兄と姉
「宴まで時間があるじゃろうから、それまでに資料は一度目を通しておくといいじゃろう」
部屋を出て、廊下を歩きながら俺の隣にいるアナスタシアは話を進める……なんというか、ペースに飲まれているな。
「竜魔石については、わしが所有する物を組み合わせれば結構な物ができるはずじゃが……それでは足りないと思うか?」
「どこかで見切りをつけないといけない。ただ、時間がある今はできる限りのことをすべきだ」
「うむ、わしも同感じゃ」
ここで彼女は顔をこちらへ向けた。
「リチャル殿はいくつか助言をしておる。竜魔石を手に入れて強化するだけではなく、相手の竜魔石に罠を仕込むべきじゃと」
「罠……?」
「相手が取得するであろう竜魔石をすり替える。偽物には特殊な魔力を注入し、人造竜の行動に異常を与える、といった仕込みも必要ではないか……というわけじゃ」
「なるほど……けど、それはすり替えた時点でバレないのか?」
「それについても情報はあるぞ」
俺は手に持っている資料を確認しようとする。と、ここでアナスタシアの発言。
「リチャル殿は戦いの後、研究員に確認したようじゃ。竜魔石を騎士が持ち帰り、その魔力量を確認した後は、即座に人造竜に投入していたと」
そう述べた彼女に、俺は一言告げた。
「油断だな」
「うむ、油断じゃ」
「自分だけが時を繰り返しているという、油断ですか」
ソフィアが言う。俺は頷き返し、
「どれだけ繰り返したかわからないが、間違いなく彼は同じことをすれば同じになると考えているだろ。それは俺達を倒すために辿るべき手段と捉えているわけだが、こちらに事情を知る人間がいれば状況が違ってくる」
ネフメイザは前回時を巻き戻した時と同じような流れをとろうとしている。それはつまり、あと一歩で戦いが勝利に終わると確信しているからだろう。
これは一見すると成功の道を辿っているようにも感じられるが、一方で思考放棄とも考えることができる。
「ともかく、ネフメイザにこちらの状況を知られてはならないわけだ」
「ルオン様、もし露見してしまった場合には――」
「こちらが相手の想定を上回る力を手にできれば、策を潰すことは可能かもしれない。だが、ネフメイザを取り逃がしてしまう可能性がある」
「というより、何かしら絶対的な手段があるんだろうな」
リチャルが言う。顔を向けると、彼は話し始めた。
「戦いに負けたにしろ、ここまで時を巻き戻していることから、ルオンさんから確実に逃れる術を持っていると考えるべきだろう」
「その通りだな。それについて書いては――」
「いなかった。可能性としては二つじゃな」
アナスタシアが言う。
「一つは、手段もわからんまま逃げられた」
「もう一つは、現状の俺達ではどうしようもない手段……ただ、何が起こるかリチャルはあえて伏せたとしても、ネフメイザのことについてはさすがに書くだろう。となれば、まだどういう手法で逃げるのかわからないと考えるのが筋か」
そこまで言うと、俺は頭の中をまとめるべく話す。
「俺達がやることは三つか。ネフメイザの策を破るだけの力を得ること。そしてネフメイザの逃亡阻止と、露見しないようシナリオ通りにことを進めること」
「ま、そのあたりじゃな」
アナスタシアが返答した直後、庭園に到着。事前に話がいっていたのか、ロミルダが待っていた。
「久しぶりじゃな。元気にしていたか?」
問い掛けにロミルダは小さく「はい」と答える。
「ふむ、最初に会った時と比べてずいぶんと硬いのう」
硬い? 疑問に思っているとロミルダがこちらに視線を送っていることに気付いた。
「何かあったのか?」
「いや、単におぬしらに対し接し方がわからんだけじゃろう」
ん、どういうことだ? 疑問に思っていると、アナスタシアはロミルダに近寄り、背後に回った。
「ほれほれ、話をすればよかろう」
「あ、あの、ちょっとやめてください……」
嬉々として背中を押すアナスタシアに対し、困惑するロミルダ。一方俺達は状況が上手く飲み込めず困惑するばかり。
「ルオン殿、わかりやすく言うとロミルダは前回の時おぬしらと結構親しくやっていたのじゃが、今回はそうもいかないのでどうすればいいかわからんということじゃ」
……アナスタシアの説明に、なるほどと思った。ならば――
「俺達は別に気にしないから、以前のように接してくれ」
こちらの言葉にロミルダの動きが止まる。アナスタシアもそれに合わせ背中を押すのをやめると、
「ルオン殿、ロミルダはおぬしのことを兄と呼んでいたそうじゃが」
あ、ロミルダの顔が強ばった。アナスタシアも遠慮なく言うのはどうかと思う。
「俺は気にしないけど……」
「そしてソフィア王女のことを姉と呼んで慕っていたそうじゃが」
「……別に構いませんが」
ソフィアが言う。だが当のロミルダは俯いてしまった。
「ちなみにリチャル殿はリチャルのままじゃ」
「その補足説明、必要か?」
苦笑しながら語ったリチャルは、俺やソフィアに告げた。
「つまり、以前のように接するわけにもいかず、一歩引いた態度を見せていたというわけだろう。彼女のしたいようにさせればいいんじゃないか?」
「そういうことだな。えっと、ロミルダ。俺達は気にしないから」
その言葉に、ロミルダは上目遣いでおれとソフィアを交互に見る。
小動物的な可愛さがあるな、と思っていると、ロミルダは自分の意思で一歩俺達に近づいた。
どうするのかな……見守っていると、突如彼女の顔がくしゃくしゃになった。え、もしかして泣くの?
そして次の瞬間――大声を上げて、ソフィアに抱きついた。
「え? ……え?」
戸惑う他ないソフィア。けれど泣き続けるロミルダを見て、彼女はそっと抱きしめた。
「……どういうことだ?」
「色々と理由があるのじゃろう」
リチャルの疑問に対し、アナスタシアが応じる。
次いで俺と視線を合わせた。どういう状況なのか理解しているのか? と目線で問い掛けている。
こちらは頷いた。おそらく……というより、確定だと思う。
前回の戦いで、ソフィアに何かが生じた。彼女を慕っていたロミルダは、その結果を知っているからこういうことになった。
だからこそ資料の中でリチャルは何も語らず、俺が予定外の行動をすることを防ぐため、詳細を資料に書かなかったということか。この辺りは書くか迷ったかもしれないが……戦いの結果を知る故、あえて記さなかったか。
「課題が増えたな」
声を漏らす。それにアナスタシアも頷いた。
これは由々しき事態かもしれない。魔王との戦いでソフィアの死は決定していた。それと同じような状況が、いずれこの戦いでも起こる。
対策はリチャルの資料に記されているとはいえ、不安が残るのも事実。ならば、俺がやることは――
「不安に思うのは仕方がないこと」
アナスタシアが俺に告げる。
「じゃが、ルオン殿の知識を利用すれば、打開する策はあろう」
「そうだな……」
「なおかつ、ネフメイザにとっても予想外の事実がある」
そう言うと、アナスタシアはロミルダに視線を移す。
「彼女についてじゃ。前回の戦いで、彼女は大きな力を手に入れた」
「それは、もしや――」
「その通り」
アナスタシアは笑みを浮かべ、言った。
「本来ならばありえない……皇帝の竜魔石の力を取り込んでおる。これもまた、今回の戦いを勝利で終わらせる、一つの鍵となることは間違いなかろう」




