追跡手段
『……ここからは魔法を解析した我らの推測だ。当たっているかもしれんし外れているかもしれん。その点は留意しておいてくれ』
ガルクの放つその前置きに不穏なものを感じながら、俺は言葉を待つ。
『時を巻き戻している、ということについて気になっている事柄があるはずだ。一番はそうだな……巻き戻る前の世界がどうなっているか、だな』
それについては俺も気になってはいた。しかし検証するなんてこともできないので放置していたわけだが――
『これについても推測した。というより、考えられる可能性が一つだろうという結論に至った』
「つまり?」
ソフィアが聞き返すと、ガルクは目を細め、
『この世界そのものが、神の手によって巻き戻されている』
――最初意味がわからなかったのだが、徐々に理解し始めると、俺は口を開いた。
「この世界全体が、丸ごと巻き戻っていると?」
『……どのような理屈なのかはわからんが、な』
この推測が本当だとしたら、笑いたくなるくらい壮大なことをやっている。人一人が時を遡るのではなく、この世界全てが巻き戻っている。一体どういう理屈で、どういう形で行われているのか――
「私達は、どうなっているのですか?」
ソフィアの問い。それにガルクは明瞭に答える。
『我を含め全て戻っていると考える。ただし、記憶なども全てが巻き戻るため、何も情報が無ければただ繰り返すだけだ』
「ちょっと待て。この場合俺はどうなる?」
その問い掛けに、ガルクは沈黙する。
「この戦いで、俺やソフィアも繰り返しているのは間違いない……だが、魔王との戦いは? リチャルの話だと、転生した俺は最初いなかったらしいが――」
『可能性としては色々考えられる。だがルオン殿の存在自体が特殊であるため、我らもそこだけは結論を出せなかった』
――俺については、直接ヤツに訊くしかないってことか。
『それについては、ひとまずおいておこう……先ほども言ったように、我らは時を繰り返していてもその記憶がない……けれど、例外がある』
「それがネフメイザとロミルダ、だな」
俺の言葉に一同ロミルダへ視線を注ぎ、当の彼女はビクリとなる。
「……ロミルダ、ネフメイザと同じように記憶を保有した状態なわけだが……これはリチャルがやったんだよな?」
確認に彼女は頷き、
「でも、私は魔法陣の上に乗っていただけだよ。それに、リチャルさんはネフメイザの魔法に便乗しただけって言っていたけど」
「そうなのか」
「――待て、ルオン殿」
唐突にアナスタシアが声を上げる。
「今まで深く考えてこなかったが、一つ疑問があるぞ」
「何だ?」
「決戦でネフメイザが逃げる、まではよい。その後、リチャル殿は資料を書き記したわけじゃが……これだけの量、調べるだけで一日二日はかかる。つまり、ネフメイザが魔法を使うまでに、タイムラグがある」
そこまで言うと侯爵はロミルダに問う。
「決戦が終わってから魔法発動までどのくらい間があった?」
「確か……十日くらい」
「十日だと? ネフメイザが魔法を使うのに準備が必要なのか?」
『それについてだが、制約が存在するのだろう』
ガルクが今度は語り出す。
『リチャル殿、貴殿が魔法を使用した際も制約はあっただろう?』
「ああ……ただ、そっくり同じ魔法というわけではないみたいだから、発動条件まで同じという可能性は低いんじゃないか?」
『うむ、状況によって変化するという記述があったため、リチャル殿の条件をそのまま当てはめるのは難しいだろう』
「……あの、一ついいですか?」
ソフィアが手を上げ質問する。
「ネフメイザを倒すことがこの戦いの最終目標なわけですが……前回までの戦いでも、それは同じだったはずです。当然、逃げられたとしても私達は追うことにしたと思います」
「うん、それは同意する」
俺の言葉にソフィアは頷き返し、
「ですが、何度も時を巻き戻している……魔法発動条件についてはわかりませんが、十日も経っているということは、それなりに準備がいるのでしょう。どこに逃げたのでしょうか?」
「ルオン殿達の索敵能力を勘案すると、相当見つかりにくい場所に居を構えたのだろうな」
これはアナスタシアの意見だ。
「地底か、それとも誰かにかくまってもらったか……何度も時を繰り返している事実から、ルオン殿達でも捕捉できない場所まで逃れたということになる」
「だが前回、情勢が変わった」
俺の言葉に、全員が注目する。
「ネフメイザにとってみれば、俺やソフィアをどうにかするまではできたが、最終的に失敗して逃げた。そしてリチャルはこの状況からこれまでと同じやり方では通用しないと悟り、資料をしたためロミルダに託した」
「うむ、ルオン殿達に危害を加えたこと……それが、前回の戦いにおけるネフメイザの落ち度じゃな」
「できればネフメイザの逃亡場所が明らかになればいいけど……難しいか?」
「地底まで潜られてはわしも捕捉はできんのう……さて、どうする」
腕を組む侯爵。俺もまた考え始め……やがて口を開いたのは、ソフィアだった。
「ネフメイザがどうやって逃げるのか……それをつかみ逃さないようにすべきですが、追跡魔法などを仕掛け、追うことができる手段も確立させた方がよさそうですね」
「どこにいても、わかるように目印を相手にひっつけるというわけだな」
「はい」
魔力を付与しておけば、追跡することは不可能じゃないはずだが……当然、ネフメイザはそれを解除する魔法くらいは持っているだろう。そこをどうするかだが――
「……まてよ」
突如、侯爵は口元に手を当て考え込む。
「そうか、この手があったか」
「何を思いついたんだ?」
俺の問い掛けに、侯爵はすぐさま首を向け、
「皇帝の竜魔石じゃ」
「は?」
「皇帝の竜魔石の力を用いて、相手の居所を探る」
そう言って侯爵はロミルダに視線を送った。
「前回とは大きく異なる点……いや、本来ならばあり得ない、皇帝の竜魔石の力を所持するロミルダがいる。竜魔石は、その特性がわかると居場所などが遠くでもわかるようになる……もっとも、そこまでしっかり場所を探ることができるようになるには、相当な研究が必要なのじゃが」
「けど、今回は同じ竜魔石同士だから――」
俺が言おうとしたら、アナスタシアは皆まで言わせず続けた。
「そう。同じ竜魔石だからこそ、探知が非常に容易じゃ」
「ならネフメイザの逃亡については解決したも同然か?」
「うむ、ヤツは少なからず皇帝の竜魔石の力を取り込む……現段階で少しくらいは取り出しておるかもしれん。現状で場所がわかれば、決戦時間違いなく通用する……ロミルダ、少し調べてみよう」
「どうやれば……?」
「わしがその辺りは説明する。ふむ、一通りのことはこれで解決できそうだな」
「……最後に、一つだけ」
ソフィアが言及する。
「時を自由に巻き戻せる張本人は、普段動かないようですが……この戦いに対し問題ないのでしょうか?」
「あいつの言葉を借りれば、自らの意思で行動するようなことはほとんどないらしいな」
彼女に対し、俺が口を開いた。
「ネフメイザが魔法を使わなければ、干渉することはないんだろう……ガルクの言うとおり、今はネフメイザを倒すことだけ考えよう。もし何かあったら……状況次第で俺が動く」
「ルオン殿、これからもよろしく頼むぞ」
改めてアナスタシアが言うと、俺は頷いた。
「ああ。そっちも色々やってもらうこともある。効率よく動こう」
「うむ……ではルオン殿、色々仕事もあるが、今までのようにそう難しくはないだろう。ただ数は多いから、頑張ってくれ」
どこか突き放すような言葉に、俺は苦笑しながらも頷いた。




