滅する一撃
次に『彼』が差し出したのは右手。その先には漆黒が宿る。
次の瞬間、明かりによる光を塗りつぶそうという勢いで闇が膨れあがり、間合いを詰める俺へと迫る。
それに対し、こちらは刀身に魔力を込めすくい上げるような一撃を放った。
剣先から生じたのは闇と相対する光。光属性上級魔導技の『ホーリースカーレット』。名の通り緋色の光が闇に抗うように花開き、相手へと突き進む。
次いで、俺は『彼』に対抗するように左手をかざす。刹那、俺の頭上に位置する空間が歪み始める。
「――光属性最上級魔法か」
闇の向こうで『彼』が呟く。言葉通り、俺が使用したのは『ラグナレク』。闇は『ホーリースカーレット』が相殺し、『ラグナレク』で一気にトドメを――そういう意図があった。
まず俺の目論見通りに闇を緋色の光が取り払う。続けざまに巨大な光剣が目の前の敵へ襲い掛かる――!
「さあて、どうするかな」
相手は悠長な声を上げた。光の隙間から覗かせた『彼』の顔は、避ける気などなさそうだった。
次の瞬間、剣が『彼』に突き刺さった。ゴアッ――という重い音が生じ、目の前の敵を大きく吹き飛ばし、周囲の闇を閃光が染め上げる。
加減はしていない。全身全霊というわけでもなく余力は残しているが、今の攻撃ならば現存する魔物の大半は形も残らず死滅するだろう。
しかし、
「すさまじい攻撃だ」
光が消え姿を確認したとき、相手はまだ形が残っていた。
「こんな攻撃を繰り出せる存在は……人類には数えるほどしかいないだろうね」
「評価してもらっている、と考えていいのか?」
茶化すような俺の言葉。すると『彼』は笑った。
「評価、してほしいのかい?」
「遠慮する」
「だろうね」
両腕を左右に広げる。指の先から魔力が溢れ、次の攻撃準備に入る。
ただ先ほどのような勢いはないように感じられた……間違いなく消耗している。
そして同時に思考する。俺の攻撃を受け平然としている『彼』は――
「僕のことをどう倒そうか、思案している感じかな」
穏やかな口調で相手は話し始める。
「君は……いずれ、僕にも牙をむくつもりなんだろう?」
「牙、ね」
肩をすくめる。ここで意を介さないガルクが声を上げた。
『牙だと? ルオン殿は目の前の敵を倒すことが目的だとでもいうのか?』
「そうするかどうかはわからないさ。ただ一つ言えるのは、対策くらいはしておいた方がいいだろうな、ということだ」
「対策、できるのかい?」
両腕の魔力が収束する。身体強化に振り分けたようだ。
「そうだな……あんたがどれほどの力を持っているかわからなかったため、どうすべきか迷っていたのは事実だ」
こちらもまた、呼応するように腕に魔力を集める。
「だがこうして姿を現したことは、何よりの情報となる」
「そうかもね」
「……お前はさっき、何もするつもりがないと言っていたな?」
確認するように問い掛ける。
「俺については遊び相手を失ったため攻撃、ということにしようか。けれどそれ以外は、人間が手出しをしなければ何もしないということか?」
「……わかっていると思うけれど、僕には魔族も、天使も干渉してきた」
俺に対し『彼』は明言する。
「そうした情報が存在している以上、人間が手を出すのは間違いないのさ。たとえ君がどんな策を講じようとも、ここだけは絶対だ。人というのは触るなといわれても触ってしまうような生き物だ。あふれ出る力を発見したら、調べないわけにはいかないだろう?」
『……お前は、天使がこの世界を支配していた時から存在しているのか?』
ガルクが問う。すると『彼』は微笑を浮かべた。
「その通りだよ。もっとも、天使ですら僕の正体をつかむことはできなかったけれど。だけど、君は何か知っているようだね」
俺に顔を向ける。こちらは沈黙。
