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賢者の剣  作者: 陽山純樹
天使の箱船

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強さの根源

 地底に充満する瘴気の質が、一気に変容していく。言ってみれば元々地底から噴出していた瘴気が、目の前の相手――アンヴェレートの瘴気に塗り替えられているような感じだった。


『何者だ……? こいつは……?』


 ガルクが呟く。その瘴気の濃度に加え、異様な雰囲気は神霊であっても驚くようなものらしい。


「それじゃあ、始めましょう」


 蠱惑的にアンヴェレートは発し、俺へ踏み込んだ。

 右手はかざしたまま。その手先から漆黒の渦が生じる。直撃すればどうなるのか……疑問を抱きながら回避に移る。


 後退しながら正面に魔力障壁を形成。相手が竜を用いて強度を確かめていたのかは、この攻撃により判断できるはず――


 腕から生じたのは黒い槍。それが一瞬にして俺の障壁に直撃すると、破裂音と共にまるで液体のように弾けた。

 障壁は砕けない。ただアンヴェレートは予想していたらしく、攻撃の手を緩めなかった。


「なら、これはどうかしら?」


 彼女の右拳が繰り出される。見た目とは裏腹に肉弾戦に持ち込もうというのか。

 そして彼女の黒き拳が障壁に直撃――轟音をまき散らしながら衝撃が障壁を駆け抜け、一時大きく軋ませる。余波が彼女の周囲に生じたが、地面が突如抉れさらに魔力が大いに乱れた。


 だが、障壁破壊には至らない。


「……あら」


 と、今度は意外そうな声を上げる。顔まで漆黒なので表情を完全に把握できなかったが、真紅の瞳がきょとんとしていたので、驚いたのは間違いない。


「これに耐えるのか。見込みは甘かったのかしら?」

「その様子だと、やっぱりあの竜を使って障壁の強度を確認していたな?」


 質問にアンヴェレートは目を細める。


「なるほど、全てお見通しというわけか」

「そっちは俺のことを甘く見すぎかもしれないな」


 障壁を解く。相手は即座に攻撃を仕掛けようとしたのだが、それよりも俺が早かった。

 魔力収束は一瞬。踏み込みと共に決めた一閃は、しっかりと相手を捉え、吹き飛ばすことに成功する。


 ――だが、


「なるほど、これじゃあ竜は相手にならない」


 断言と共にアンヴェレートは体勢を整え、全身から瘴気を放った。


「実力を隠していた、というより今まで本気を出さなかったといったところかしら?」


 答える間に俺は次なる攻撃を整える。まずは光属性上級魔法の『グングニル』を解放する――!


 神の槍が一気にアンヴェレートを射抜く。最上級魔法ではないが、ダメージを与えていることは間違いないはず。

 さらに、トドメとばかりに俺はレスベイルを差し向ける。右手に握る大剣を振りかぶり、剛胆な一撃がアンヴェレートを狙う――


「確かにあなたは予想外に強いみたいね」


 神槍の光が途切れ姿を現した相手は、ひどく淡々と語った。


「けれど、あなたが使役する存在に負けるつもりはないわ」


 剣戟を、アンヴェレートは平然と受け止めた。


 同時、その右手に漆黒が生まれ、まるで大砲のように撃ち出した。

 ゴアッ――地底内を轟音が駆け巡る。黒い魔力がレスベイルを襲い――魔力を削り取られ、精霊は一瞬にして消えてしまった。


『――レスベイルを一撃とは、今までの相手とは違うな』


 ガルクが断言する――レスベイルの方は俺が生み出した精霊だし、時間が経てば復活するけど……少々痛いな。


「さあ、次はどうするの?」


 挑発するように口を開くアンヴェレート。その見た目からは大きなダメージを受けていない様子。


 ……俺の攻撃が通用しにくいという点について、目の前の敵にも当てはめた方がいいんだろうな。なおかつこの場所は相手のテリトリー。さらに威力が下がっていてもおかしくない。衝撃などは防げない様子だから、強引に押し通そうとしてもどうにかできるし、障壁については硬度を維持できているため防御も問題ないが……どうするか。


