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賢者の剣  作者: 陽山純樹
天使の箱船

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漆黒の存在

 やがて俺達の前に、新たな広い空間が現れる……が、今度は先ほどとは比べものにならない広さだった。


「これは……」


 ソフィアが呻く。前方に広がるのは、底の見えない断崖絶壁。

 外のような渓谷と同じだと思えば……と一瞬考えたが、こちらは明かりで照らしても何も見えない上、瘴気もかなり多い。雰囲気に飲まれたかロミルダが断崖の手前で立ち止まり硬直しているのがわかる。


「……レスベイル」


 精霊を呼び出し、魔力探知を行う。瘴気が濃い以上、下に何かある……そして、至った結論は――


「……ソフィア」

「はい」

「レスベイルの探知によると、この下はただひたすら地面が広がっているみたいだな……瘴気は地底から出ているみたいだ」

「魔物などはいないのですか?」

「そうみたいだな。下りても意味はなさそうだし、引き返そう」

「わかりました」


 返事をしながらソフィアが俺の表情を窺う。その様子だと察しているかな……ま、俺の言葉に従ってくれるということは、この場で追及するつもりはないみたいだが。


 その後、俺達は一度洞窟の外へ出た。時刻は既に昼を回っている。持参していた弁当で昼食をとり、俺はソフィア達に話す。


「えっと、ソフィアは会話の端々で気付いたみたいだけど……あの崖の底に、気配があった」

「それがルオン様の推測した竜を操っている存在、ですか?」

「その可能性もあったから、ひとまず外に出た。ま、聞かれても問題はなかったとは思うけど」

「それほど、警戒する相手ということですか?」


 ソフィアの問い掛ける表情は険しい。


「ルオン様が念を入れて対処するほどの?」

「……ここからが本題だ。ソフィア、ロミルダ。もう一度洞窟に踏み込むけど、今度は俺一人で行く」

「それは、私達では対抗できないと?」

「地底にいる存在が何者かはわからない。竜を操っている以上相当な力を有していると予測はできるが……あんな場所でもし生き埋めにでもあったら、助かるのは俺だけだろうし」

「しかし……」


 と、ソフィアは言った後、神妙な顔つきとなった。


「……力を得ても、まだ私には足りないものがありますね」

「俺みたいな無茶をできるくらいになりたいってことか?」

「できるかどうかわかりませんけどね……事情はわかりました。ルオン様、お気をつけて」

「ああ」


 返事の後、ソフィアとロミルダを残して立ち上がる。


「先に町へ戻っていてくれ。アルトと合流すれば何かしら宴に参加した経緯とかを聞かれるかもしれないけど、話すかどうかの判断はソフィアに任せる」

「わかりました」


 承諾したソフィアを見て、俺は洞窟へ足を向ける。さて。

 中に入った直後、レスベイルを生み出し駆ける。地底にいる存在……ここから考えられるのは以前竜の大陸で遭遇した『彼』か。


 ただ、なんとなく違和感がある。何か別の存在……そんな風に思える。

 あっさりと竜のいた場所を通過し、地底へと戻ってくる。漆黒が広がる断崖を上から見下ろし、俺はしばし眺めた後、


「……行くか」


 闇へ身を躍らせた。俺は即座に移動魔法を使用し、一気に降下する。

 距離的には……正直暗闇で感覚はわからなかったが。結構深いはず。底に到達し、俺はレスベイルを通して魔力探知。すると、


「……いたな」


 すぐさま発見。前方に濃い瘴気……なのだが、


『以前遭遇した存在とは違うな』


 ガルクが断定する。


『何かしら力は持っているようだが……それは明らかに以前の者とは異なる』

「だとすると、考えられるのは――」

「――私のことを察してなお、ここまで来たの?」


 相手から声が――甘ったるい、人を惑わせるような女性の声。


「面白い人ね。しかも天使様を引き連れているなんて……といっても、本物ではないみたいだけど」


 姿はまだ見えない。だが真正面から瘴気……それも、凄まじい力が感じられる。


「……お前、俺達のことを見ていたな?」


 問い掛け。すると相手の瘴気が一瞬揺らいだ。


「あの竜を瘴気か何かで操っていたんだろ?」

「そこまで推測しているのか。すごいわね」


 褒めそやす言葉だったが、こちらを小馬鹿にするような雰囲気も感じられる。


「そうねえ、確かにあなたの言う通りよ。あの竜は私が操っていた……もう一つ言えば、あれは私が生み出したんだけど」

「何が目的だ?」

「そうねえ、しいて言えば……ふざけたことをやっているやつらにちょっかいをかけている、といったところかしら?」

「やつら?」


 聞き返したが返答はない。ただ相手はそれで何かを察したのか、


「あなたはただ、私の気配を察しここに来た人間のようね。歓迎はしたいけれど、あいにくもてなすにしても私はあなたを殺めることしかできないのよ」

「……残念だが、俺はやられるつもりでここに来たわけじゃない」

「私を滅するために、ということかしら?」


 言外にできるの? という問い掛けがあった。俺は何も言わず、手のひらから剣を生み出す。


「あら、やる気のようね……けど、一つ残念なお知らせがあるわ。ここにいる私はただの分身だからね」

「なら、本体を見つけ出して倒すまでだ」


 決意に相手は沈黙。こちらは剣に魔力を込める。


「……ずいぶんとやる気がある剣士ね」

「少なくとも、魔物を動かして何かをしているのはわかったからな。この宴に際し、邪魔立てしようとする存在、といったところか」

「ま、そういう意味合いもあるわね」


 コツコツと靴音。明かりの前に姿を現した相手は――声音通りの女性。

 見た目は、赤い法衣で体を包んだ二十代半ばの女性。特徴的なのはその肌。黒――といっても、まさしく漆黒。顔以外にも手先などももれなく漆黒であり、異様な雰囲気を漂わせている。


 なおかつ、その瞳は法衣と同じく真紅で、光に照らされゾクリするほど蠱惑的な雰囲気を漂わせている。そうした容姿はこの地底にひどく似合い、幻想的とすら思える。


 また、両手には何も持っていない。しかし指先の爪の部分が時折赤い光が走る。腕そのものに魔力が大いに封じ込めることができる、と考えていいだろう。


「正直な話――」


 女性は前置きをして、語る。


「ここは私が歩き回れる少ない場所の一つだから、あんまり広めないでほしいのよね」

「……つまり、口封じのために俺を殺す、ということか?」

「平たく言うと、そういうことになるわね」


 ……肌が漆黒であるため表情がほとんどわからないのだが、もしかすると笑っているのかもしれない。


「そういえば、あなたお名前は?」


 言ってどうするのか、と思いつつ俺はなんとなく答える。


「ルオン=マディンだ。あんたは? 教えてくれるのか?」

「事情があって、私はこうした体を得たのだけれど……その時生まれ変わったと私は考えているからね……その前の名前だったら一応あるわよ。ま、ここから生きて出られたら、誰かに伝えて私がどういう存在なのか理解するといいわ」

「……つまり、こうなる前はそれなりに有名だったと」

「否定はしないわ」


 今度は目が動いた。間違いなく笑っている。


「名はアンヴェレート。短い間だけれど、よろしくね」


 そう語った相手――アンヴェレートは右手をかざす。


「始めましょう……無謀な剣士さん」


 その言葉の瞬間、彼女から瘴気が噴出した。


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