74(胡桃) ピンチサーバー
スコア、9―10。
ここまで我慢の展開を強いられてきた城上女に、追い風が吹き始める。このまま一気に同点か、と思われたが、南五和のセッター――逢坂月美が仕掛けてきた。
ひかりのサーブ。それをコート中央に構える小夜子が拾い、そのまま速攻に入った。珠衣はライトへ回る。変わったコンビだな、と訝しく思っていると、月美はトスをバックレフトに上げた。
踏み込んでいるのは、県内最高の左――生天目信乃。
バックアタックだった。実花と音々が辛うじてブロックに跳ぶが、ストレートを綺麗に抜かれてしまう。
ばんっ!
とバックアタックとは思えない強烈なスパイクが決まる。
9―11。素直に追いつかせてくれるとは思っていなかったけれど、そんな奥の手もあるのか。わたしは記録ノートの余白に『生天目信乃、バックアタック』とメモを残す。
南五のローテが回る。小夜子が後衛に下がり、赤井雫が前衛に上がってくる。ここから南五の前衛は、ローテが回るたびに高くなっていく。
小夜子のサーブは、レフト線の厳しいコースを突いてくる。透と梨衣菜が互いに「オーライ」と声を掛け合うも、それが逆に二人に迷いを生んで、ミスに繋がった。
「あぅ……ごめん、北山さん」
「こちらこそ申し訳ないっス!」
サーブカットはまだまだ改善の余地アリ、っと。
スコア、9―12。
小夜子のサーブは、また同じコース。今度は透が下がりながらオーバーハンドで取りにいく。が、短い。センターにいた音々の頭上。音々はそれを二段トスでレフトへ。打ちごろの位置にぴたりと上がったトスを、透が月美と珠衣の二枚ブロックに力強く打ち込み、決める。
「ナ、ナイストス! ありがと、霧咲さん!」
「それほどでも。二段は今くらいの感覚で上げればいいのね?」
「う、うん、ばっちり!」
10―12。城上女のローテが回り、音々が後衛、梨衣菜が前衛へ。
サーブは音々。可那がコート中央で「打ってこい!」的なことを大声で叫んでいる。音々は少し逡巡してから、可那を避けてBLにいる信乃を狙う。しかし、ボールは伸びが過ぎて大きくエンドラインを割った。可那の貫禄勝ちといったところか。
10―13。南五は信乃が前衛に上がってくる。彼女はわたしから見ると40センチ以上高いわけなので、とても同じ人間とは思えない。
サーブは月美。ばしっ、と打たれたボールはBLの万智の前方へ。走り込みながら取ったせいで、少しネットに近いカットが上がる。しかし、高さのある音々はそれを無理なくライトの透に繋ぐ。透はそれを強打するが、雫がワンタッチし、可那が拾う。その際に可那は「決めろお前ら!」的なことを叫ぶ。これがまた効果抜群で、前衛にいる三人の二年生の士気をぐんと高める。
「よいしょ!!」
などと言って速攻を決めたのは、珠衣だ。透と実花がリードで、それに梨衣菜がコミットで止めにいったにもかかわらず、僅かな隙間を抜いてきた。あの速攻には散々やられたんだよな――と中学時代のことが思い出される。
10―14。
いい勝負をしていた。目立つ弱点がある分だけ引き離されているが、ポテンシャルでは中央地区一位の南五相手に引けを取っていない。歯車が噛み合えば、さっきみたいに連続得点もできる。
コート内の六人も、音成のときよりずっと一体感がある。ひかりがリベロでなく、変則ツーセッターという特殊な状況下でも、実花や万智を中心にしっかり声を掛け合ってプレーしている。集中も高まっている。恐らく、透や音々や梨衣菜あたりは、もう静のことは頭にないだろう。いかに目の前の相手を倒すかに思考を使っているはずだ。
ちらり、とわたしは隣の静を盗み見る。さっきから一言も口にしていない静だったが、すっかり試合に見入っていた。手を膝の上でぎゅっと握り合わせ、上体は少し前屈み。細い目できょろきょろとコート上の選手たちを観察している。
わたしは、ちょん、と静の肩に触れる。
「わっ! えっ? な、なに……?」
「随分、楽しんでいるみたいだね」
「そ、それは……その……」
「試合、出たくなった?」
「……胡桃、性格悪いよ」
「それはどうも」
わわっ、と声が上がった。ラリーの中で、透がフェイントを決めたのだ。信乃の高さに慣れてきた(正確には、信乃の高さを避けるのに慣れてきた)のだろう。
スコアは、11―14。
「ねえ、静」
「……なに?」
「あの時と似てると思わない? 試合展開が」
静は間を置いてから「そうだね」と呟いて、髪を梳く。そして、スコアボードを横目に見て、ぽつりと言う。
「点差も……あのときと同じ」
そうだったろうか。わたしは記憶を辿るが、ぱっとは思い出せない。
「よく覚えてるね」
「ピンチサーバーだったから」
静は、ふうっ、と息を吐き出して、ゆっくり吸い込む。
「監督に交替だって言われて……スコアボードは穴が開くほど見た。忘れられないよ」
静の目がボールを追う。透のサーブ。可那がカットして、月美はレフトにいる信乃を使う。信乃は左打ちだが、レフトからの攻撃を苦にしている様子は見られない。だんっ、とクロス方向へ強打。バックレフトの透が辛うじて触れるも、弾き飛ばされる。
11―15。
スコアボードが捲られる。それを見た静は、ぎゅっと髪の束を握り締めた。
「あの時は……ここでサイドアウトを取った」
言われて、わたしの記憶もようやく蘇る。
いくつもの声。咆哮、声援、怒号、威嚇、絶叫、歓喜――。
記録ノートをつけながら、選手と一緒にどきどきしていた。シャーペンを握る手に汗が滲んだ。それがノートに沁みて紙がふやけた。
そんな、記憶。
「……静」
「なに?」
わたしは立ち上がって、静を見下ろした。
「次、交替するよ。準備して」
静はわたしを見上げて、固まった。
「……え?」




