特殊な石
……まさか竜魔石から声がするとは思わなかったので、最初何も答えられなかった。
「どうしたのかしら?」
さらに竜魔石が問い掛けてくる……声色的にはちょっと色気のある大人の女性という感じか。
「……あんたは?」
「言っておくけど、どこかにいる人と話しているわけじゃないわよ。あなたが持っている竜魔石そのものが話しているの」
丁寧に解説してくるのだが……しかも、竜魔石そのものが話している? さらに疑問が深まるばかり。どうすればいいんだろう。
『ルオン殿、懸念があるのだが』
ガルクが声を出す……ん、懸念?
『しゃべり出す竜魔石というのは、なんとなく推測できる』
「え?」
『先ほど、あの遺跡が実験場ではないかと話をしていたな? おそらく竜魔石に人の意思が宿るのか……そういうことを実験し、成果が目の前にあるのではないか?』
……なるほど。では質問してみよう。
「あんたは、あの遺跡の実験か何かの犠牲者か?」
「どういう経緯でこうなったのかよく憶えていないけど、たぶんそうじゃないかしら?」
のんきに語っているな……と、さらにガルクから言及が。
『最大の問題は、これでネフメイザの動向が変わるかもしれん、ということだ』
……あ、そうか。
俺も理解できた。本来、この竜魔石は帝国側が手にするはずだった。しかし俺達がすり替えた……もし騎士達が回収する際に竜魔石が喋っていたら、明確な差異が生じることになる。
ただ、リチャルだって資料をしたためる時にしゃべる竜魔石だったらきちんと記載しているはずだ。何らかの理由で判明しなかった、と楽観的に解釈することもできる。
「こちらとしても疑問があるのだけれど」
今度は竜魔石が語り出す。
「わざわざ罠を起動させないように処置するなんて、どこから情報を手に入れたのかしら?」
……視線を感じたということは、当然彼女(?)も見ていたことになるんだよな。
どうすべきなのかなおも考えたのだが……どちらにせよ、こうやって話をしてしまった以上は遅いか。ここは楽観的な解釈が正しいと思うしかないな。
「ガルク、とりあえず話をしてみるか?」
『そうだな』
ガルクも同意。なんだか奇妙だが……俺は竜魔石と会話を試みることにした――ただ全てを話す気にはなれなかったので、遺跡の情報があったとだけ説明を行う。
「――で、俺達の敵が竜魔石を奪い取ることがわかったから、先んじて行動に移したというわけだ」
「なるほどねー。それで、あなたは私を手に入れてどうするの?」
「……訊きたいんだけど、このまま竜魔石の力を吸い取ったら、あんたは消えてなくなるのか?」
「たぶんね」
あっさりとしているなあ……騎士達は人造竜の力を強化するために竜魔石を手に入れるわけだが……それはこの竜魔石にとって死を意味するのかな?
そう考えると、わーきゃー叫びながら無視され人造竜の餌にされるのか……不憫だな。
「しかし、会話できる竜魔石なんて聞いたことがないぞ」
「私も聞いたことがないわね。何かの実験だったんでしょ」
……やっぱりここが実験施設であることをさらに証明する物ということなのか。
しかし、これどうするかな……アナスタシアに見せた場合「貴重じゃ!! 保管する!!」とか言い出すよな、たぶん。
「……まあいいか。とりあえず持って帰ろう。けど、問題もできたなあ」
「もしかして、偽物も喋れた方がいいの?」
竜魔石が問い掛ける。ん? その言い方だと――
「もしかして、できるのか?」
「やり方はあるわよ。一度偽物の所に戻らないと無理だけど」
少し考えて……やっておくべきだと思い、要求しようとした。その時、
「あ、ちょっと待った」
「何だよ」
「一つ訊きたいけど、私ってこれからどうなるの?」
「……仲間と協議する必要があるな」
「じゃあ、とりあえず生かしてくれるのを約束してよ」
……取引か。相手が竜魔石というのがどこまでも奇妙だ。
「まあ、いいけど」
「嘘じゃないわよね?」
「嘘じゃないから」
