?」
俺が訊くと、ソフィアはこちらに視線を合わせ、
「まず、エイナ自身騎士として役目があったこと。そして、その……」
「何で引っ掛かるような物言いに?」
「……あのー、先に言っておきますがエイナと旅がしたくなかったとか、あるいは邪険に扱っていたとか、そういうことはありませんから」
「うん、それは俺もよくわかっているから」
ソフィアはなおも困り顔。どういうことなのかと言葉を待っていると……やがて、
「大変言いにくいのですが……あの、ルオン様とはおそらく合わないと思いまして」
「合わない?」
「性格的なものなどではなく、スタンスの違いで」
余計わからない。ただエイナとしては不服なのか、言いつのる。
「ソフィア様、私は――」
「じゃあ一つ問うけれど、もし私とルオン様、そしてエイナが魔物と戦う場合、どういう形にする?」
「私とルオン殿が先頭で、ソフィア様は魔法が扱えるので後方で……」
ああ、うん。ソフィアが言いたいことはわかった。
「つまりソフィアは、エイナが参加するとなると戦い方で揉めると思ったわけだな」
「はい」
あっさり同意するソフィア。それにエイナは苦い顔。
エイナとしては共に旅をする以上、ソフィアを傷つけまいとするのはわかりきっているし、当然ながら彼女を守るような立ち位置になるだろう。
ただソフィアとしては、剣を握り前に出る方を望むわけで……その辺りの違いで問題が出ると思ったのか。
「エイナは決してその辺りのことを譲る気はないでしょうし……大変頑固ですから」
「し、しかし……」
「エイナ、何も言わず置いていったことについては謝ります。けど、私は私なりに考えを持ってルオン様との旅に同行している……そこは理解してほしい」
真っ直ぐな言葉にエイナは二の句が継げず……けれど理解したのか、小さく頷いた。
「わかりました。ただソフィア様、一つだけ……なぜ先ほど逃げたのですか?」
「……だって」
と、ソフィアは目をそらし、
「こういう時のエイナの説教って……長いから……」
――あー、ゲームであったな、そういうやりとり。ソフィアはゲームの序盤で主人公エイナの仲間として登場するのだが、その時のシチュエーションは外に出ようとしたソフィアに護衛として同行する形。ただ王女という身分である以上、城を抜け出すこと自体エイナはよく思っていないようで、結構長い説教を行っていた。
どうやらソフィアとしては、あんまりいい記憶では無かったらしい……当然か。
「とりあえずエイナ、説教はなしでいいよな?」
確認すると、エイナは神妙な面持ちで頷いた。
「ああ、そうだな……それで、ルオン殿達の事情は――」
その時、料理が運ばれてきた。俺はここで話を切り上げることに。
「その話は、食事が終わった後にでも」
というわけで、先に腹を満たすことに。各々食事を始めたのだが、エイナは俺やソフィアを見て嘆息した。
「何か他に気になることがあるのか?」
パンをかじりながら問い掛けると、エイナは少し迷った素振りを見せた後、
「……しばらくは、この大陸にいるということでいいのか?」
「まあそうだな。天使に会うという第一目標を達成できそうだし、そのまま大きな戦いに発展する可能性もあるからな」
するとエイナが沈黙する。そして俺やソフィアに視線を移し、何事か言いたげな様子。
「エイナ? どうしたの?」
ソフィアが尋ねると、エイナは一つ咳払いをして、
「……区切りがついたら、一度大陸に戻られた方がいいかもしれません」
「何か理由が?」
「あ、その。決して深刻な内容ではありませんが」
と、前置きして……エイナは語り出した。




