侯爵の主張
魔物と適度に交戦しながら俺達は迷宮を進んでいく。敵と交戦してもそれほど時間が掛からないので、一時間もすれば中間地点へ到達することができた。
「ルオン殿、まだ先があるのか?」
「ああ」
アナスタシアの質問に俺は返答しながら水を入れた水筒に口をつける。
レスベイルを用いて周囲を観察しながら休憩を行っている。仲間の状況だが、俺やソフィア、そしてアナスタシアも問題ない。魔物の質が想定よりも低かったことは拍子抜けだったが、それが功を奏し一気に竜精がいる場所まで到達することができそうだった。
「大丈夫?」
ソフィアがロミルダに声を掛ける――彼女だけは幾度となく魔力を消費したためか、多少疲労が窺えた。
声掛けにロミルダは小さく頷く……その表情は、まさに姉を慕う妹だ。
「仲睦まじいのはよいことじゃ」
そんな二人を、アナスタシアが孫でも見るような感じで眺めた後、俺に顔を向けた。
「ところでルオン殿、一番奥にいる竜精と出会ったら、どうするつもりじゃ?」
「最初はできるだけ穏便に対応するよ。物語においては弁明もなく戦闘になったけど、そういうのは避けたいな」
「そうかそうか。ま、できる限りのことをするしかなさそうじゃの」
会話をする間に、レスベイルが反応。
「敵だ」
即座にソフィアとアナスタシアが戦闘態勢に。そこで俺が発言する。
「この調子なら、一番奥まで行くことはそう難しくない。一気に突破しよう」
言葉と同時、アナスタシアが剣を構える。その姿はやはり威風堂々としたもの……とはいえ、身長がないのでやっぱりどこかちぐはぐ。
戦闘開始――敵は髑髏の騎士。
「こいつは見かけ以上に魔法防御が高い」
「直接攻撃ですね」
騎士が走ってくる。すかさずカバーに入ろうとするが、それよりも先にソフィアの『清流一閃』が決まった。
素早い動きであるためか、騎士もほとんど反応できなかった。シャスタにより武器が強化されたこともあって、彼女はこの迷宮で難なく敵を撃破している。
この調子なら、無傷で突破できそうだ……と、考えていた時、正面から突如魔力を感じ取った。
「これは……」
「ほう、どうやらわしらの存在に注意を向け始めたようじゃな」
アナスタシアが言う。ソフィアやロミルダも動きを止め正面を注視する。
まるで風が吹き抜けるように感じられた魔力。それが最奥にいる存在からのものであるのは明白だった。
ただ、殺気などはない。俺達のことを様子見するような感じだろうか。
「迷宮に入った時点で気付いていたと思うが……ようやく、こちらにもわかるようになったか」
アナスタシアが言う。
「ルオン殿、どう思う?」
「まだ様子見の段階だろう。とりあえず敵意はなさそうで安心した」
「近づくごとに殺気が増すのかもしれんぞ」
「……そうかもな」
ここで俺は、アナスタシアに視線を送る。
「どうした?」
「いや、なんとなーく嫌な予感がしたんだが」
「うむ?」
「もし穏便に済ませられるとして……あんたが煽って戦うよう仕向けたりはしないよな?」
アナスタシアは笑顔になった。おい、これは――
「そのつもりだったのか!?」
「ルオン殿の実力を間近に見れるチャンスだと」
「あ、あのな。穏便に済ませた方がいいに決まっているだろ!?」
「まあまあ、拳でわかり合うというのが戦いの常じゃろ」
「もしかして、同行したいと言ったのは……」
黙って満面の笑みを見せる侯爵。おい、最悪じゃないか。
「ソフィア、何か言ってやってくれ」
「あの、アナスタシア様。戦って押し通るだけがやり方ではないと思いますが」
「固いのう、ソフィア王女は。いいか、これは戦力分析の意味合いもあるのじゃぞ」
「戦力分析……?」
「そうじゃ。この迷宮に存在する者について、情報があまりに少ない。ルオン殿の意見によりここへ赴いたが、竜精として本当に力を有しているのか、わしとしては疑問に思う」
……言っていることは間違ってはいない。
「つまりじゃ、どこかでその力を確認しておく必要がある。ルオン殿としてはここにいる竜精をソフィア王女と連携させたいとのこと。ソフィア王女とて、どのくらいの力を有しているのかを確認したいと思わんか?」
「それは……多少は……」
「そうじゃろう? その確認として最適なのは、竜魔石の力を持たぬルオン殿が挑むことじゃと思う。これならば相手が滅ぶことなく、その力をしかと確認できる」
「……確かに」
「言いくるめられているじゃないか!」
思わずツッコミを入れる。
「ソフィア、言い返してくれ!」
「あ、でも、私としては竜精の力も確認――」
「ほら、ソフィア王女もそう言っておる」
「いや、試すのであれば話をして味方にした後でもいいだろ」
「それでは本質的な力を確認できないではないか。ヤツがいきり立っている時こそ、本物の力を確認できる。これは必要なことなのじゃ」
ああ言えばこう言う……さすが侯爵。弁が立つ。
「ま、よい。ルオン殿が乗り気で無いのも理解はできる。よって、ひとまずこの話は置いておこう」
と、アナスタシアはあっさりと矛を収めた。
「奥へ行って竜精と話をし……どうするかは決めればよい」
「あんたが何かするということか?」
「さあ、どうじゃろうな」
……侯爵は味方だと思うけど、こういう点では敵よりも厄介だな。
そんな会話をしながら俺達は進む。魔物も都度出現するが、質自体は変わらないため十分対処できる。
ロミルダについても、確実に慣れてきているのか、動きもよくなっていく。なおかつ確実に腕を上げている。皇帝の竜魔石の力を取り込んだ真価はまだ発揮できていないが、現時点でも十分な戦力と言っていい。
そうして、俺達は――とうとう迷宮の奥へと辿り着いた。そこで目にしたのは――
「あれが、竜精?」
「ああ、間違いない」
ソフィアの呟きに俺は応じる。
白い繭のようなもので包まれた、女性の姿をした金髪の天使――見た目で表現するなら、そういう感じだ。むしろ一目見て竜精だと断じる人間の方が少ないだろう。ちなみに名前については――ゲームでも『迷宮の竜精』としか表示されておらず、わからない。
彼女は目をつむっていたのだが、俺達が近づくとゆっくりと目を開けた。
「……来たか」
声を発する竜精。同時、白い繭が突如その姿をなくしていく。
それが消え去った時、青いローブ姿が俺にも見えた。
「ここを来訪する客はそう多くない。会話を聞くところによると、私の力を借りたいようだな」
……何らかの方法で、聞かれていたらしい。ただ、そのせいなのか突然戦いを仕掛ける様子はない。殺気もないし、もしかして戦わずに済むのか?
とりあえず、俺は提案を行う。
「そうだ、あんたの竜精としての力を借りたい」
「目的は、なんだ?」
「この大陸の秩序を破壊する存在の撃破だ」
「人間や竜人の営みについて興味はない」
バッサリ。殺気はないけど協力する気配もない。
「この迷宮にだって、最悪狙われるかもしれない」
「私としてはこの場所に愛着はない。来たら逃げればいいだけの話。面倒だからな」
「あんた自身は、狙われても問題ないと思っているのか?」
「その通りだ」
……説得するには、どうすればいいのか。やはり力で従わせるしかないのか。けれど現時点で敵意は薄い……上手く話をすれば無条件で仲間になるかもしれない。
どう話すか――頭を必死に回転させる間に、
「わしから提案があるのじゃが」
アナスタシアが発言した。




