彼女の心情
「ルオン様が無理をなさらないようにする、というのは理解できているのですが……」
ソフィアはやや歯切れの悪い言い方で切り出す。
「相手は軍である以上、危険な状況になるという可能性は十分考えられます。ルオン様の存在は、今後の戦いにおいても必要不可欠……絶対に、無茶だけはしないようお願いします」
「わかっている……ただまあ、大丈夫と言っても不安は拭えないか」
俺は頭をかきつつソフィアに言う。
「戦いまでに色々と策は講じるつもりだよ。ガルクから言われ、精霊を生み出すのもその一つだ」
「それは、わかっているのですが……」
「どうした?」
首を傾げつつ問うと、ソフィアは困った顔をした。
「その、私自身、何かできることはありますか?」
……俺はしばしソフィアと視線を合わせる。できることか。
「……とにかく南部侵攻の戦いへ向け、備えてくれ」
「それは、王女として士気を高める役目も含まれていますか?」
「まあ、そうだな……不本意か?」
「いえ、騎士達の士気を高めることは、私としても重要だと考えています。そういうことではなく、従者としてルオン様にできることはないかと思いまして」
「従者……」
「ルオン様のお役にたちたいのです」
……そう言ってくれるのは嬉しいけど。
俺はなおも目を合わせる。決して目を逸らそうとしない彼女に、どう言葉を紡ごうか思案する。
「……役に、か」
「はい。ルオン様には鍛えて頂いた恩もあります」
「けど、俺としては魔王と戦わせるためにという考えもあった。結局のところ、魔王との戦いに勝利するためソフィアを鍛えたという側面もあるわけだ。打算、と解釈することもできる」
「それでも、私自身を強くしてくれた事実は変わりません」
「……どうしてそこまで従者にこだわる?」
問い掛けに、ソフィアは初めて視線を外した。
「……その」
「俺はソフィアのことを邪険に扱うつもりはまったくないよ。けど、状況が変わった以上、俺達の関係性も変化せざるを得ないのは理解できるはずだ」
「……はい」
「そこまでこだわる理由は――」
言い掛けて、ソフィアは俯いてしまった。さすがにこっちも言葉を止める。
「……ごめん、話しにくいことだったかな」
「いえ、ルオン様がそうおっしゃるのも理解できますから」
「役に立とうと思っているのは単純に嬉しいよ」
「はい……そう言っていただけること、私も嬉しく思います」
視線を戻す。ここでソフィアは、意を決するような眼差しと共に口を開いた。
「……ルオン様」
「ああ」
「此度の大きな戦いを終えた後、魔王との決戦となりますが……その時、ルオン様はどうするのですか?」
「剣を作成し、その使用者と共に魔王に挑む。それだけだ。ソフィアがその役目を担う可能性があるわけだが……そうなったら、命に代えてもソフィアを守る」
宣言に、ソフィアは僅かに俯き、
「……ありがとうございます」
「礼を言われるようなことはしていないさ」
「そうかもしれませんが……ルオン様、御武運を」
「ああ」
返事と共にソフィアは部屋を出た。何か言い残した雰囲気だったけど――
『ルオン殿』
「ガルク? どうした?」
『ソフィア王女が何を言おうとしていたのか、おおよそ察しがついているのではないか?』
問われ、俺は沈黙する。
『従者という立場で話をしていたのは、ルオン殿と離れたくはないという考えからではないか? そのように語るのは、好意を抱いてのことだろう』
「……まあ、な」
俺だって気付いていないわけではない……けど――
『従者という立ち位置に固執するのは、彼女なりに複雑な事情があるのだろう。王女として城に戻れば、ルオン殿との接点もなくなると考えているわけだ。実際、現在ルオン殿はあちこち動き回り、ソフィア王女は反対にこの砦で王女としての役目を全うし、ルオン殿と離れてしまっている。関係性が失われるという考えを抱くには十分な状況だろう』
「……ソフィアはバールクス王国王女だ。存命している以上、いずれ女王になる立場にある」
『うむ』
「そうなれば、今の関係性を維持するのは無理だろ」
『決めつけるのは早計というもの』
「どうだろうな」
嘆息する。シルヴィが軍主導の状況に不満を抱いているように、ソフィアも内心色々と悩んでいるのは間違いないんだろう。
『……それに、もう一つ疑問に感じていることがあったのだろう。むしろそれを訊きたかったのかもしれん』
「何?」
さらに述べたガルクの言葉に、俺は眉をひそめる。
「疑問というのは?」
『……魔王との戦いが終わった後、ルオン殿はどうする気だ? ソフィア王女もその点について気になったのではないか?』
終わった後、か。
「それはその時考える……と、言いたいところだけど一応考えていることがある」
『ほう?』
「ただ、それは現時点で俺の推測でしかないんだ。頭に浮かんでいることはあるけど、その考えが正しいのかまったくわからない」
『抽象的すぎて、我には理解できんぞ』
「今は理解できなくていい。ともかく、魔王との戦いが終わったらそれをやろうかと」
『……それには、新たな敵がいるのか?』
「敵、か……いるかもしれないな」
『魔王よりも強いのか?』
「現在俺自身、魔王を倒せなくて苦労している。厄介度合いを考えると、よっぽど魔王の方が面倒だよ」
『そうか……』
ガルクもそれ以上尋ねなかった。とはいえ、俺の行動が内心気になっているのは間違いないだろう。
「ただまあ、ソフィアを始め仲間達が色々考えてしまうのは理解できるよ。強くなるために旅をする時よりも、状況が複雑になっているからな」
『ルオン殿としても、不満を持っていそうだな』
「まあな……ただ、南部侵攻が終わるまではこのままだな。無闇に事を起こして軍に影響を与えたくないから」
戦争が終わった後、改めて仲間達と話をしよう……そう頭の中で結論を出し、俺は会話を切った。
「それでガルク。俺はさっき言った通りアーティファクトが来るまで待機するからな」
『うむ、ルオン殿が戦いに赴くまでには手元に届ける』
「……ちなみにだが、誰が持ってくるんだ? あんまり精霊を動かすと、魔族側に動きがバレないか?」
『心配するな、そのようなことにはならない』
「わかった」
そう返事をしたのだが……俺に語るガルクの顔は、なんだか笑みを浮かべているような気がした。
アーティファクトが手元に来るまでは、俺も目立つ行動は控え、砦の中で待機することにした。
その中で色々と考える……ガルクに言われなくてもわかっていた。魔王との戦い……それが終わった後、仲間とどうあるべきなのか。
これは仲間の意見を聞かなければいけないけれど……色々と悩んでいる間に、とうとうアーティファクトが俺のところに――それは予想外の存在が持ってきた。
「ほら、きちんと届けたよ」
「って、おい。ガルク当人じゃないか!」
少年の姿をしたガルクは軽い口調でアーティファクトを差し出し、俺はツッコミを入れながらそれを受け取った。
「というか、何でわざわざ?」
「このやり方が一番妥当じゃないかい? ルオン=マディンの知り合いと言えば簡単に通してもらえたよ」
「警備、もうちょっと警戒しろよ……」
「まあまあ」
なんか魔法でも使ったのかな……そんな風に思っていると、ガルクはさらに言う。
「それじゃあ精霊作成を始めるとしようか」
勝手に話を進めるな……と言いたいところだったがやめた。この姿をしたガルクに対し口で勝負するのは、無理そうな気がしたので。
「で、指導はガルクがやってくれるのか?」
「もちろん」
「それは心強い……頼むよ」
「ああ」
返事に少年らしい笑みで応じたガルクは――俺に説明を始めた。




