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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第三章(城上女子) VS南五和高校
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77(静) 我儘

「嘘なんだろ?」


 南五の黄色カナリア――有野ありの可那かなさんは、その鋭い視線を真っ直ぐ私に向けて、言った。


 私は何も言い返せなかった。言い返せるわけがなかった。


 黙って立ち尽くす私に、胡桃くるみが問う。


「……どうして?」


 私は答えられずに、髪の毛を握り締める。すると、有野さんが代わりに言う。


「部活に戻りたくなかったからだろ」


 ざわっ、と空気が揺らぐ。


「細かい事情までは知らねえけどよ。サーブが打てなくなったって言っときゃ、よっぽどじゃない限り強引に部活に戻されることはねえ。『そっかじゃあ仕方ねえな』ってなるだろ。しかもバレーを続けてるっつーんだから、そんなんもう部活に引き戻す理由がなくなるわな。

 けど、あたしには、どっちも部活に戻りたくない言い訳にしか聞こえなかったぜ」


 有野さんは、少しだけ苛立たしげに、それでいて断罪するでも糾弾するでもなく、ただ事実を読み上げるように言う。


「大体、『サーブが打てない』と『バレーを続けてる』って、どう考えても両立しねえだろ。本当にサーブが打てないほどショックを受けたんなら、バレーなんか続けられるわけがねえ。逆に言えば、本当にバレーを続けてるんなら、サーブの一本や二本打てるに決まってる。多少の心理的抵抗はあるにしろ、だ」


 そこで、有野さんはがしがしと黄色の頭を掻いた。


「ま、ごちゃごちゃと面倒なことはいい。実際にサーブを打たせりゃわかることだ。おい、胡桃!」


 有野さんは胡桃に呼び掛ける。胡桃は「わかってる」と頷いて、私の前に立つ。


「そういうわけだから……メンバーチェンジ、させてもらうよ」


 胡桃は再び副審の片桐かたぎりさんのところへ。ややあって、主審の礼亜れいあちゃんが控え目に笛を吹く。


 私は審判台に立つ礼亜ちゃんを仰ぎ見る。礼亜ちゃんは真っ直ぐに私を見ていた。以前、私に部活のことを尋ねてきたときと違って、とても強い目だった。胡桃や、有野さんと同じ、揺るがない意思がそこにあった。


 礼亜ちゃんは、私の視線を受け止めて、何も言わずにメンバーチェンジのハンドシグナルをする。


 私は、けれど、まだ決心がつかなかった。


 立ち竦んだまま、動けない。


 頭の中をぐちゃぐちゃに引っ掻き回されたみたいに、混乱していた。


 どうしたらいいのか、何を言ったらいいのか、自分が何を考えているのかすら、わからない……。


しずかちゃんっ!」


 声がした。振り返ると、万智まちがいた。コートの中から、万智が私を呼んでいる。


「私は静ちゃんと一緒にバレーがしたいよ! だからこっちにおいでよ!」


 つぶらな瞳でそう訴える万智。その目にも、やっぱり、強い光が宿っている。


 私は思わず目を背けそうになる。下を向きそうになる。けれど、また別の声が私を呼んだ。


「しずしず先輩!」


 宇奈月うなづきさんだった。ボールを持った宇奈月さんが、フロントエリアの左端――メンバーチェンジのときに立つ場所だ――から、にこにこと私に笑いかけてくる。


「しずしず先輩はバレーが好きなんですよね? だったら大丈夫ですよっ!!」


 宇奈月さんは左手にボールを持って、両手を挙げる。私が彼女の右手と手を合わせてコートに入れば、メンバーチェンジが成立する。次のサーバーは宇奈月さんなので、代わりに入った私がサーブを打つことになる。


「おい、市川いちかわ静」


 ネットの向こうから、有野さんが挑発的な笑みを浮かべて言う。


「諦めろ。お前がどれだけ迷おうと、あたしたちはこのまま待ち続けるぞ。根比べで勝てると思うなよ。あたしも、胡桃も、お前の先輩たちも、みんな二年前からずっとお前のことを待ってたんだ」


