85(ひかり) ここではないどこか
「ひかりん」
宇奈月さんが話し掛けてきたのは、岩村先輩の一本目のサーブのときでした。何も言わずにやおら隣に立ったので、思わず身構えてしまいましたよ。
「……どうかされましたか?」
「次のサーブなんだけど、またリベロの人に打ってくれないかな」
「構いませんけれど」
「それから、とーるうとねねちんに、ツーはないって伝えておいて。もしあっても、自分が拾うって」
「それは……」
「もし気になるなら、二本目のサーブがレシーブされた直後に大きな声で『ツー』って言えば大丈夫」
「二本目?」
「そう。一本目は黙ってても来ないから」
色々と引っかかる言い回しです。もしかして宇奈月さん、時間遡行してません?
「ひかりんは、私がここではないどこかから来たって言ったら、笑う?」
「笑うもなにも、事実じゃないですか」
当県ではない他県から来てるじゃないですか、あなた。
「おおっ、そうだった!」
そう言った宇奈月さんの視線が、ふっ、とコートのほうを向きます。つられて見てみると、ちょうど藤島さんが結崎先輩のブロックに跳ぶところでした。
ばだんっ!
見事なシャットアウト。着地した藤島さんは「よしっ!」と力強いガッツポーズを取り、それから、ちらりとこちらを見てきました。私は「ナイスブロック」の意味を込めて拳を掲げます。……ものすごい勢いで顔を逸らされました。なぜでしょう。あと、宇奈月さん、あなた笑い堪えていますね? 誤魔化そうとしてますけど肩震えてるの丸わかりですからね?
「ごめんごめん」
「まったく……。ちなみに、三本目はありますか?」
「ん? ああ、サーブのこと。たぶんあると思うよ」
「……狙いは、有野先輩ですか?」
「どうだろう。ま、その時に言うってことで。それよりひかりん、そろそろ交替の準備したほうがいいよ」
宇奈月さんに促され、私は屈伸したり肩を回したりします。あと一つローテが回れば油町先輩が下がるので、アップしておいたほうがいいのはその通りです。
試合は、結崎先輩がフェイントを決め、サーブ権が南五に移ったところです。立沢先輩も、メンバーチェンジの申告のために席を立ち、副審の片桐先輩の元へ。
と、結崎先輩のサーブがネットに掛かります。まさか外すとは思っていなかったので、私は慌ててメンバーチェンジに向かいます。気持ち早めに準備しておいて正解でした――って、おいちょっと待った、です。
私はちらっとベンチを振り返ります。Vサインを決めた宇奈月さんが、にこにこ顔で笑っています。
「いってらっしゃい!」
直後、ぴぃぃ、と主審の笛。腑に落ちないものを感じつつ、私はサイドラインのフロントゾーン側に立ち、油町先輩と手を合わせて入れ替わります。
スコアは、18―19。
私は藤島さんと霧咲さんにツーアタックの件で声を掛け、サービスゾーンへと急ぎます。




