91(梨衣菜) ひどくあっさりとした笛の音
21―21の同点で迎えた、相手セッター――なで肩殿のサーブ。
それは、つまり、セッター対角の生天目殿が前衛に上がってきたということ。
どきどきっス。メドレーリレーの順番を待っているときのような、期待と不安が混ざったどきどきっス。
「さーこーいっス!」
声が少し震えそうになる。でも、できるだけしっかり声を出しておく。じゃないと、いざというときに身体まで震えてくるから。
ネット際に立つ市川殿のサインを確認。FLにいる自分はレフトセミ。FRにいる藤島殿は――Aクイックっスか。
ぴっ、と笛の音。なで肩殿がふわりとボールを投げ、ばしっ、とその芯を叩く。
ボールはBRにいる霧咲殿のところへ。
「オーライ!」
先に声を上げたのは、藤島殿。オーバーハンドで取って、そのまま速攻に入るつもり。おおっ、なんだか藤島殿が燃えてるっス!
「市川さんっ!」
大きな手でボールを弾き、しっかり市川殿にカットを返して、藤島殿はトスを呼びながらセンターへ。相手のブロッカーも、当然、全員が藤島殿をマーク。今か今かと待ち受ける。
ブロックフォローの準備をしたほうがいいのかな、とセンターに意識を向けると、市川殿からアイコンタクト。
えっ、まさかここで自分っスか!?
いや、でも、よく考えたら、自分が「まさか!」って思うくらいだから、相手はもっと「まさか!?」なんだ。
油町殿みたいな空振りはしないまでも、まだレフトセミのタイミングを完璧に取れる自信はない――けど、せっかく市川殿が自分を選んでくれようとしているんだから、それに応えたい。
「うああああああっ!!」
「来るよ、信乃! 雫!」
怪獣のように咆哮する藤島殿と、両手を顔の横に掲げて万全の体勢で構える珠衣殿。両者の間に立つ市川殿は、ボールと藤島殿の踏み込みを見ながら、完全に速攻合わせのタイミングでジャンプ。
そして、ボールを自分へ。
「あああわおえっ!?」
「ちょ――」
これぞ肩透かし。珠衣殿たちはもちろん、藤島殿もたぶん困惑しているだろう。ただ、自分は今、このレフトセミをきっちり打ち切るのにいっぱいいっぱいで、トスが上がってからはそっちまで見ている余裕がない。
市川殿のトスは、緩やかな放物線を描いて、ゆっくりと飛んでくる。試合前の基礎練習でパスをしたときもそうだった。市川殿の繰り出すボールは、本当に羽が生えたみたいにふわふわなのだ。
――これなら、打てる!
タイミングはぴったりだった。ブロッカーの気配はない。ノーマーク。いけるっス!
ばんっ、
とジャストミート! よし、これは決ま
「おらああああああ!!」
らない!? びっくりするくらいあっさり拾われたっス! それマジっスか黄色殿!?
ボールはコート中央上空。ややレフト側に流れつつ、高々と舞い上がる。セッターのなで肩殿が落下点に走り込んでいる。
「北山さん!」
はっ、と我に返る。すれ違い様に藤島殿に肩に触れられた。そうだ。ぼけっとしてる暇はない。ブロックしなきゃ!
「北山さん、こっち……っ」
ライトの市川殿が控え目に呼ぶ。えっと……そっか、あの位置からだと珠衣殿はなくて、サイドのどちらかなんだ。で、ボールがレフトに流れていて、セッターのなで肩殿はバックライトから落下点に走っているから、そのまま正面方向のレフトに上げる、ってこと。
自分は習ったサイドステップで市川殿の隣に急ぐ。なで肩の人は、しかし、セットアップの途中でちらっと生天目殿に視線を送る。思わず足が止まってしまう。
「こっちは大丈夫だから!」
レフトから藤島殿の力強い声。それに押し出されて、自分は市川殿の傍に到着。市川殿は、ぽんっ、と自分の背中を叩いて、優しい声音で言う。
「いち、に、さんで跳ぶよ。いち……」
市川殿はセッターのなで肩殿とレフトの眼鏡殿を交互に見ながら、タイミングを取る。それに合わせて、自分も膝を曲げ、力を溜める。トスは、果たして、こっちに上がった。
「に――さんっ!」
息を合わせ、相手をしっかり見てジャンプ。眼鏡殿の強打は痛っ! 当たった!
「ワンタッチっス!!」
ボールの当たった右手を庇いながら、後ろを振り返る。が、ボールがどこにもない。なぜ? 消えた? どこに?
「霧咲さんっ」
すぐ横から市川殿の声。どういうこと――と市川殿を見ると、市川殿は自分の真上を見てオーバーハンドの構えを取っている。自分も顔を上げると……おお、あった! ボールは自分たちの真上に上がって、落ちてくるところだった。
「北山、下がって! 速攻行くよ!」
霧咲殿は自分と市川殿の間に割り込んで、自分をネット際から追いやる。そ、そっか。これはチャンスボール扱い。自分の速攻もアリなのか。藤島殿は、と見ると、既にレフトで開いて待っている。は、早く自分も!
「北山さん、慌てないで。大丈夫だから……」
そう言いながら、市川殿がボールに触れる。とーんっ、と高く舞い上がるボール。自分はそれを見上げながら助走距離を稼ぐ。確かに、ゆっくりしてはいられないが、焦ることもなかった。これなら余裕で速攻に入れる。
「ラ……ライトセミ」
小声でそう言いながら、市川殿はライト側へ開く。ボールは空中で折り返して落ちてくるところ。自分はAクイックの位置目掛けて踏み込む。練習を信じるなら、霧咲殿がボールに触れるか触れないかくらいのタイミングで跳べば、大体ちょうどいいはずだ。
たたっ、と速攻用のステップ。速さを意識して床を蹴り、跳ぶ。霧咲殿の手を視界の一角に収めつつ、手を伸ばして待つ。トスは――来た! 手を振り下ろす。
がつっ!
