侯爵と王女
基本、この場にいる女性は普段武器を握りしめ戦う戦士達。よって、ドレス姿は慣れないのか誰もが四苦八苦している様子。
それを証明するかのように――『天の剣』の男性陣は組織の女性を見た直後歓声を上げたが、動きがたどたどしいのを見て苦笑し始めた。
また、ロミルダやカトラについても変わらない――ロミルダは白、カトラは赤をメインの色にしたドレスを着ている。貴族が主催するパーティーだと、ドレスは豪華でスカートも床に接地するくらいで、すごく重そうなのだが、今回は違う。
たぶん配慮はしてくれたのだろう。とりあえず重くはなさそうで、装飾についても比較的シンプル。今回の宴に合わせた軽めのものといった感じ。とはいえ、全員ヒールを履いており、慣れていないためか足取りがやや心許ない。
そうした中、唯一平然と動いている人物が一人……ソフィアだ。
スカイブルーのドレスに身を固めた彼女は、足取りもしっかりしているし他の面々とは雰囲気も違っていた。髪は綺麗に結い上げられ、普段とは異なる魅力を放っている。
きっと、彼女がお城で着ていたドレスとは種類が異なるだろう。とはいえ王女としての雰囲気を認識させるには、十分すぎる姿だった。
「……お待たせしました」
ソフィアが言う。俺は「ああ」と返答したが……それ以上の言葉が咄嗟に浮かばなかった。
「さすが、王女様は違うな」
一方のリチャルは軽口を叩く。するとソフィアは苦笑した。
「単に慣れているというだけですよ……ルオン様、どうでしょうか?」
「ん、ああ、似合っているよ」
気の利いた言葉も上手く言えなかったのだが、ソフィアは嬉しそうに笑顔を見せ「ありがとうございます」と返答した。
彼女と接し慣れたはずなんだけど、ちょっと鼓動が速くなった。王女である以上、こういう姿の方がむしろ普通なのかもしれないけど……俺にとっては新鮮だった。
「カトラ、ずいぶん悪戦苦闘しているんだな」
横ではユスカとカトラが会話を始める。
「大丈夫か? コケるなよ」
「わかってる……ドレス着れたのはちょっと嬉しいけど、ヒールなんて慣れない物は二度と履かない」
宣言にユスカは笑う――その一方で、ロミルダは無言に徹し、俺やソフィアに視線を移す。
「何か気になることがある?」
尋ねると、ロミルダは首を左右に振った。俺達の格好が気になったという感じなのかな?
「――さて、それでは集まったようなので、話をさせてもらおうか」
エクゾンが言う。前に目を向けると、笑みを見せる彼の姿。ついでにその近くにアナスタシアが立っている。
「今回、アナスタシアが協力することとなり、それを祝して宴を開くことになった。どういう経緯であれ、こういう舞台を用意するきっかけとなったアナスタシアには感謝しよう。ただし、飲み過ぎるなよ」
釘を刺し、アナスタシアは笑う――堅苦しくないということを言いたかったのかもしれない。
「さて、親睦会という形で集まってもらったわけだが……この場において戦いの話はあまりしないように。今回は親睦会の名の通り、友好関係を深めることを中心にしたい。話し合いは、明日でもできるからな」
そう述べると同時、侍女がグラスを持ってくる。
「それでは始めるとしよう――皇帝を打倒するために、我らの結束を強くしようではないか」
言葉と共に――小さいながら宴が始まった。
アナスタシアがエクゾンを無視するように酒を飲み始めたところからスタートし、宴はなかなか盛り上がりを見せる。というか組織のメンバーは酒が入ったことにより騒ぎ始めた。もっとも、侯爵達もそれに参加するような感じなので、結果的にはよかったのだろう。
それに対し、俺達のテーブルは適度に会話をしながら和やかな感じとなった。温度差が激しいのだが、個人的にはこのくらいの雰囲気の方がいいので、よかった――
