情報提供者
「おぬしらが、エクゾンの語った協力者じゃな?」
部屋に入った直後、女性の声が聞こえてきた。
――全身をエメラルドグリーンのローブに身を包んだ女性。ただ、その身長は低く、普通の格好をしていたら間違いなく子供に見える。
「彼女について、説明は必要か?」
エクゾンからの質問。俺はそれに首を振り、
「いや、大丈夫……四竜侯爵の一人、アナスタシア=ゼレンフィだな?」
「知っておるのなら話は早い」
口調は完全にお年寄りのそれ。見た目金髪の子供貴族なので、そのアンバランスぶりは相当なもの。
この侯爵は制作者の趣味で作成したキャラなのでは、とゲームをやっていた時思ったことがある。実際目の当たりにすると……ゲームの時と比べ雰囲気はなかなかのもので、侯爵を務める資格を有していることは理解できる。
こちらが視線を送っていると、アナスタシアは話し始めた。
「シュオンは最初から敵意を持ってここに来たようじゃが、わしは違う」
「交渉したいと言ってきたのだよ」
エクゾンが言う。交渉?
「わしが所持している情報を渡そう。その代わり、この戦いが終わったら色々と便宜を図ってもらいたい」
「……便宜、ねえ。それは俺達が何かをすればいいのか?」
「左様」
ニヤリとアナスタシアが笑う。見た目とは裏腹に迫力がある。
「わしは皇帝が誰になるとか、その後の政治がどうなるかとか興味がない。興味はただ一点。望む物を手に入れられるかどうか」
――やはり、そこか。
「こちらとしては現在、竜魔石などを欲している」
エクゾンが語り出す。
「つまり、そちらが武器や竜魔石を要求したとしても、応じることはできんぞ」
「そんなことはわかっておる」
アナスタシアは当然とばかりに応じた。
「必要ならば竜魔石等を融通してもいい」
「何……?」
疑わしげにエクゾンが呟く。
「お前が、融通するだと?」
「なんじゃ、その顔は」
「そんなことを言い出すとは、明日は槍でも降るのか?」
「手厳しいのぅ」
不満げに言葉を漏らすアナスタシア。しかしエクゾンは表情を一向に改めない。
「友好関係など皆無に加え、さらにお前にとって自分の命と等価だと言っていい竜魔石を融通するなど……罠があると考えるのは至極当然ではないか?」
エクゾンはどうやら心の底から警戒しているようで、とりつく島もないといった感じだ。
「ふむ……」
ここでアナスタシアは困った表情を見せた。予定外だったと言わんばかり。
「顔合わせは最悪、というわけか」
何やらブツブツ言い始めた彼女は、仕切り直しとばかりに一度大きく息を吐いた。
「まあよい。そういうことならば、わしもさっさと本題に入るというもの」
「交渉か?」
「うむ。話を聞けばこの場にいる誰もが食いつくぞ」
どれほどの情報を持っているのか……ここに至り俺も興味が湧いた。
対するエクゾンはまだ冷ややかな目で問い掛ける。
「情報の内容によるな。どういう話を持ってきた?」
「わしが話すのは……そうじゃなあ、まずはそこにいる三人に伝えなければならんな」
俺達に? アナスタシアは座るよう促してくる。それに従い着席し、ひとまず自己紹介。
すると、彼女は資料を差し出した。
「そこの青年」
そう言って彼女はリチャルへ資料を渡す。
「コレを確認してくれ」
何を言っている……? 疑問に思いながら事の推移を見守っていると、リチャルは資料を一瞥した後声を上げた。
「……これは」
「面白いじゃろう?」
確信を伴った笑み。いったい何が書かれていると思いながらリチャルに視線を送る。
「……あんたの言いたいことはわかった。だが、これをどこで?」
「それについては今から説明せねばならぬな」
返答した時点で、リチャルは俺に資料をよこす。確認すると、そこには――
「これは……」
「興味深いはずじゃ。おぬしらが一番知りたい情報のはず」
そうアナスタシアが語るのは理解できた……資料には、今まで俺達が辿ってきた戦いの推移が記録されていた。
アナスタシアが記録していたのか……などと考える余地はない。問題はその続き。俺やソフィアが竜人と戦った以後のことも記してある。つまり――
「おぬしらにとって、この資料は予言の書というわけじゃな」
「となると、あんたは――」
「ああ待った。そうではない。そのあたりの事情については、おぬしの仲間が理解しておる」
俺はリチャルに首を向けた。どういうことだ?
