広大な渓谷
最寄りの町に辿り着いた後、俺達は一泊し翌朝巣へ向け歩を進める。
リチャルは宿にこもり魔物を作成するとのことなので留守番。というわけで今回討伐に参加するのは俺とソフィア、そしてロミルダの三人だ。
で、事前に使い魔で上空などから情報を取得した。名はミルドレイ渓谷。巨大な渓谷であり、周囲の森もずいぶん深い。
渓谷の周辺には魔物が跋扈し、人間が立ち入るのはまさしく自殺行為。だが今回、宴に参加した人間はこぞって渓谷へ向かう。
「……ここ、ですね」
そして俺達は渓谷の入口である森に辿り着いた。鬱蒼と茂る森へ、他の冒険者達は嬉々として入り込んでいく。
普通なら見られない光景……改めて使い魔を利用し上空から観察する。途轍もなく広大な渓谷だ。魔物の発生源であるため人の手がまったく入っておらず、まさしく原生林がここに存在している。
「まず、どう動きますか?」
ソフィアが質問してくる。俺はそれに頭をかき、
「上空からの使い魔では森の中までは確認できない……ま、上位の魔物は渓谷にいるだろうから、まずは足を踏み入れよう」
歩き出す。ソフィアとロミルダは無言で追随する。
少しするとどこからか戦闘しているのか、金属音や爆音が聞こえてきた。雷撃でも使ったかバチバチという弾ける音も耳に入り……そこかしこで誰かが戦っているのだとわかる。
俺達も参加を……と思っていた矢先、目の前に魔物が。
「以前見たものと同じですね」
ソフィアが言う。うん、青い虎型の魔物だ。
「魔物の発生源は違いますが、似たような魔物が多いということでしょうか?」
「いや、この場合は地底で魔力が繋がっているんじゃないか?」
俺の言及にソフィアは首を傾げる。
「繋がっている?」
「魔力の発生源が地底にあるとする。で、その魔力は大地の裂け目などをきっかけとして地上に漏れ出ている……その魔力の噴出場所が港近くであったり、あるいはこの渓谷だったりするわけだろ」
「なるほど。距離的にそう遠くないわけですから、ルオン様の解釈で合っているでしょうね」
ソフィアが納得する間に、魔物が俺達へ突っ込んでくる。すぐさま剣を構え――いや、ロミルダがそれよりも先に手をかざし紫色の矢を放とうとした。だが、
「――雷光よ!」
突如、横から声が。それと共に白い稲妻が魔物の横から突き刺さり――あっさりと消滅した。
魔法が放たれた方向を見ると、魔法使いらしき女性と目が合った。すると相手は笑い、
「ああ、ごめんなさい」
と、一言謝って去って行った。
「……魔物を発見し、俺達には気付かず即座に対処した、といったところか」
冒険者達も多いため、こうした争奪戦も繰り広げられているみたいだ……ふむ、どうしようか。
「とりあえず、森を抜けましょうか?」
ソフィアが提案。まあ森の中で戦っていても武勲を稼げないのはなんとなくわかったし、そうするか。
「ああ、とにかく進もう」
というわけで、森の中を歩む……動きにくいことこの上なく、これはずいぶんと時間が掛かりそうだな。
まあこれから毎日魔物と戦うことになるだろうし、今日はこの魔物の巣がどうなっているのかを確認するくらいで丁度いいかな……などと思っていた時、森を抜けた。
「……おお」
ロミルダが思わず声を上げた。
少し先に崖がある。近寄ってのぞき込むと、数メートル下に足場があった。
そこから下にも同じように足場……階段状に崖が存在し、断崖絶壁というわけではない。ここから下へ行けそうだが……上るのは大変そうだな。
「下に進めるようですね」
周辺を見ながらソフィアが言う。
「どうしますか?」
「……そういえば、俺やソフィアは移動魔法使えば上るのも苦労はないけど、ロミルダはどうしようか」
「あ、大丈夫だよ」