 でも――と反射的に声が出そうになる。そこに、


「往生際が悪いよ、静」


 そう言って、どんっ、と胡桃が私の背中を押した。


 私は転びそうになって、咄嗟に手を前に出す。その手をすかさず宇奈月さんが掴まえて、そのままボールを私に押し付けつつ私をコートの中に放り込んだ。そこからは、今度は万智が私を引っ張っていく。ぐいぐい、と力強く。私は抵抗する間もなくサービスゾーンへ。


 向こうのコートを見ると、有野さんが一人で立っていた。他のメンバーはコートの端やネット際の邪魔にならないところに避けている。


「さあ、市川静! あの時の続きをしようぜッ!!」


 レシーブの構えを取って、澄んだ声で叫ぶ有野さん。


 なぜ? どういうこと? なんで?


 そう思うけど声が出てこない。


 いや、出ていたとしても、掻き消されて誰にも聞こえなかっただろう。


「「「ナイッサー、一本!!」」」


 万智や胡桃、それに宇奈月さんや、他の一年生、スコアボードのところにいる紀子のりこ先輩や衣緒いお先輩が、私に声援を送る。主審の礼亜ちゃんも、ぴぃ、と力強く笛を吹き、左手で私のサーブを促す。


「っさあ、来いよ!!」


 万智たちの声を割って聞こえる、有野さんの高い声。


「来いっつってんだろうが!! 市川静ああああああ!!」


 彼女の声は本当に綺麗で、よく通る。


 びりっ、と気迫を肌に感じる。二年前のあの時にタイムスリップしたみたいな錯覚に襲われる。たくさんの声に満ちた、県大会の会場――三面コートの広い体育館。


 あの時も、緊張とプレッシャーで、わけもわからないままコートに立っていた。


 そして、必死になってサーブを打っていたら、あれよあれよという間に逆転して、彼女の視線に射竦められた。


 黄色い髪(カナリアイエロー)のリベロ――有野さんの目に、私は圧倒されたんだ。


 恐ろしいまでの、勝利への執着。


 何が何でも勝つんだ、という強い意思。


 それは、私に決定的に欠けていたものだった。


 私は争い事が嫌いだ。


 奪い合うこと。傷つけ合うこと。取り合うこと。言い合うこと。ぶつかり合うこと。


 想像するのも嫌だった。たとえ些細なことでも、誰かと衝突するくらいなら、私は自分から引き下がる。


 セッターになったのだって、その時ちょうどセッターをできる子がいなかったから。セッターなら、相手と直接戦うことがないから。仲間がレシーブしたボールを、仲間に繋ぐ――そういうポジションだから今までやってこれたんだ。


 小学校のクラブでも、クラブのメンバーがそのまま持ち上がる中学校でも、私は世代にたった一人のセッターで、セッターという場所は私一人だけのものだった。


 でも、高校では、そうじゃなかった。


 入部したときから、気がかりではあった。でも、そのことをはっきりと自覚したのは、あの瞬間だった。


 避けることのできない、ポジション争い。それは同時に、レギュラー争いでもある。


 由紀恵ゆきえがユニフォームを貰えず、私が貰ってベンチに入った状況にさえ、それなりに抵抗を感じていたのに。


 私に、その覚悟があるのだろうか……?


 一つ上の先輩――セッター志望の美森みもり衣緒先輩。周りを笑顔にすることが得意な、明るい先輩。


 自惚れるわけではないけれど、たぶん、レギュラー争いをすれば、私が先輩の居場所を奪ってしまう。


 そんなの、耐えられるわけがない。


 そんなことになるくらいなら、私は――。


「っ……!」


 二年前の葛藤と、現在の混乱が合わさって、頭がどうにかなりそうだった。


 逃げ出したい。やめてしまいたい。私は誰とも争いたくない。


 お願いだから、早く終わって……。


「市川静ああああああああ!!」


 私を呼ぶ声。びくんっ、と反射的に身体が動いた。


 二年前の続きを望む彼女。彼女にサーブを打てば開放されるような気がした。


 たっ、


 と私はジャンプフローターのステップを踏む。


『サーブが打てなくなった』


 そんな嘘をついて部活を辞めたことも忘れて。


 ぼふっ、と芯を外したボールが相手コートへ飛んでいく。


 これでいいでしょ……?