「ぬぎゃ!?」
手の平で叩くつもりが手首の骨に当たった! 痛いっス!
「ワンチです!」
しかも珠衣殿にワンタッチ取られたっス! ま、またあっちの攻撃……! ってことはブロック!
めまぐるしく入れ替わる攻守。急な切り返しの連続で息が苦しい。ボールはどこ? 探す――見つけた! もうレシーブされてる。レフトの眼鏡殿が拾ったんだ。それをセッターのなで肩殿がセンター付近のアタックライン上でジャンプトスして、
「北山さん! こっち!」
「は、はいっス……!」
今度は藤島殿から呼ばれた。生天目殿が来るんだ。急がないと――!
「いち、に、さん、で跳ぶからね!」
「了解っス!」
市川殿と同じことを言う藤島殿。自分はずっと相手のセンターだけを見て跳んでたから、こうやってサイドで誰かと合わせて跳ぶのはなんだか新鮮だ。
トスが上がる。ぽーん、と高めのライトセミ――生天目殿だ。何度見ても背が高い。でも、隣に藤島殿がいるからか、恐怖はあまり感じない。
「いち、に……さんっ!」
跳ぶ! ばがんっ――また痛い! 今度は指先! ってことは上を抜かれた!?
「ナイスワンチです……っ!」
振り返る。三園殿がコート中央の床でうずくまるように両腕を前に突き出していた。レシーブに成功したんだ。待って、じゃあボールはどこ?
「北山さん、速攻」
また呼ばれたほうに振り返る。市川殿がネット際でトスの構え。ボールはその上空。ちょ、ここからそっちへ!?
「北山さん……っ!」
市川殿はもう一度自分を呼ぶ。と、とにかく行くしかない! 自分は市川殿のほうへ踏み込む。ネットに対して直角にではなく、平行に踏み込む。何が何だかわからないけど、とにかく速攻のタイミングで、跳んで、腕を伸ばして、
ふわっ、
とトスが目の前に。えっ!? 嘘、これ打つっスか!?
自分は、なんと表現すればいいのか、無我夢中でボールの横を叩いた。ラジオ体操の横曲げの運動みたいな感じで、びたんっ、と。
「ぷぉおっ!?」
当然ながら、と言うべきか、自分の攻撃はノーマークで、その代わり(なのかどうかはわからないけれど)にアタックラインのとこまで詰めてきていた黄色殿を強襲する。しかもどうやら顔の近くに行ったらしい。黄色殿は顔を庇いつつ、ごっ、と右手の掌底でボールを弾き返した。
ん? 弾き返した? え? じゃあ今ボールはどこ?
「ちゃーんす!」
岩村殿の明るい声。ってことは、そっか、ボールはそのままこっちに返ってきてたのか。で、えっと、つまり……自分はまた速攻に入らなきゃっスね!?
ぽーん、とほどよい高さのチャンスボールを上げる岩村殿。自分は速やかに下がろうとする。が、途中で足がもつれて(ボールを追うのに上ばかり見ていたせいだ)バランスを崩してしまう。
「わっとと――」
踏ん張りがきかず、身体が後ろへ後ろへ流れる。それを止めてくれたのは霧咲殿だ。ぼふっ、と抱き合うように自分を押しとどめた。
「ご、ごめ」
「いいから! 今はあっち!」
霧咲殿は自分の背後――ネット側を見て言う。そうだ。自分が速攻に入れなかったんだから、打つのは藤島殿に決まってる。ってことは、えっと、ブロックフォロー!
「っ……!」
霧咲殿の助力を得て振り返ると、藤島殿は既に跳び上がっていた。フォローに間に合わない! と思ったら三園殿が自分の代わりにフォローに入っていた(さすがっス!)。自分は霧咲殿と一緒にその場で構え、大きく跳ね返るパターンに備える。
「だああぁああぁあぁあっ!!」
もの凄い気迫でフルスイングする藤島殿。どごんっ――と重厚な打音を響かせて、ボールは鉛玉のように生天目殿のお腹へと吸い込まれ、相手コートに、
――ぼむっ。
落……ち、た!
ぴっ。
気が遠くなるほど長いラリーの終わりを告げたのは、そんな、ひどくあっさりとした笛の音。
けれど、自分の耳には、笛の音なんか聞こえない。
「「わああああああ!!」」
コートの中に歓喜の声が満ちる。さっきまでへろへろになってたのが嘘みたいに声が出てくる。ぴょんぴょん跳び上がったりなんかもしちゃう。
スコア、22―21。
点を決めたのは藤島殿だけど、自分が決めたみたいに嬉しい。藤島殿はみんなに囲まれてハイタッチ(三園殿とは固い握手)を交わす。と、それが終わると、みんなは今度は自分の周りに集まった。
「あんたもナイスプレー。よく頑張ったわね」
そう言ったのは霧咲殿。顔の前に手を掲げている。これは、えっと、
「何してるの? 早くしなさいよ」
霧咲殿が急かすので、自分は思いのままに行動した。つまり、がばっと抱きついた。
「ひゃ、なっ!? 北山!?」
うわー! やっばいっス! ちょー楽しいっス!
「北山!! 聞いてるの!? ちょっと、北山ぁーっ!!」
あ、ちなみに、ほどなく藤島殿と三園殿に引っ剥がされて、無事理性を取り戻したっス。
いやー、テンション上がるとついやっちゃうっスよねー。




