封じ手
俺とソフィアが接近したことによって生じた気配の変化……それはまるで待っていた、とでも言わんばかりのもの。ギリギリまでこちらを引き込み、ソフィアを倒そうという算段なのか――
「させるか!」
俺はソフィアをかばうように前に。同時、魔王が大剣を持たない左手をかざし、魔力を発した。
それを俺は真正面から受ける……攻撃魔法ではない。魔力が通過したような感覚だけが残り――
刹那、ソフィアが収束させていた魔力が、弾けた。
「なっ……!?」
驚愕の声。しかしそれが誰から発せられたものなのかわからないまま、俺はすぐさま叫んだ。
「一度退け!」
声と共に後退する仲間達。魔王はそれを追撃しようとしたが、俺は『デュランダル』を発動させ斬撃を放った。
俺と魔王の間で剣が激突。押し返すには至らなかったが、仲間達を後退させるだけの時間を稼ぐことはできた。
俺もまた引き下がり魔王から距離を置く。まずは状況を把握する。何をされたのか――
『……そういうことか』
ガルクが言う。見れば、異変は一目でわかった。
「これは……」
レーフィンが出現していた……いや、そればかりではない。ソフィアと契約をしていた精霊達が全員、表に出てきていた。
『その技は、精霊の力が無ければ収束できんのだろう?』
魔王が語る。
『というより、精霊の力があってこそ力を発揮すると言った方がいいか。賢者の力と精霊の力……二つが合わさり一つの技となる。どちらかが欠ければ力を発揮することは難しくなる』
悠然と語る魔王。仲間達の多くはどういう状況なのか理解できず、戸惑っている様子。
だが、俺は理解できた。そうか――
「……あの白い騎士は、ソフィアの力の解析に用いるために使ったのか?」
俺は魔王に問い掛ける。答えが来るとは思っていなかったが――
『そういうことだ』
「しかし、こんな回りくどい手段を用いるとは……」
『私が勝利するために、必要だったというだけの話だ』
そう語る魔王は、どこか皮肉気に俺へ続ける。
『そう難しい話ではない。神霊まで集結した以上、私を葬るだけの大きな力を得ることは予想できた。よって、その一撃を回避しなければ、勝利することは難しい……そういう結論に達したまでだ。実際、王女が切り札を抱えていた。私の予想は正解だったというわけだ』
――ゲームにおいて、魔王は精霊に対しどうこうするという能力は持ち合わせていなかった。だが、現実の魔王は対策を施した。それはおそらく、神霊達を始め脅威と呼べる存在が膨れ上がったためなのだろう。
『とはいえ、そちらも士気は下がっただろうが終わりではない』
魔王はさらに語る。
『この場にいる面々の多く……我が配下から力を奪い返した賢者の血筋は、まだ私を滅する力を有する……王女も魔法を受けたことにより力は減っただろうが、私を滅する力は持ち合わせている。しかし』
その言葉の直後、魔王の力が突如膨らんだ。それはまるで、自身の力を強化するように――
『……力を増幅させる手法まで持ち合わせていたか』
ガルクが語る。先ほど魔王の力は変わっていないと言った。だがそれも、こちらを誘うためにギリギリまで隠していたというわけか。
『手立ては二重三重に用意しておくものだ』
この魔力は一体どこから――ここで感じられた力は、神霊達と調べた天使の遺跡に存在していた、不可思議な魔力。神霊達の障壁により地底から魔力を吸い出すことは難しかったはずだが……いや、この場合は以前から魔力を蓄えていたということなのだろうか?
さすがに大陸崩壊の魔法を使った時と比べれば強化具合は低いが、それでも――
『私を一撃で葬るような手法は最早存在しない。この場にいる誰もが実力者なのは認めよう。しかし、その誰もが私を一回や二回の攻撃で仕留められるわけではない。また、私の攻撃を全て防ぎ切る者がいたとしても、手法に限界があるだろう。こちらはいくらでも方法がある』
「……多少のダメージと引き換えに、賢者の力所持者を一人一人潰していくというわけか」
俺の言葉に魔王は笑い声。正解のようだ。ゲームではプログラムに従って動いていた魔王だが、今は自らの判断で動くことができる。となれば、誰を優先して攻撃するか考えることができる。
「これは、一体――」
フィリが戸惑った様子で声を上げる。そこでようやく、ソフィアが声を出した。
「……精霊との、契約を」
「契約?」
「契約を、強制解除されました」
ギョッとなるフィリ――そう、魔王が仕掛けた策は、俺やソフィアを直接対象にしたわけではない。俺達の切り札である『スピリットワールド』を構築する上で必要な精霊達の役割を消失させるために、契約解除の魔法を行使した。
俺にとってもこれは予想外の攻撃だった。ゲーム上でそのような魔法が出現したわけでもない。俺や神霊という脅威が現れたからこそ、生み出された技法。
ソフィアに狙いを定めるという可能性はもちろん考慮していたし、警戒もしていた。だが、魔王は精霊を狙った――
『では、どうする?』
魔王は声を上げた直後、大剣を掲げた。これは――
「レスベイル!」
俺は声を発し、魔王と対峙するように精霊を生み出した。
刹那、魔王の剣が縦に振り下ろされる――技名は『ダークノヴァ』。剣が地面に触れた瞬間、黒い衝撃波が津波のように押し寄せる攻撃。
俺の思い描いた通り、黒い衝撃波が一気に向かってくる。仲間達は対応に動こうとしたが……その前にレスベイルが地面に剣を突き立てた。
直後、俺達を守るように薄青の障壁がドーム状に形成される。ガルクから仕込まれた防御系の能力……魔王との戦いにおいてはまず仲間達の安全にも注意する必要があったため習得させたのだが、それが功を奏した。
『ふむ、やはり対策はしているか』
黒と青が激突しようとした瞬間、魔王から声がした。直後、鉄同士が激突したかのような甲高い音が生じ、黒が障壁の外側で荒れ狂う。
それらは生物を模したようなものではなかったが、まるで大蛇が俺達に迫ろうとするような光景だった。
「そのまま障壁を維持してくれ」
俺はレスベイルに指示を出した後、後方にいるソフィアに顔を向ける。
「どうする?」
「……技は、精霊達と連携することが前提です」
硬い表情で彼女は語る。
「完全な状態で発動させるには、契約が必要であることは間違いなく……」
「解除している状態では難しいのか?」
シルヴィが問う。その答えは、レーフィンからやってきた。
「契約している状態とそうでないとでは、まったく異なります。そもそも外からでは人間の中に存在する魔力と連携することはできませんし……」
「契約していた以上、魔力を把握できているんだろう?」
「できていますが、それでも厳しい。契約とは、その辺りの障害を排除する意味合いがあるので……」
シルヴィもとうとう押し黙る。少なくとも、契約していた時と同じように力を行使するのは難しいということか。
「……とはいえ、契約の意味が完全に喪失したわけではありません」
ここでレーフィンは語る。
「ソフィア王女の中には私達の魔力が少なからず残っている。よって、契約していた時と同じように技や魔法を使用することは理論上可能です」
「……理論上?」
俺が聞き返すと、難しい顔でレーフィンは言う。
「はい、契約していた時と魔力の流れが異なるので、訓練が必要です」
当然、そんな時間はない……となれば、他に方法は――思案しようとした時、
『いや、まだ手はある』
その発言は、ガルクからだった。