 もういいでしょ……?


 だから、これ以上、私の中に踏み込んでこないで……っ!!


「――っざけんなコラあああああああ!!」


 きーん、と耳鳴りするほどの叫びを上げて、有野さんは私のサーブを拾った。


 カットはぴたりとセッターに返る。


月美るみ、センターセミだ!!」


「えっ……」


 トスを呼ぶ有野さん。セッターは言われるがままにセンターセミを上げる。有野さんはそれを、


 ――ばしんっ!!


 と渾身の力で打ち抜いた。


 ボールは、だんっ、とバックライトに棒立ちしていた私の足下で跳ねる。


 万智より小柄な身体から放たれた強烈なスパイク。ボールはラインの内側にきっちり決まっている。


 しかし、どんなに強いスパイクでも、リベロである彼女がネットより高い位置からアタック・ヒットすればその時点で反則。


 当然ながら、こちらの得点となる。


 あまりに予想外な行動に、考えていたことが全部吹き飛んで、私の頭は真っ白になった。


「ナメたことしてくれるじゃねえかお前えええええ!!」


「っ!?」


 さらに驚いたことに、有野さんはそのままネットをくぐって私のところに走ってきた。鬼のような形相に気圧されて、私は腰を抜かして後ろにへたり込んでしまう。有野さんはそのまま私の上に乗っかって、両手で私の肩を掴み、床に押し付ける。


「ざけやがって!! いい加減にしねえとキレんぞコラ!!」


 こ、これでキレてないのか、この人!?


「お前はあれか!? 優しいヤツか!? 自分も他人も傷つかなければそれが一番とかかす思いやり溢れるいい子ちゃんか!?」


「そ」


「ばっっっっっっかじゃねえの!?」


「なっ――」


 な……なんなんだ、この黄色い人……!?


「誰も傷つけねえなんて無理に決まってんだろ!! 人は生きてるだけで誰かを傷つける!! だから世界から戦争はなくならねえ!! そんなこともわからねえのかお前は!?」


 ぱくぱく、と唇がただ開閉する。無茶苦茶だ、と思うのに、あまりの迫力に何も言い返せない。


「どうせあれだろ!? 先輩とポジション争いするのが嫌とか、負けた相手の悔しがる姿を見るのが嫌とか、そういう理由で部活を辞めたんだろ!? お前気が弱いわりに上手うめえもんな!! ギャップに耐えられなかったんだろ!! 知らねえけど!!」


 有野さんは、ぐっ、と私の肩に力を込める。


「言っとくけどな。お前は周りに気を遣って辞めたつもりなんだろうが、それにしたって、結局のところ、お前はお前が辞めなかった場合と同じくらい周りを傷つけてんだぞ」


「え……」


 きゅっ、と胸が締め付けられる。首を押さえられているわけでもないのに、呼吸が苦しくなる。


「『え』じゃねえよコラ。あたしはお前と再戦できなくてイライラしたぞ。胡桃はお前が辞めたことにめちゃめちゃ傷ついてたぞ。お前が本心を話してくれねえことに苦しんでた。お前の先輩だって心を痛めたはずだ。もやもやした気持ちを抱えていたはずだ。お前の後輩だって例外じゃねえ。お前が部に残ってちゃんと部員の勧誘をしてりゃ、あのボブ子は公式戦に出れたかもしれねえだろ」


 息が、止まりそうになった。


「お前は自分の目の前で誰かが傷つくのを見たくなかったんだろうが、たとえ背を向けたところで結果は変わらねえ。お前の見ていないところで同じように誰かが傷つくだけだ」


 さっ、と血の気が引く。身体が震える。心が圧し潰されて、気が遠くなる。


 それを見透かすように、有野さんが私の肩を揺らす。はっと意識が戻る。有野さんの顔がすぐ目の前にあった。


「何より、お前の気持ちはどうなるんだよ。お前、バレー好きなんだろ? 部を辞めても続けるくらいに愛着があんだろ? 別に近所でもねえ県大会の会場にふらっと現れるくらいに未練があんだろ?」


