第十八話(EX) 恋愛より友情を取る僕は、親友のためなら、たとえそれが好きな女の子だったとしても―― ⑧
『どうしよう、桧山君、なんだか少し元気ないみたい』
南野さんからデート成功の報告を受けた翌日、朝早く登校し生徒会室で業務をしていると南野さんからそんなメッセージが届いた。
(信之助……)
信之助は体調や感情を悟らせないよう取り繕うのが得意だけど、誰にも気づかれないような完璧なレベルではない。
激痛を我慢できる人間はいるが、それを一切悟らせないというのは余程の訓練を受けなければ不可能だ。
近しい人間であれば違和感に気付くだろうし、そうじゃなくとも観察力のある人間であれば察することはできるだろう。
南野さんであれば両方の条件が揃っているので、ただの勘違いということはないハズだ。
それはつまり作戦の成功を意味するのだが、念のため自分の目でも確認することにする。
「おはよう、信之助。今日はなんか調子悪そうだね?」
「おはよう恵。……そう見えるか?」
生徒会に入るうえで身に着けた仮面は、信之助に対してもしっかりと機能している。
信之助は昔から僕に対して妄信的なところがあるので、こっちの真意や感情が見抜かれることはないだろう。
直接確認してわかったけど、確かに信之助はあまり元気がないように見える。
一見すると普段と変わらないため周囲は気付いていないようだが、先週までは今とは逆に幸せそうな雰囲気を発していたので、比較してみるとその変化がよく感じ取れた。
これに気付けたのだから、やはり南野さんは流石と言わざるを得ない。
……そして、正直複雑な心境ではあるけど、どうやら僕の立案した作戦は順調に進行しているようである。
先週の時点で、信之助が南野さんに対し好意を持っていることは再確認できた。
僕はある程度確信していたけど、南野さんは自信がないというので、彼女の自信を付ける意味でも調整を行ったのである。
ただ想定外だったのは、信之助の危機感の無さというか、好意の薄さだった。
信之助が南野さんに好意を抱いているのは明らかだったが、あまりにも緊張感が無かったのである。
最終的に自分の好きな人を僕に譲るカタチになるというのに、そんなに幸せそうにしていて大丈夫なの? とかなり不安になった。
しかし今の信之助を見る限り、ようやく危機感を覚えてくれたようだ。
恐らくだが、先週までの信之助であれば、何のためらいもなく南野さんを僕に譲ろうとしただろう。
でも、今の信之助であれば間違いなく拒否感や抵抗感が芽生えているハズだ。
まだこの程度では安心できないが、確実に状況は一歩進んだと言えるだろう。
しかし、本来であればこれが普通の反応なのである。
たとえ自分の親友に対してでも、好意を寄せている異性を譲ろうなんて気持ちには普通ならないし、なったとしてもかなりの苦痛が伴うハズだ。
僕はそれを今まさに実体験している最中なので、確信を持って言える。
じゃあ、何故信之助は平気そうにしていたのか?
その疑問に対する答えは、過去の信之助の様子を思い出せばすぐに解った。
恐らく信之助は、慣れてしまったというか、感覚が少しマヒしていたのだと思われる。
男子――、それも中学生や高校生くらいのガキは、多くの場合単純な精神構造をしている。
理由もなく自信過剰だったり、楽観的だったり、目立ちたがりだったり、etc……
例を挙げればキリがないが、ともかくあらゆる面で幼い部分が目立つ生き物だ。
特に異性に対してはその傾向が強く、よく目があうだとか、話が弾んだとか、趣味が合うだとか、ほんの些細な理由ですぐに好きになってしまうのである。
それは僕も例外ではなく、少しのあいだ過ごしただけの同好の士を簡単に好きになってしまった。
……そしてそれは、多分信之助も同じだったハズだ。
思い返してみれば、僕が今まで付き合ったことのある女子の中には、信之助の好みと完璧に合致している子が何人かいた。
その全てに対し信之助が好意を抱いていたとは思わないけど、記憶を掘り起こすと少なくとも5人以上はその可能性が高い女子の顔が思い浮かぶ。
つまり信之助は、僕が今初めて体験しているこの辛い気持ちを、これまで何度も経験してきたということである。
この、人生に一度経験するだけでも十分なレベルの辛さを、何度も、何度も……
人間の感情や感性というのは、徐々にすり減っていくものらしい。
大人になると落ち着いたり、感情が乏しくなるのは、人生経験により疲弊し、すり減った結果なのだそうだ。
もちろん個人差はあるだろうし、その理論が必ずしも正しいとは限らないが、それが事実だとすれば信之助が年齢不相応に大人びている理由として説明がつきやすい。
僕は、同い年とは思えないほど落ち着いており、実の両親よりも大人びて見える信之助のことを誰よりも尊敬している。
しかし、それが理由なのだとしたら……
罪悪感が強すぎて、今までのように純粋に尊敬することは、もうできないかもしれない。
こんな考えは間違っているかもしれないけど、今の僕の辛さなど、これまで信之助が経験してきた辛さに比べればチリのようなものに思える。
信之助が罪作りな男? だったら僕は、極悪非道の大罪人だ……
「緒方君おはよ~!」
「あ、うん、おはよう」
そんな重いことを考えていると、千葉さんが元気よく挨拶してくる。
普段であればもっと愛想よく挨拶を返せるのだが、余裕がなさ過ぎて無感情にしか返せなかった。
悪印象を与えてしまったかもしれないと少し焦ったけど……、どうやらそれは杞憂だったようだ。
「ひ、桧山君も、おはよ」
「……おはよう、千葉さん」
何故なら千葉さんの意識は、僕に対し全く向けられていなかったからだ。
(……これは、南野さんが焦るのも確かだな)
信之助は全く気付いていないようだが、千葉さんは誰がどう見ても完全に信之助に惚れている状態だ。
僕は意識的に女子を避けていたから気付かなかったけど、恐らくこんな状態の女子が他にも何人かいるのだろう。
南野さんが言うように、本当に時間は残されていないのかもしれない。
信之助には酷だと思うが、少し計画を早めることにしよう……




