聞き覚えのない名前
――翌日、武器はまだ完成していないので、エクゾンの屋敷に滞在。とはいえやることはある。
朝食後、廊下を歩きとある部屋をノックする。返事の声は女性。一声掛けた後入室すると、そこには椅子に座るカトラと、ベッドの上で上体を起こし額に手をやり何事か考えるユスカの姿があった。
また、ベッドの近くには見張りと思しき騎士が一人。事情を知っているとはいえ、エクゾンは警戒を怠らないか……歩きながら思った後、俺はユスカに近づき口を開いた。
「侯爵は魔法が掛けられていたため、それを解いたという話だが」
「……確かに、妙に頭がはっきりとします」
ユスカの返答。とりあえず暴れ出すような様子はない。
カトラに視線を向けると、彼女は俺に状況を伝える。
「ユスカは混乱しているみたいですけど」
「……気絶して意識が戻ったら見知らぬ屋敷にいたんだ。混乱は当然だろう」
「それ以上に、なんだか自分が今まで熱に浮かされているような感覚で」
ユスカが言う。ふむ、ネフメイザが用いた魔法はかなり強力だったのか?
「ユスカさん、現在の体調はどうだ?」
「悪くはないですよ」
「で、ここに無理矢理連れてきたわけだが、戻る気はあるか?」
問い掛けに、ユスカは沈黙を置いた後、答える。
「……どうすれば、いいんでしょうか」
「心の中は複雑ってところか」
「はい」
と、ここで彼は俺に首を向けた。
「なぜ、俺をここに?」
――カトラもまたそれを聞きたい様子。二人はまだ事情を知らない。不思議に思うのは当然だ。
俺は彼女からはあくまで名前しか聞いていない。なおかつ帝都で遭遇した段階でユスカは名乗ってもいない。なぜ連れ帰ったのか疑問だろう。
「……理由はある。俺は君のことを把握した上でここに連れてきた」
「会ったこと、ありましたか?」
「ないよ。その辺りの事情はアベルさんなら知っているけど、二人に今説明しようとしても理解できないだろう……納得できないと思うが、今は理由を話せない。ごめん」
カトラが皇帝候補だという事実も本人に伏せとくべきだな。プレッシャーを与えるにしても、時期的に早い。
「えっと、ユスカ君。俺がここに来たのは、今後どうするか確認したかったんだ」
「俺のことを、ですか」
「何かしら魔法の影響があったとはいえ、すぐに『天の剣』に入るなんて決心はつかないだろ? それに……『天の剣』側もすんなり了承とはいかないだろ。俺が君を連れてきた理由はあるけど、現在のところこの屋敷内における地位はカトラさんの幼馴染であり、帝国組織『漆黒の剣』構成員だ。もし戦うなんて言い出してもアベルさんはともかく他の組織メンバーは疑うだろうな」
「……俺が敵なのか、ってことですか」
「勝手に連れてきてこういう質問は申し訳ないと思っているけど」
釈然としない表情のユスカ。核心部分を話していないので俺が何をしたいのかわからない、というのが混乱に拍車をかけているようだ。
「正直、まだ頭の中が混乱していますし、まずは整理しないといけません……ただ、戦意はありません」
「わかった。今はその言葉で十分だ」
言葉を受け、次にカトラへ視線をやる。
「君はどうする?」
「……しばらくの間、ユスカと一緒に行動してもいいですか」
まあ彼を一人にしておくわけにもいかないし――と考えたところで、思案する。
どういう理由にせよ、ネフメイザは俺が来るとわかっていながら研究所内を見せた……ユスカのことが予定の内にあるのなら、見えない部分で彼に何か仕込んでいてもおかしくない。
どこまで彼を調べるべきか――厳しい表情を悟ったか、ユスカは苦笑に近い笑みを浮かべた。
「言いたいことはわかりますよ。ただ、俺自身もどうすればいいか……」
「そうだな……」