懸念に対し、ロミルダは明瞭に答える。
「色々二人に教えてもらったから」
「……時を巻き戻す前の俺達に?」
「うん」
コクリと頷く。思ったよりも前回の俺達は彼女に目を掛けていたみたいだな。
ま、それなら話は早い……俺は二人へ告げる。
「このまま下りて魔物を探そう」
冒険者の数も減るし、魔物と戦いやすくなるだろう……とはいえ下の方にも遠目ながら人がいるのもわかる。注意しないと。
俺達は少しずつ下へと進み始める。途中、空を飛ぶ魔物と出会ったりもしたが、ソフィアが『ライトニング』などを行使しあっさりと打ち落とす。
森の中にいる魔物ならば俺達は楽勝みたいだな……と、下に行くにつれ少しずつ魔力が濃くなっていくのがわかった。
「肌にまとわりつくようですね」
ソフィアが感想を述べる。ロミルダも悪寒でも感じたか、首筋に手をやったりする。
この魔力の濃さが、特徴と言えるか……渓谷に入り込んだだけでこれだ。魔力の発生源近くだとどうなっているか想像もつかないな。
そうこうするうちに俺達はとうとう渓谷の下へ到達。ただまあ、見えていないだけでここよりもっと深い渓谷だってあるに違いない。
で、早速魔物が目の前に。やや遠くに戦っている音も聞こえるが……こっちに来る気配はないな。
目の前の相手は、体長三メートルはあろうかというオーガ系の魔物。それが合計五体いる。
バッジは白く光る――よし、さっさと片付けよう。
「ソフィア!」
「はい!」
返事を聞くと共に俺達は同時に踏み込んだ。オーガが全員こちらへ向かってくる。
ふと、上の方から視線なども感じたが……それを無視し俺とソフィアはまず先頭を走る二体へ同時に剣を決めた。
俺が縦、ソフィアが横――それによりオーガの体はあっけなく両断される。俺の方は綺麗に左右に分かれながら消滅し、ソフィアの方は上半身が吹き飛び、下半身はビクリと一度震えた後消滅する。
次いで、ロミルダが容赦の無い遠距離攻撃――数多の矢がオーガへ降り注ぎ、ドガガ、と凄まじい音を上げその体が消滅していく。
三体のオーガはそれで消滅した……見た目に反しあっけない。まあ、俺達が強いということだな。
「うん、問題ない」
渓谷の下でも俺達の剣は余裕で通じる……ならこのまま進もうと思い、二人へ告げようとした。
その時、グオオオオ――と、どこからか音が聞こえてくる。
「……風の音?」
ロミルダの呟き。しかしソフィアの解釈は違った。
「魔物の声、のように聞こえましたが」
「俺も同意見だな」
辺りには声を発した魔物はいないが……。
「……魔物について、確認してみるか」
歩き始める。道は前後にあったわけだが、一方は行き止まりだったので必然的に道のある方向へ進む。
少しすると、さらに渓谷が見えた。今いる所よりもさらに深く、ついでにずいぶんと入り組んでまるで迷路みたいになっている。
「これは、相当広大ですね」
ソフィアの呟き。確かにこれは探索するだけで骨が折れそうだな。
で、肝心の魔物は……再度グオオオオ、と声が響いた。けど、場所まではわからない。
「近くにはいないようだな……」
「どうしますか?」
ソフィアが確認を行う。ふむ、さらに深い所へ進むことは可能みたいだし、このまま直進してどんな魔物なのか観察するのもありか――
そう思った時、ズシン、と重い音が響いた。地面に少しばかり振動が生じ……なんだか嫌な予感がする。
「何が起こったんでしょうか?」
ソフィアが渓谷を見ながら言う。ならば――使い魔を用いて渓谷を観察してみる。
その間にもさらにズシンという音が。どこかで戦っているのかそれとも移動しているのか……そんな疑問が頭を掠めた時、俺はとうとう音の原因を発見した。
深い渓谷の一つ――そこに、途轍もなく巨大な魔物がいた。