「このテーブルはずいぶんおとなしいのう」
いや、駄目だった。アナスタシアに絡まれた。
「ほれほれ、酒の進みが遅いではないか」
「……こっちはこっちで楽しんでいるから」
「確かに、騒ぐだけが宴ではありませんよね」
助け船とばかりにソフィアが言う。だが、酒の入ったアナスタシアにとっては格好の的だ。
「飲んでいるのか?」
「お酒はあまり……」
「つまらんのう。こういう時に騒がんでどうする」
……絡み酒だなあ。周囲を見れば、誰もが苦笑している。
「おお、そうじゃ。気になっていたことがある。この機会に訊いておくか」
「私に、ですか?」
「ソフィア、酒飲んで絡んでいるんだから、真面目に応じなくていいぞ」
なんだか嫌な予感がしたので、そう言及。するとアナスタシアが不服そうな表情を見せた。
「失礼じゃのう、ルオン殿は。言っておくが、極めて重要な話じゃ」
「酒飲んでいる相手の言葉なんか信用できないって」
「内容を聞いて判断してもらいたい」
彼女はソフィアに首を向け、そして、
「ルオン殿とはどういう関係なのじゃ?」
ほらみろ。結局そういう話じゃないか。
「……従者です」
「むう、欲しい答えではないのう」
「ソフィア、真面目に答えなくていいからな」
俺は深いため息の後そう言って、アナスタシアに呼び掛ける。
「あのさ……」
「別にいいではないか。減るものではないし。それに、色々と気になったのじゃ」
――ここで、眼光が鋭くなる。ただ口の端に笑みがこぼれているので、冗談めかしく話しているのがわかる。
「信頼関係があるのは事実のようじゃが、それ以上の感情はあるのか」
「……新たにワインが来たぞ。行かなくていいのか?」
話をそらすべく言及すると、アナスタシアは「しまった」と一つ呟き、この場を去った。
「楽しんでいるのはわかるな」
リチャルがコメント。俺は深く頷き、台風が過ぎ去ったことに安堵する。食事を再開しようと思った時、アベルがこちらに近づいてきた。
「こっちは落ち着いているな。少し休憩させてくれ」
「ああいう場所は苦手みたいだな」
俺が言うと、アベルは素直に頷いた。
「しかしまあ、こういう舞台を用意してもらってよかった。帝国軍にやられ、組織が小さくなりストレスもあったからな。リフレッシュできたんじゃないかと思う」
俺はなおも騒ぐ組織の人々を見る。表情は明るい。
「ルオンさん、宴の場で申し訳ないが、確認させてくれ。明日以降の話だ」
「……こっちとしては、動き出す前にもう一度侯爵と話し合うつもりでいるよ」
「そうか。具体的に候補はあるのか?」
「まだ迷っているよ。時間がないし、悩みどころだ」
「そうか……俺はおそらく侯爵達と共に動くことになるだろう。組織の人間も同様だ。ただ」
と、アベルはカトラを見る。
「君は、ルオンさんと共に行動してくれ」
「は、はい」
頷くカトラ。ここでアベルは小声で問う。
「事情は?」
「まだ話していない。特に皇帝候補については、プレッシャーになるかと思って」
それに、ロミルダのことなんかもあって話すタイミングもなかった。この事実に対し、アベルは小さく頷いた。
「こちらは五人の騎士について事情を聞いた……騎士であるユスカ君と共に鍛えるということだな?」
「そういうことになる」
「こちらもそれについてはできる限り協力する……候補となりそうな人物を見つけたら、連絡しよう」
俺は「頼む」と返事をすると、アベルは小さく礼をした後、組織の面々の所に戻っていった。
立場がある以上、彼も大変そうだ……と思っていると、今度はソフィアが近寄ってきた。
「ルオン様……少しお話があるのですが」
改まって、か……昼間のロミルダのこともあるから、自分自身のことが気になったのだろう。
「わかった。どこで話す?」
「庭園に行きましょうか」
俺は頷き、ソフィアと共に外に出た。




