南部の戦況
移動の最中も逐一南部の戦場を観察する使い魔から情報をもらう。均衡を維持していた人間側だったが、やがてそれにも変化が訪れる。
魔物と人間の大きな違いは、やはり疲労だろうか。魔力強化を施し体力を維持しようともいずれ限界が来る。しかも神経をすり減らす戦場の中で能力を維持する必要があるとくれば、どれだけ訓練を重ねた騎士や兵士であろうとも延々と戦うことはできない。
一方の魔物は持ち得る魔力を利用しどこまでも攻撃を仕掛けてくる。おそらく指揮を行う魔族から攻撃命令だけを与えられているのだろう。魔力が尽きれば当然消滅するが、それを顧みず滅びるまで攻撃を仕掛ける様は、まさしく異様の一言だ。
人間と魔物にはそうした決定的な違いがある上、魔族は魔物達を戦場で生み出すことが可能……当然長期戦となれば魔王軍が有利となる。
とはいえ形成が不利となってもすぐに戦線が崩壊するような状況ではない。まだ後方に控える軍も存在するため、本陣に攻め込まれるなんて話にはならないだろう。
「――やはり、今までとは状況が違うな」
使い魔から受け取った情報をリチャルに伝えると、そんな言葉が返ってきた。
「拮抗するにしても、そう長い時間ではなかった……後方に戦力を控えていることから考えると、勝機だってありそうだ」
「そうか。ならよかった。俺が到着するまでに戦線が崩壊していると、フォローし切れない可能性もあるからな」
善戦しているのは間違いないようだ……ゲームでは難易度が高いにしろ負けることはそう多くなかった。俺もゲーム上で敗北したのは一度きり。けれど実際の戦争となればそういうわけにもいかないらしい。
「とはいえ、現状有利なのはやはり魔王軍だ」
リチャルが断定する。
「現在南部で戦っている連合軍の中に、戦局をひっくり返すような仕掛けはおそらく存在しないだろう。長期戦になれば疲れ知らずの魔物達の方が有利になるわけだが、短期決戦に持ち込めるほどの戦力が人間側にはない」
「そもそも兵力は魔物の方が上だしな……」
「そうだな。けどまあ、悲観的になる必要はないと思う」
リチャルが微笑を見せる。南部における絶望的な戦いを経験してきた彼にとってみれば、現在の戦況は十分勝機があると思っているのだろう。俺としても、彼の言葉には説得力があると感じた。
「……もし、俺達が介入しない状況で人間側が勝利するとしたら、どういう可能性を考える?」
俺はなんとなく質問をしてみる。リチャルは一考した後、見解を述べた。
「魔王軍にはなく、人間側にあるものを利用することだろうな」
「それは?」
「士気だ。魔王軍の強さは疲労がない以外にも、統率がブレず、また戦局が不利になろうとも士気がまったく下がらないという点にある。だがここに落とし穴がある」
「下がらない代わりに、上がることもないって話だな」
「正解だ」
リチャルは深く頷いた。
「人間側に勝機があるとすればここだと思う……もっとも、士気を上げるためにどうすればいいかについては、俺には判断できないけど」
……例えばカナン王が奮起して、とかそういう可能性が考えられるだろうか。リチャルの言う通り現状から魔族を押し返すようになるにはそうした手がなければ難しいのも事実。
「ま、ルオンさんがいたらそういう手法がなくとも問題ないと思うけど」
「……そうかもしれないな」
彼のコメントにそう返答した時、さらに戦場に変化が。カナンが率いる部隊が前線に出て。魔物を一気に迎撃し始めた。見る見るうちに魔物の数が減っていく。
「数を一気に減らし、魔族を狙いに行く形か」
魔物を生み出し、さらに指揮を行う魔族が滅べば、一気に戦局が傾く。とはいえそれは魔族も危惧しているらしく、カナンが辿り着く前にあっさりと後退を選択する。
同時、魔物達が退き始める。どうやら今日の戦いはこれで終わりを迎えるようだ。
「とはいえ状況は日ごとに悪くなる……か」
余力があるのは事実だが、一夜明ければ再編成された魔物達が襲い掛かってくる。今日までは騎士達も奮戦し対抗できていた。けれど明日どうなるかわからない。