「正直、僕が何者であるかなんて僕自身もわからないんだよ。興味もない。ただ有り余る力を用いて少しだけ遊びに興じるだけ。今までそんな感じだったし、これからもそうだろう」
「もし人間が深く干渉してきたらどうなる?」
質問に、『彼』は肩をすくめた。
「どうする……それは、人間次第じゃないかな」
「よくわかったよ」
剣を強く握りしめる。この一撃でかたをつける。
それは相手もわかっているのか、『彼』もまた両腕に魔力を加える。その力の有り様を見て……俺は、仕掛けた。
渾身の一撃――長剣技において最上級技というのは三種あるが、今から放つのはそのうちの一つ。単発技であり、威力においては全ての技を上回るもの。
名は『無明睡蓮』。全てを砕き滅ぼす最強の技。
そして『彼』は応じるように両腕を交差させ、防御の構えをとった。直後、俺の剣が当たる。衝撃は『彼』の腕を走り、地面へと流れる。
周囲の地面にヒビが入り、さらに亀裂となって伝播する。ガガガガッ――と、数え切れないほど地面にヒビが入り、一気に拡散する。
一瞬で衝撃が壁面に到達し、轟音が響いた。岩が砕かれ地面に墜落する音。地面が裂け、衝撃に耐えきれず破砕されていく。
その中で『彼』は――俺と剣をせめぎ合う。
「すさまじい力だ」
相手は断言する。
「なぜそれほどの力を得ることができたのか……いや、人間というのは想像を遙かに超えて力を発揮することがある。だから君のその力もまた、人間の範疇なのかもしれないな」
「言いたいことはそれだけか」
徐々に俺の剣が『彼』を押し込む。目の前のコイツがあとどれほどの力を有しているかわからないが――勝負が決まるのは近いと感覚的に理解する。
「ああ。そうだね。今の僕では君に勝てない」
「この洞窟内に顔を出せる範囲の力では、とでも言いたいのか」
「そうだね」
意味ありげな笑み。余裕と捉えてもいいような表情だが、俺に興味を示した、といった感じだろうか。
「また君とは会うかもしれないね」
「こっちは勘弁願いたいけどな」
「そう? でもまあ、楽しみにしているよ」
斬撃が、とうとう腕を突破する。次いで体を両断した渾身の一撃は、周囲に衝撃波を巻き起こし洞窟内を鳴動させる。
そうした中で、『彼』の存在がかき消えた。衝撃波が周囲を包み洞窟内を駆け抜け――岩や地面が砕かれる反響音を残し、勝負はついた。
目の前を見据える。まるで最初から存在していなかったかのように、『彼』は消え去った。
「……やれやれ、確定してしまったか」
嘆息しながら俺は呟く。
今まで不可思議な魔力については「どういう存在なのか」という推測を頭の中ではしていたが、それが今回会話をしたことにより決定的となった。
『ルオン殿、ヤツは一体――』
ガルクが問う。俺は答えようとして、あることに気付いた。
外を観察している使い魔からの報告。ソフィアは入り口で待機していたが……戦っている。
「竜人の罠か?」
『ルオン殿、どうした?』
「ソフィアが魔物と戦っている。話は後だ。今すぐ戻る」
先ほどの『彼』と戦っている時は、使い魔の報告を確認する余裕はなかったからな……逆に言えば、それだけ力を出していたということ。
目の前に現われていたのは予想外だったが、これもまた収穫の一つとして考えることにしよう。
俺は突き立てた剣――って、地面に転がっている。さっきの衝撃波で抜けたのか。刀身を見て無事なのを確認すると、すぐさま魔法を使用し光のある場所へ向かう。
『ルオン殿、先ほどの敵についてだが、説明はしてもらえるのか?』
ガルクが訊く。今まではぐらかしていたこともあるし、気になるのだろう。
それに対し、俺は頷いた。
「ああ。戦いが終わった後……そうだな、リチャルも交えて話をしよう」
『いいだろう』
ガルクが返事をした後、俺は元来た道へ入り、全速力で洞窟入り口へと向かった。




