第二十話(EX) 恋愛より友情を取る僕は、親友のためなら、たとえそれが好きな女の子だったとしても―― ⑩
「状況はわかったけど、その、いいの? 多分、私達が協力してたこと、全部バレちゃうよ?」
「……正直心が痛いけど、最優先事項はあくまでも二人が付き合うことだからね」
当初の予定では、南野さんの告白に僕が介入するつもりはなかった。
僕はあくまでも協力者であり、第三者なので、最後は南野さん自身のやり方で決めるべきと思っていたからだ。
しかし、深い自己嫌悪に陥っている今の信之助相手では、正直普通に告白をしただけでは失敗する可能性が高いと思われる。
もちろん成功する可能性がゼロというワケではないが、わざわざ不利な状況のまま挑むのは愚かな行為だ。
増してや、南野さんにとって信之助と付き合うことは数年越しの悲願である。
やれる限りのことはやったうえで、告白に臨むべきだろう。
「……協力をお願いした私が言うのもアレだと思うけど、どうしてそこまでしてくれるの?」
南野さんは同好の士であるからこそ、僕が信之助に嫌われるリスクのある行動を提案したことに驚いているようだ。
……いや、驚きというより疑惑に近い感情なのかもしれない。
実際、僕が裏方に徹するつもりだったのも、信之助から悪感情を向けられることを恐れたからだ。
優れた観察力を持つ南野さんが、それを見抜けないハズがない。
「根本的には、南野さんと変わらないよ。結果的に信之助が幸せになるのなら、多少のリスクは受け入れるつもりだったからね」
「…………確かに、私と緒方君は似た者同士だもんね」
そう、僕と南野さんは、共に信之助を好きな――同好の士だ。
僕らは、信之助のためであれば多少の苦労や努力は厭わないという点でも、同士と言える関係にある。
実際南野さんは、この計画の初手から「緒方君のことが好き」と信之助に誤解されるリスクを負っている。
信之助のことを意識させ、正常な感覚を取り戻させるための荒療治だったとはいえ、本当に好きな相手に別の人が好きと伝えるのはさぞ辛かったであろう。
自分で提案しておいて情けない話だけど、正直僕ならその辛さに耐えられなかったと思う。
それが何故、今になって自分がリスクを負う覚悟ができたのか?
それには、二つの理由がある。
一つは、単純に幸せを願う対象が二倍になったからだ。
僕は大好きな信之助に幸せになって欲しい。
――そして、大好きな南野さんにも幸せになって欲しい。
二人への想いが、臆病者の僕に一歩を踏み出すきっかけとなったのである。
……でも、それはあくまでもきっかけに過ぎない。
僕が信之助に嫌われるリスクを負う覚悟ができた最大の理由は――、罪悪感だ。
人は基本的に、実際に体験してみないと真の意味で他人に共感することはできない。
想像力がしっかりと養われている者であれば高い精度で共感することは可能なのだろうが、ある程度の素養や人生経験が不可欠となるため、大抵の人間は歳を取ってようやくその領域に達するものだ。
若者がSNSなどで愚かな行為をして炎上しやすいのも、想像力がまだ養えていないがゆえの結果なのだろう。
残念ながら僕も年齢相応に素養や人生経験が足りていないため、自分の罪深さを認識できていなかった。
……南野さんを好きになり、信之助と同じ立場になって、やっとそれに気付いたのである。
本当に、なんと愚かなことだろうか……
「うん、わかったよ。そういうことなら、私も覚悟を決めた。タイミングやプランについてはあとでメッセージで送るから、宜しくね」
「こちらこそ、宜しくお願いします。それと、いきなり呼び出してゴメンね」
「全然ダイジョブだよ~。でも、流石にもう戻るね」
計画の変更について話し合うタイミングは信之助が保健室にいる今しかなかったため、南野さんには無理を言って授業中に抜け出して生徒会室に来てもらっていた。
トイレにしては長い時間のため、もしかしたら南野さんには少し恥ずかしい思いをさせてしまったかもしれない。
……いや、男子なら「ウンコ?」などとからかわれるが、女子であれば流石にそんなことはないのかな?
まあどちらにしても、今は気にしている余裕はないだろう。
今の南野さんにとっては、放課後の告白以外のことは全て些事に過ぎないだろうから……
◇
――放課後、旧校舎にある旧生徒会室に拍手とともに踏み入る。
「……あっ! ゴ、ゴメンゴメン! つい感極まって拍手しちゃったよ」
少しわざとらしい演技だが、信之助は完全に固まっており頭が回っていないようだ。
……いや、ここまでくればもうバレても大きな問題ではないか。
「……恵、どうしてここに? 今日は生徒会だったハズだろ」
「うん。その生徒会活動で必要になったから資料を取りに来たんだけど、なんか人の気配がしたから……」
信之助には今日生徒会活動があることは伝えてあったし、他の生徒会メンバーにも根回し済みであるため、違和感を感じる余地はなかったハズだ。
計画というのはこういった細かな調整ミスから破綻するものなので、その辺は抜かりない。
「……一応確認だけど、どこから聞いてた?」
「えっと、南野さんが先輩に囲まれてたって話の辺り、かな?」
そしてタイミングも完璧だった。
既に告白をOKしてしまった信之助に取れる選択肢は、これでかなり限定されたことになる。
今さら練習でしたと誤魔化すのは無理があるだろうし、少なくともこの場で別れ話に発展することはないハズだ。
しかも信之助は、今僕に彼女がいると思い込んでいる。
厳密にはこれも嘘ではなく本当に用意してあるのだけど、利害の一致した期間限定の関係なのであと腐れなく別れられる予定だ。
つまり、一定期間は間違いなく僕の隣は埋まった状態であるため、信之助が何か画策したとしてもしばらくは現状維持しかないというワケだ。
……本当に、悪魔的と言ってもいい計画と、タイミングである。
僕も協力したとはいえ、この短時間でここまで計算したのだから、やはり南野さんの地頭は相当良いのだろう。
南野さんの学力は平均以下のようだが、成績などアテにならないということがよくわかる。
「あ、いや、そういえば用事を思い出してな、急いで帰らなきゃいけなくなった」
っ!? え!? ここに来てまさか逃げの一手!?
正直意外だったけど、流石に逃がすつもりはない。
「えぇ!? いくらなんでもそれはないでしょ!? せっかく両想いで結ばれたんだから、ここは絶対一緒に帰るべきだよ!」
「それは本当申し訳ないんだけど、ほら、南野さんも忙しいだろうし――」
「そんなことないよ? 私は、桧山君と一緒にいる時間が、一番大切だから……」
「南野さん!?」
南野さんのフォローも入り、信之助は逃げ出すきっかけを失った。
心底意外そうな顔をしているけど、残念ながら南野さんはこっち側なんだよ……
その後は南野さんに今後の予定を聞きつつ、直接ではなく間接的に信之助への好意が伝わるように会話を弾ませる。
人は直接人に言われたことには疑問を抱きやすいが、別の人との会話などから間接的に聞かされると印象が大分変るものだ。
少なくとも、南野さんの気持ちが本物であることを印象付けられると思う。
恐らく僕らが会話を弾ませている光景は、信之助からすれば違和感を覚えるものだったろう。
信之助も今は頭が回っていないようだが、冷静さを取り戻せば僕らが協力関係にあったことはすぐに理解できるハズだ。
しかし同時に、それが自分のために企てられたことにも気付くことだろう。
信之助ならそれを無碍にはできないだろうし、きっと真摯に南野さんと向き合ってくれると思う。
――だから僕の仕事は、ここまでだ。
次回! エピローグ!