ちょっと面倒になりかけた時、突如竜魔石が一際輝いた。
「お?」
「それじゃあ、戻りなさい」
……今のはわかったという意思表示なのだろうか? 疑問はあったが、とりあえず俺は足を動かし始める。
先ほどと同じ流れで遺跡内に入り、竜魔石があった部屋へ。まさかここに舞い戻ってくるとは思わなかったぞ。
「それじゃあ、偽物と私を合わせなさい」
言われたとおり、台座に近づき竜魔石を偽物に当てる。すると、一瞬だけ魔力が強くなった。
『ふむ、魔力がほんの僅かに移動したな』
ガルクの言葉と同時、竜魔石から声が聞こえてくる。
「簡単に言うと、この偽物に私の魔力をちょっとだけ宿し、それを介し偽物でも喋ったりできるようにしたわ」
「それならよさそうだな……よし、帰ってアナスタシアと作戦会議といこう」
しかし、面倒事ばかりだな……と思った時、一つ気付いた。
「えっと、一応訊いておくけど名前は?」
「あるわけないわよそんなもの」
「そっか……うーん、いい名前が思い浮かばないから、これも相談かな。戻ってから考えよう」
「どこに行くのかしら?」
「とある侯爵の屋敷だよ」
元来た道を戻る。なんだか変な展開になったけど、とりあえず目的は果たしたから、今回の作戦は成功と考えていいだろう。
俺は再度遺跡を出て、移動魔法を使うべく詠唱を開始した――
「……ふーむ」
屋敷に戻ってきた俺は、アナスタシアに事の顛末を話す。バルヴォのことと竜魔石のことを話すと、竜魔石の方に食いつくかと思っていたのだが、最初に騎士について質問が飛んだ。
「少なくとも、わしが抱えている騎士ではないな」
「となると、アベル達が潜伏させた人間か?」
「いや、その辺りの情報はエクゾンを介しわしにも届いているが、女性が入り込んでいるという情報はない。それに、何かを奪うという危ない橋を渡っているわけでもない」
「となると……別の組織ということか?」
「うむ、その可能性が高い……調べてみよう」
アナスタシアは、俺の目の前にある竜魔石に視線を送った。
「さて、しゃべる竜魔石とはずいぶんと趣深いが……」
「興味はないのか? 珍しい物だと思うけど」
「保有する魔力量は普通の竜魔石と変わらんようじゃしな」
彼女にとって重要なのは、力の大きさというわけか。
「さて、ルオン殿が懸念しているネフメイザに竜魔石横取りを悟られるか、という点についてわしの意見を言おう。注意を払う必要はあるが、ヤツが動かないと断定できれば、大丈夫だろうと考えておる」
頬をかきながら侯爵は続ける。
「根拠として一番大きいのが、騎士団がどういう形で竜魔石の力を奪うのかにある。これはリチャル殿の資料にもあったから間違いない。罠があると判断した場合、騎士団は台座などに安置されている竜魔石を動かさず、力だけ吸い取ることにしている」
「……なら、今回の場合はこの竜魔石が話す前に、力を奪われ意識を飛ばしたということになるのか?」
「おそらくな。竜魔石を台座から離すと罠が発動すると考えたのじゃろう。実際リチャル殿の資料にはそのように記されていたし、間違いないじゃろう。そう悲観的になることはあるまい。ただ悟られた場合に備え、プランを考えておくべきじゃな」
彼女は言い終えると一度息をつき、竜魔石へ問い掛けた。
「質問がある。別の竜魔石に意識を乗り換えることは可能なのか?」
「えっと、たぶんできるんじゃないかしら?」
「ならば、別の器を用意する。竜魔石は申し訳ないが、使わせてもらうぞ」
「別にいいわよ。執着していないし」
「なら質問をもう一つ。現在、偽物がどういう状況か見ることはできるのか?」
「可能だけど?」
「そうか」
ニヤリとなるアナスタシア。どういうことか眉をひそめていると、彼女は述べた。
「ルオン殿、今回の収穫もかなりのものじゃな」
「何か考えがあるのか?」
「うむ。場合によっては――」
侯爵は竜魔石に目を落としながら、言う。
「この竜魔石に宿る意識が、戦いの鍵を握ることになるかもしれん」