「……一つ疑問なんだが」
ここでリチャルが話し始めた。
「ルオンさんが戦っていたことは、魔族側に伝わっているのか?」
「それは間違いないと思うぞ」
魔王も知っていたし。
「なら、こんな風に戦場へ向かっていることも、把握しているのか?」
「……俺の現在地を把握できるかどうかはわからないけど、まあ向かっているという前提で戦いを進めるとは思うけど――」
もしそうだとしたら、明日以降は強硬な策に出るかもしれない――リチャルはそう言いたいに違いなかった。
「……リチャルさん。距離的には夜も突っ走れば明日の昼くらいには着けるんじゃないか?」
「言うと思ってたよ。ルオンさんの方は大丈夫か?」
「問題ない。そっちは?」
「体力を維持する薬を所持している。二日三日は大丈夫だ」
なら――リチャルと俺はそれ以上言葉を発することなく、戦場へ急いだ。
夜の間もひたすら進んでいたが、一度休憩を行い、ソフィアと使い魔を利用して連絡を行う。魔王を追い返したということまで報告した後、ソフィアが口を開いた。
『……残るは、私達の戦場だけだと』
「ああ。明日の昼には到着できると思う。それまでは――」
『どのような状況となっても、対応できるようにはしておきますよ。それと、カナンには私から報告しておきます』
……どのような状況にも、か。俺に頼らない前提で戦うということだろう。新たな魔族の襲来など、俺が南部の戦場へ行けない可能性だってあるからな。
俺の存在は魔族側に知れ渡っている。明日以降どう出るか……。
「ソフィア、気をつけろよ」
『はい。ルオン様も』
連絡を終え、移動を再開。
やがて――朝を迎えた時、いよいよ魔王軍が動き出した。
使い魔を通して、魔物達の雄叫びが聞こえる。それは前日までとは異なり、まるで今日決着をつけるという強い意志を持っているかのようだった。
どうやら魔族は、今日中に倒すつもりらしい。しかし、まだ人間側にだって余力はある。数で押し潰すにしても、人間側を一気に叩くことは難しいのでは――
そういう考えに至った時、使い魔は敵軍の後方にさらなる魔物の姿を捉える。後詰め……!?
「いや、違うな。もしかして、一晩で生み出したのか……!?」
昨日までそうした魔物の群れは影も形もなかったことを踏まえれば、俺の考えは正しいだろう。しかし、そうなると――
「なるほど、ルオンさんのことを警戒して、今日決めにかかるつもりなのかもしれないな」
リチャルがそんな意見をもたらす。
「ルオンさんの動向を逐一把握しているかどうかはわからないが、移動魔法などを駆使して行動していることくらいは予測済みだろう。となれば、いつ到着するか計算して今日動き出した、ということじゃないか?」
……魔王の魔法を封じ込めた後、俺は即座に移動を開始した。その情報が南部の魔族に伝わっているとしたら、移動速度などを考慮し、作戦を立てている可能性は高い。
使い魔からの情報では魔物の数は相当で、人間側としても全力で応じる必要があるほど……人間側もその状況は理解したはずだ。となれば、相応の動きを行うだろう。
「今日が、決戦の日か……」
呟くと、リチャルが同調するように頷いた。
ならば、少しでも急がなければ――と思うが、やはり到着予定は昼頃。魔族側がどのような見立てをしているかわからないが、戦力的には午前で片付けようとする気配すら窺わせる。
人間側はどう動くか――と、ここで後方に残っていたソフィアが動き出した。さらに護衛としての役目を持つシルヴィやエイナ。加え、クウザの姿も。
さらにフィリを始めとした冒険者達の姿に、控えていた部隊。全軍をもって迎え撃つようだ。
「紛れもなく、総力戦だな」
ソフィア達もまた、勘付いているいるだろう……使い魔が魔物達が進軍する動きを捉える。それに呼応するかのように人間側の前線部隊が動き出す。
俺とリチャルが急ぐ中……ソフィア達の戦いが正念場を迎えようとしていた。




