少女の力と竜精
「――おや、お客さんかい」
村の入口に足を踏み入れた直後、ずいぶんとのんきな老人の声が聞こえてきた。
見れば、足腰がずいぶんと頑丈そうな、背筋の立った老人が一人。
「珍しいね。ここには何の用で?」
「……竜精が、この山に住んでいますよね?」
確認のために問い掛けると、老人はちょっと目を見開き驚いた様子を見せる。
「ほう、シャスタ様にお会いに来たのか」
シャスタ――アナスタシアから聞いた竜精の名だ。
「はい。ここからまだ時間は掛かりますか?」
「数時間も頂上に向かって歩けばたどり着けるよ。小屋があるんだが、シャスタ様はそこにいらっしゃる」
「わかりました。ありがとうございます」
と、ここで周囲を見回す。魔物に襲われないかと思ったのだが、村に近づいてからはまったく気配がない。
「村の周辺では魔物が出現しないのですか?」
ソフィアが問う。すると、老人は頷いた。
「ああ。この山は気候はともかくとして、魔物が滅多に出現しない場所だからね」
……え?
「出現、しない?」
聞き返すと、老人は俺達を観察し、
「もしかして、道中魔物と遭遇したのかい?」
「ええ。それも大量に」
「シャスタ様が色々とやったのかもしれないねえ」
――それって、シャスタという人物は魔物を使役できるということなのか?
加え、老人の言葉が本当だとしたら……。
「アナスタシア、やりやがったな」
「ルオン様、それはもしや」
「事前に試せ、とでも連絡していたんだろ」
俺達にも言わず、どこまで戦えるか確認したかったという感じだろうか。言いたいことはあるが……その結果、ユスカやカトラは結構成長できた。いいように考えるか。
「どういう事情であれ、シャスタという竜精が俺達のことを試しているんだろ」
「協力、してくれるでしょうか」
「侯爵が事前に何か伝えてあるなら、話くらいは聞いてくれると思うけど」
そう述べた後、俺は号令を掛けた。
「村で少し休憩した後、先に進もう。時間はまだある。今日中に辿り着きたいな」
村を出てしばらくすると、またも怒濤のように魔物が押し寄せる。はっきり言ってやり過ぎだ。
「ルオン様! 前からさらに魔物が!」
「ソフィア、頼む! カトラとロミルダはまず後方の敵を担当! ユスカ、大丈夫か!?」
「正直、連戦により魔力が……」
「ソフィアの援護に回れ! あと少しだからどうにか耐えろ!」
「わ、わかりました!」
指示を出した後、俺は近づいてきたハイオークを風の刃で切り刻む。さらに後続にいたゴーレムを『ホーリーランス』を放つことで倒す。
光の槍がゴーレムに大穴を開け、轟音を響かせた――直後、今度はロミルダの攻撃。後方から迫ろうとしていた魔物の群れに対し、容赦なく光を浴びせた。
技名などない、ただ魔力の塊……それを、雨のように降り注ぐ。
「……すごい」
近くにいたカトラの声を確かに聞いた。俺も内心驚くような攻撃。威力も上々で、攻撃を頭上から受けた魔物達は、一気に滅んでいく。
見れば、ロミルダは息も上がっていない……連戦続きの現在においても、攻撃による制圧力は高い。
後方にいた魔物は例外なく滅した。俺は「よし」と呟き、カトラに指示を出す。
「前線に戻り、ユスカと共にソフィアの援護を」
「はい」
駆け出す彼女。それを見送った後、俺も援護するべく魔法詠唱を開始する。ソフィアが前に出て剣を振るっており、数は多いが押し留めている。彼女の力量があるからこそできる所行であり、さすがの一言。
そんな中、ロミルダがまたも攻撃を仕掛ける。容赦の無い光の雨は、前方の魔物を大きく減らした。
そこへ畳み掛けるようにソフィアが斬る。ユスカやカトラも続き、ようやく長い戦いが終了した。
「……さて」
俺はユスカに体力回復の薬を渡し、先の道を確認。
なだらかな坂になっているのだが、その頂上に小屋が見えた。何の変哲も無いただの木造の小屋。あれが終着点で間違いない。
魔物の気配もなくなった。さすがに家周辺で戦わせるのはまずいと判断したのだろう。
「さすがにけんか腰ってことはないと思うけど、念のため警戒するか」
歩きながら俺は言う。それに対し、返答したのはソフィア。
「仮に攻撃などがなかったとしても、すんなり話が進むでしょうか?」
「そこだよな。アナスタシアから話は通っているみたいだけど……あの人が一から十まで説明したとは思えないし、場合によっては何か吹き込まれている可能性も……」
小屋を見上げる。シェルジア大陸の精霊とは異なり、人間のように暮らしているのがわかる。
さて、相手がどう出るのかな……と、思っている間に変化が起きる。
突如、小屋の扉が盛大に開いた。
「はっはっはっ、来たようだな!」
高笑いを上げながら登場したのは……見た目、女性。白いローブ姿で仁王立ちする姿は、一瞬あっけにとられた。
黒く長い髪が風によりたなびく。肌の色は白いが、その容姿がどこか日本人っぽくもあり、先ほどの登場もあってずいぶんと奇妙に思える。
そして、遠目からでもわかるのが長身であること。もしアナスタシアと並んだら、まさに親と子だ。
「……あの方みたいですね」
ソフィアが言う。彼女の態度に面食らっている様子。
「とりあえず、進みましょうか」
「そうだな」
少なくとも話は聞いてくれそうな感じ。先に進み小屋に近づくと、彼女――シャスタが口を開いた。
「村に立ち寄って状況は理解しているんだろ? そう、私が魔物をけしかけていた。いい修行になったんじゃないか?」
……なんだろう、口調は言ってみれば舞台で演技をする女優だろうか。これが素なのかそれとも対外的なものなのかはわからないが。
そして彼女は俺達が例外なく沈黙していることでどういう反応なのかわかっていないのだろうか……あれか、あの侯爵の友人なのだから普通の人とは少しズレている――という予測をしなかったことが問題だったのか。
「……過程はともかく、修行になったのは事実ですから何も言いません」
俺はそう言うと、息をついてさらに続ける。
「改めまして、まず自己紹介といきましょうか」
「敬語の必要はない。アナスタシアの紹介だ。来るのを楽しみにしていた」
「……どの程度事情を?」
「私に会いたいという変わり者がいると。概要程度は聞いているが、まずは詳しく聞きたい」
「わかりました……ではなくわかった。まずは事情説明からだな」
「うむ、忌憚なく話してくれ」
そう告げたシャスタは笑みを見せる――見た目は妙齢の女性だというのに、ずいぶんと屈託のない、子供のような笑みだった。
これはこれで逆にやりにくいなと思いながら、小屋へと入る。ワンルームの極めてシンプルな室内。テーブルと椅子に加え、部屋の端にはベッドが一つ。キッチンもあるにはあるが、ほとんど使われている様子がない。
「茶でも用意しよう」
「……あんたは人間と同じように生活しているのか?」
「竜精である以上、精霊などと同じように食事をする必要はない。しかしあえてすることもできる。この場所ではロクなものも手に入らないが……言ってみれば、食事は私にとって娯楽といったところだ」
そう言うと、彼女は俺達を一瞥する。
「適当に着席してもらえばいい。あ、でも椅子は足りないな。ベッドにでも腰掛けてくれればいいさ」
彼女は準備を始める。俺は仲間達に目配せした後、動き出した。