 至近距離で私を睨む有野さん――その強い瞳に、弱い私の姿が映る。


「なのに……なんでお前は我慢しちまうんだよ。そんなんただ辛いだけじゃねえか」


 有野さんは、ごつっ、と軽く額で私を小突くと、私の身体から離れた。


「何かをするのは我儘で、しねえのは我慢だけど、本質はどっちも同じ――『我を通す』ってことだ」


 彼女は私を見下ろして、そんなことを言う。


「だからあたしは、あたしが楽しくいられるように、どこまでも我儘を押し通す。お前みたいに好きなことを我慢するなんて死んでも嫌だ。あたしはやりたいことだけやる。そのせいで傷つくヤツはいるんだろうが、少なくとも、あたしはそいつらに胸を張って謝れるぜ。お前にだってこうしてちゃんと顔向けできる。二年前あんときはマジで迷惑かけて悪かった。すまん」


 深々と頭を下げる有野さん。そして、顔を上げた彼女は、晴々と笑っていた。


「人は生きているだけで誰かを傷つける。だったらせめて好きなことして生きろよ。後向きな我慢で周囲を傷つけても誰一人幸せにならねえが、前向きな我儘なら、同じように周囲を傷つけることになっても、最低でもお前一人は幸せなはずだぜ」


 彼女は私に手を差し出して、言う。


「あたしはバレーが好きだ。仲間ダチとプレーすんのが好きだ。強えヤツに勝つのが好きだ。お前はどうなんだよ、市川静?」


 私は――、言いかけたけど、声にならない。彼女の主張はもっともだ。でも、もっともだからこそ、私はみんなに顔向けできない。私が背を向けて拒絶したみんなに、今更合わせる顔なんてない。


「静!」


 別の声。礼亜ちゃんだ。


「私らのことなら、気にしなくていいんだよ」


 審判台に立つ礼亜ちゃんは、泣きそうな顔で微笑んでいた。それは昔よりずっと大人っぽい表情だった。


「私はあの時、静とちゃんと向き合わなかった。何かあるんだろうなっていうのはわかってたのに。でも、そのことは後悔してないよ。あの時の私にとっては、静のことより、自分の進路や受験のほうが大事だったの。おかげで、私は今とても充実してる」


 礼亜ちゃんは、ぺこり、と頭を下げる。


「ごめんなさい。私はあなたを気遣うフリして、本当は自分のことばっかり考えてた。私も我儘なんだよ。静は私に嘘ついたことを気にしてるのかもしれないけど、そんなのお互い様なんだよ。私だって静を騙してた。ずるい先輩なの」


 そんなことない――私は首を振る。でも、礼亜ちゃんは自分の言ったことを撤回せず、ただ私を見つめた。


「カトレアさんがずるいとか言い出したら、私なんか超ずるいですよ★」


 そう言ったのは、衣緒先輩だ。私はスコアボードのほうを振り返る。衣緒先輩はばつが悪そうに舌を出していた。


「静が辞めるって言ったとき、ぶっちゃけ私は『よっしゃ★』って思ったよ。だって静とレギュラー取り合って私が勝てる要素ないもん。あんたが入部してきたときから、また一年間ベンチで過ごすのかぁってブルーな日々だったわよ。それが、あの時、一変したの。さらに白状すると、私、紀子に頼んだもん。静を無理に引き戻さないでって」


 衣緒先輩は少し照れたように笑う。


「後悔はしてない。チーム的には、あんたがセッターなら県大会に行けたかもしれない。それはマジごめんって感じだけど。でも、私はずっとスタメン出場できて、素直に嬉しかったよ。万が一あんたが戻ってきたとき笑われないようにって、練習も頑張れた。数年分の頑張りを使い果たしたわ。そして引退して燃え尽き症候群になって受験に落ちた。でもいいの。だって私やりきったもん。レギュラーでいられたあの一年間は超楽しかったもん★」