彼が直接的に危害を加える可能性はないにしても、例えば彼を通して情報を得るとか……ネフメイザは全てを知っているとはいえ、こちらの状況は把握したいだろうし。
疑い出すとキリがないな。異常はなかったが、もう少し様子を見るべきか。
ちなみに現在、エクゾンの提案で彼には魔法を使えないよう腕輪をはめている。魔力を発すると痛みが生じるという物で、特殊な魔法を使わないと外せないので屋敷で暴れ出す可能性は低い。屋敷内で行動させても問題はなさそうだが――
「この辺りは侯爵と相談することになるな。ただ、結論が出るまでは見張りは必要だと思う」
騎士に目を向ける。彼は無表情のまま小さく頷いた。
その後、部屋を出てからエクゾンと話し合い。結果、彼は一つ提案をした。
「彼についてだが、本当に洗脳魔法だけなのか確認する手法には心当たりがある。そこで調べよう」
「何か仕込まれている可能性は高いか?」
「屋敷内で調べた結果、異常なしだったが……相手がネフメイザであることを考えると、ルオン君が警戒するのも当然だ」
――と、エクゾンは俺を見据える。
「加えて言うなら、あの少女についても同じことが言える」
「ロミルダか……確かに」
むしろ、あっちが本命という可能性も……。
「石橋を叩いて渡るなら、先に調べておいた方がいいか」
「ならば、働いてもらおう」
エクゾンは言う――って、まさか。
「あんたの言う心当たりを俺が?」
「そういうことだ。武器作成まで時間はある。その間にできることはしておきたいだろう?」
まあそうだけど……俺は頭をかきつつ返答。
「その心当たりとは?」
「聞いたことはないか? 竜魔石の研究者であるフローリー氏だ」
首を傾げる。ゲームには出てこなかったな。
「その様子だと、物語では出てこなかったか」
「そうだな。竜魔石の研究者、というのは……」
「帝都の人間の方が優秀だと思うかもしれないが、野にだって賢人はいる。彼がその一人だ……竜魔石由来の力ならば、君や屋敷の検査をパスできるかもしれない。それを精査に調べることができるのが、フローリーという人物だ」
「どこにいるんだ?」
「シュオンの領地内にいる」
「リチャルの協力が必要だな」
「メンバーは自由にしてもらえればいい。ネフメイザが刺客を差し向けるにしても、最低でも数日かかる。それまでに君なら往復できるし、まずいことがあってもどうにかできるさ」
……ふむ、やることもないから俺としては構わない。
「わかった。場所について詳しい説明を頼むよ」
「無論だ。それで誰が行く?」
――俺はしばし思考。そして、
「……それじゃあ、ソフィアも加えて行くことにするか」
結果として、俺とリチャルにソフィア。そしてユスカとロミルダの五人に決定。リチャルは既にガルクをシェルジア大陸へ向かわせる魔物を完成させた後――昼過ぎには準備ができた。
「予想以上に早かったな」
「侯爵から竜魔石の融通もあったからな」
俺の言及にリチャルは答え、庭先にいる飛竜に目を向ける。
「魔力は減ったが、この人数を乗せるのは問題ない。さっさと用件を済ませようか」
「ああ。道中皇帝側の差し金があっても……侯爵クラスが出てくるとは思えない。対処はできるだろ」
なんとなくユスカとロミルダを見る。帝都から逃れる際に利用したわけだが、ユスカの方は意識がなかったため驚いている。竜人のいるこの大陸においても、疑似的に生み出された存在とはいえ竜に乗るということはないらしい。
ちなみにロミルダは二回目であるためか表情に変化はなし。最初の時もあまり反応がなかったな。その辺りはやっぱり理解が追いついていなかったのかもしれない。
「それじゃあ、出発だな」
俺が声を発すると、リチャルは全員に乗るよう手で促す。そうして俺達は乗り込み――目的地へ向け、竜は飛び立った。