やや間を置いた後、彼は口を開いた。
「……その資料、明らかに俺の字だ」
「何……?」
「侯爵が言いたいのは、俺が今後の戦いを記した資料……つまり、この戦いを経験した資料を所持している、ということだ」
「それはつまり――」
「急いで結論を出すな」
俺の言葉を遮るようにアナスタシアは言う。
「奇妙なことばかりじゃろうが、一つ一ついこう。まず、わしがこの資料を手にしたのは、とある情報提供者がいたからじゃ」
「情報提供者?」
「それは後で伝えよう。この資料を手にした経緯から話そうか。その人物は間違いなく、この戦いがどういう結末になるかを知っていた。そして、わしに頼ってきた」
「その理由は……」
「資料をしたためたのはリチャル殿じゃ。未来の彼は時を巻き戻した際、誰に接するといいのか……白羽の矢が立ったのがわしじゃった。与しやすいと考えたのじゃろう」
と、ここでアナスタシアはやや身を乗り出して続ける。
「わしがこうやってエクゾンの屋敷に赴くことは、戦いの予定として組み込まれておる。竜魔石をいくつか手にしているそっちに、融通してもらえないかと交渉するため、わしはここに来た」
俺はここで資料に目を落とす。
「……交渉は最初平行線。最終的にはこっちが譲歩し、戦いの後、野に眠る竜魔石探索に協力するのと引き替えに、こちらの陣営に立つことを要求しているな」
「結果として、交渉は成功した。わしに竜魔石を出すと約束させた以上、おぬしの交渉力はなかなかのものじゃな」
ゲームで彼女の性格を知っていたが故の成果かな……しかし竜魔石のために寝返るというのは、彼女らしいと言えばそうなのかもしれないが、国としてはたまったものではないな。
「今回も同じことを要求するのか?」
「いや、別のことにするつもりじゃ。これについてはいずれ語ろう」
アナスタシアはここで話を一度切った。
「さて……わしがこうして話をするまで、おぬしらはネフメイザ以外に時を巻き戻した存在がいるという事実に気付かなかったわけじゃが……これはリチャル殿の指示により、情報提供者が検証を行う必要があったためじゃ」
「検証?」
「情報提供者は特殊な事情を抱えておる。その状態で行動し問題がないか……そして、前回の戦いと異なる行動をして、問題がないか。おぬしらが知らない状態の方が、検証するのに都合がよいとリチャル殿は考えたのじゃろう」
アナスタシアは意味深な笑みを浮かべる。
「現在までに、以前の戦いと異なる点が二つある。一つはこうしてわしが資料に基づき話をしていること。そしてもう一つが――」
俺が持つ資料に視線を向けながら、アナスタシアは語る。
「おぬしらが入り込んだ天使の遺跡についてじゃ」
「何……?」
「前回の戦いにおいて、おぬしらは遺跡に踏み込むことはなかった。ではどうなったかというと、そのまま飛竜を使って町を去った……が、魔力を感じとんぼ返りした」
「そして天使に遭遇した」
「その通り。しかし魔力を蓄えた水晶球は天使に破壊され、さらに天使の遺跡に入り込む魔法も消失。結果としておぬしらは遺跡の所在を見いだせず、そのまま屋敷に帰ったというわけじゃな」
つまり、そうした行動をしてネフメイザに変化があるのか見たかった、というわけか。
「資料によると、ネフメイザに悟られず竜魔石を奪取できる場面の一つであったらしい。遺跡調査に赴いた騎士はどう足掻いても帰らぬ人になっておる。ネフメイザとしてはそれは予定の内であることから、戦いは前と同じように辿っている、と考える」
「天使の出現は、結局俺達で解決しネフメイザには情報が届かずというわけか」
「わしは帝都に独自の情報網を築いているが……ネフメイザが異変に気付いた様子はない。おそらく大丈夫じゃろう」
――この時点で、俺も理解し核心に触れる。
「……資料は、ネフメイザとは別に時を巻き戻った人間が提供したんだな?」
「うむ」
「その人物は――」
「わかっておるのじゃろう? 天使の遺跡について助言をした人物」
ソフィアもリチャルも気付いた様子。そしてアナスタシアは核心の言葉を告げる。
「少女……ロミルダが、情報提供者じゃよ」