 衣緒先輩はふふんっと胸を張った。それを見て、反対側の紀子先輩が吹き出す。私がそちらを見ると、紀子先輩は苦笑して肩を竦めた。


「私も……あんたには謝らないといけないわ。ごめん、静。正直に言うと、カトレア先輩から主将を引き継いだとき、私はあなたや由紀恵を引っ張っていける自信がなかった。あなたや由紀恵が部活を休むようになって、ほっとしたのも事実。同期だけでわいわいやるくらいが、私にはちょうどよかったの。だから、あなたを引き戻すことに積極的になれなかった。私たちは私たちで楽しくやってて、それが変わっちゃうのは嫌だなって思ったわ。あなたや胡桃や万智には……悪いと思ったけどね」


 紀子先輩はそう言って黙ってしまう。後を引き継いだのは万智だった。


「何言ってるんですか、紀子さん。紀子さんが私に後ろめたく思うことなんて何もないですよ。もちろん、静ちゃんも。だって、バレー部を続けることを選んだのは、私の意思だから。私は私の我儘で部活を続けただけなんだから」


 万智はへたり込んでいる私の傍にしゃがんで、手を差し出す。


「そういうわけだから……静ちゃん。辞めちゃったことも、サーブの嘘のことも、全然気にしなくていいんだよ。今大事なのは、みんなが知りたいのは、静ちゃんがどうしたいかなんだよ。静ちゃんの好きなこと、静ちゃんのやりたいこと、教えてほしいな」


 私は――言おうとする。また声にならない。思わず髪をぎゅってしそうになる。でも、できなかった。万智に両手を掴まえられたからだ。


「静ちゃん、私はバレーが好きだよ。静ちゃんとも昔みたいにパスしたい。また静ちゃんとプレーしたい。静ちゃんはどう……?」


 私は――、


「っ……!」


 私は――!


「…………っ!!」


 私――――、


「……って! ……し……だって!!」


 気付くと、声が出ていた。一緒に涙も出ていた。


「私だって……!! バレーが好きだよっ!」


 ボールに触るのが、


 みんなが私にレシーブを上げてくれるのが、


 私の上げたトスをみんなが決めてくれるのが、


「好きだよッ!! 大好きなんだよ――っ!!」


 ありったけの声で私がそう言うと、万智は、にっこり笑って頷いた。


「じゃあ、一緒に好きなこと(バレー)しようよ! きっと楽しいよっ!」


 万智は私の手を引っ張って、私を立ち上がらせる。そのとき、鮮やかな黄色が目に入る。視界が滲んでいて表情はわからないけれど、それが誰なのかは間違えようがない。


「あたしともちゃんと好きなこと(ケンカ)してくれよ。さっきみてえなのはナシだかんな」


 有野さんはそう言うと向こうのコートに戻っていく。遠ざかる黄色カナリアを見つめていると、脇腹に何かが押し付けられた。


「ナイッサー、よろしく」


 胡桃だった。拾ったボールを私に渡すと、すたすたとベンチに戻っていく。


 私は涙を拭く。クリアになった視界で、みんなを見る。


 万智、胡桃、礼亜ちゃん、紀子先輩、衣緒先輩、有野さん――。


 本当のことを言えば、躊躇う気持ちもまだある。争い事が苦手なのは、性格だからそんなにすぐ変わらないし、私のことを心配してくれてたみんなに嘘をついたのは、すごく心苦しい。


 勝手に辞めて勝手に戻って――私はなんて我儘なんだろう。


 でも、勝手に辞めたあの時の我慢と違って、今度はみんな、笑顔でいてくれる。


 私も、びっくりするくらい自然に笑えている。


 ひとまずは、それで十分。


 私はサービスゾーンに立つ。そして、まずはお礼を言った。ありがとう、って。それから、よろしくお願いします、と言った。


 有野さんは、またコートの真ん中に一人で構えて、叫んだ。


「っさあ、来いよ!!」


 私は彼女の目を見据えて、言った。


「行きますっ!」


 そして、私は呼吸を整えて、たっ、と一歩を踏み出した。

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