 考える間にアンヴェレートが仕掛ける。肉薄しようと足を前に出し、その右手には相も変わらず漆黒が。

 こちらは剣に魔力を込めることで応じた。真正面から相対するのはリスクもあるが、やるしかない。


「あらあら」


 相手は興味深そうに呟き――構わず拳を叩き込もうとする。


 剣と拳が交錯。刹那、周囲にまき散らされる衝撃波。地底に魔力の風が吹き荒れ、瘴気が見境なく四方に飛散する。

 結果……双方の動きが止まった。


「さすがね」

「どうも」


 剣戟に乗せた魔力は、確かにアンヴェレートを打った。だが見た目の変化はない。

 先ほどこいつは自分が分身と語っていたが、本体でないとしたら痛覚などがなく、平然と動ける、なんて可能性も考えられる。


 どのみち、倒すには魔力そのものを滅するしかない――そう判断した俺はさらに魔力の出力を上げた。拳に刃が触れる状態でさらに引き上げられる力を目の当たりにして、アンヴェレートの目が笑う。


「あなた、本当に人間なの?」

「ああ、こんなヤツがいるとは信じられないか?」

「そうね……けど、あなたのような存在を見たのは決して初めてではないわ」


 そこで、何かを思い出すように目を細めたアンヴェレート――その瞳に宿るのは、歓喜に近い感情であるような気がした。


「私も長く生きているからね……少し昔のことを思い出しちゃったわ」

「俺のような存在が過去にもいたと。そいつは――」


 問い返そうとした矢先、拳に剣が弾かれる。続けざまに彼女は両腕に漆黒を収束させた。


「昔話を語る気はないのよね。それほどの相手なのだから、少し気合いを入れさせてもらうわ」


 ――気合い、などというレベルのものではない。両腕にまとわせたその気配はこの地底を消し飛ばすのではないかと思うほどであり、


『……こいつはさっき、自分のことを分身だと言ったな』


 ガルクの声が頭に中に響く。


『分身となればさすがに本体と比べて力は弱いだろう。にも関わらずこれほどの力を所持している……こいつは、何者だ?』


 ……可能性としてはいくらでも考えられるが、ただ単に濃い瘴気によって形作られた魔物、と考えるのはさすがに無理がある。

 元々、原型となる存在がいて、それが濃い瘴気の影響を受けて……いや、待て。


「その雰囲気すると、最後の勝負のつもりか?」

「どうかしらね。でもまあ、あまり時間を掛けるのも、と思っているのは事実よ」

「そうか。なら、決戦の前に一つ聞きたいことがある」

「別にいいわよ。でも確信的な話はあまりしたくないわね」


 真紅の瞳が俺を射抜く。そこで、


「……お前の力は、単純に瘴気の影響を受けたんじゃないな?」

「どうしてそう思うの?」

「お前が何者なのかは、語るつもりもなさそうだからいいとして、だ。少なくとも多大な魔力を有していた存在というのは推測できる……ま、ここまで考えたら導き出される結論は一つだけだが、そこは追及しないさ」

「ふふふ」


 笑うアンヴェレート。俺が何を言いたいのか理解したらしい。


「で、だ。元々驚異的な力を所持していたお前が、瘴気の影響を受けて……と考えるより、もう一つの可能性を考えたわけだ」

「何かしら?」

「……お前、この地底のさらに下に存在する力に触れたんだろ?」


 アンヴェレートは一時沈黙した。俺達が竜の大陸で遭遇した……それこそ、ネフメイザが利用していた存在の力を得ているのでは、と俺は考えた。

 それに瘴気が混ざれば、途轍もない力を持ったアンヴェレートのような存在が生まれるのでは――推測した直後、彼女は肩をすくめてみせた。


「おおよそ正解ね。あの力を知っているということは、あなたはそれを得たいの?」

「いや、どちらかというと滅ぼそうとしている、かな」

「ああそうなの……でも、あなたにできるかしら?」

「できるさ。で、その力を利用するお前は、ここで滅させてもらうさ……いずれ本体も潰す。覚悟しておけ」

「楽しみにしているわ」


 刹那、アンヴェレートは前に出る。俺はそれに応じるべく、剣に力を乗せ駆けた――


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