73(月美) 勝ちパターン
向こうのローテが一周して、前衛の平均身長が一番高くなる。逆にうちはわたしと小夜子がいるので、一番低いローテ。まあ、信乃やはるが高過ぎるだけで、低いと言うほど低くはないのだが。地区大会レベルならむしろ高いほうだろう。わたしが藤島透に抜かれないよう気を付ければ済む話だ。
サーブはレシーブの上手い小さな子。本来はリベロだろうからサーブは苦手かと思いきや、バレー歴が長いのか、余裕で無回転のフローターサーブを打ってきた。球威もそこそこ。が、ボールは可那の正面へ。
「っしゃあっ! 上がんぞ、お前ら!!」
アンダーハンドの構えを取りながら、可那が甲高い声を上げる。この声が合図となって、チーム全員の思考が攻撃に切り替わる。可那が「上がる」と宣言した以上、それはチャンスボールと同じ。可那以外のわたしたち五人は、それをどうやって決めるかだけに集中すればいい。
それが南五和のスタイル。
南五の攻撃の中心は、信乃でも珠衣&はるでもなく、有野可那なのだ。
わたしは横目に相手ブロッカーを見る。最初にツーを落としたことで、わたしはほどほどに警戒されている。さらに、始まってからずっとセンター線を中心に攻撃を組み立てていることもあり、ブロッカーは全員センターに寄っている。センター線が活きてるってことだ。
これはもう占めたもので、センター線が機能すればするほど、たまに仕掛けるサイド攻撃の成功率もまた高まる。雫も小夜子も中学時代はチームのエースだった。ブロックを散らせば決めてくれる。
わたしはできるだけボールを引き付けて、珠衣を囮に、レフトに回った小夜子に平行を上げる。これならブロックは一枚半くらいに――、
ん?
トスを上げた直後に、視界の端を巨大な影が横切った。レフトブロッカーの藤島透。だが、おかしい。彼女はわたしのツーと珠衣のAクイックをマークするので手一杯だったはず。それがなぜ……。
「わ……っ!」
跳び上がった小夜子が驚きの声を上げる。無理もない。目の前にはまさかの三枚ブロックだ。小夜子は咄嗟にブロックアウトを狙いにいくが、大きく外してしまう。
ボール・アウト。8―10。
予想外の出来事に一瞬思考が止まる。が、審判の笛の音で我に返った。
……謀られた?
というのが率直な感想。
チャンスボールからの攻撃が不発に終わる。そういうことはもちろんままあるが、今のは偶然や不運じゃない。サイドへの三枚ブロックは、予めトスを読んでいないとほぼ不可能だからだ。
わたしはブロッカーの一年生三人組を見る。藤島透は戸惑いの表情。ミドルブロッカーの背の高い子はなんとなく釈然としていないように見える。ポニーテールの子だけが今までと変わらず、にこにこの笑顔だ。
すると……今のは彼女が――?
「月美ちゃん、ごめん、外しちゃった」
「あ、いや、今のはわたしが悪かった」
わたしはなんでもない風に軽く笑んで、ぱちっ、と小夜子と手を合わせる。
後ろの可那も、唇を尖らせて何かを考えている様子だったが、すぐに手を叩いて切り替えた。
「よし! もっかいもっかい!」
可那の声で、一斉に守備位置に戻るわたしたち。そのとき、珠衣がすれ違い様にわたしに声をかける。
「月美さん、珠衣、次はライトから打ちましょうか?」
「んー……そうね。ブロック高いけど、大丈夫?」
「愚問です! なんたって珠衣ですから!」
頼もしい後輩だ。中学の頃から随分と世話になっている。
珠衣の言う通り、Aクイック―レフト平行ばかりでは単調になるか。ちょっと変化球で出方をうかがってみるのもアリだな。
が、しかし、現実はなかなか思った通りにはいかないもので。
小さい子の二本目のサーブは、今度はコートの奥にいる信乃へ。そのカットは短く、速攻やライトブロードへは繋げない。わたしはレフトに回った小夜子に二段トスを上げる。小夜子はそれを強打するが、ぽっちゃりした子が正面で拾い、チャンスボールにされてしまう。ポニーテールの子は素直にレフトの藤島透にトス。藤島透はそれを、
だんっ!
と、しっかり決めてくる。
一応……わたしが触るには触ったのだが、どうにもパワー負けしてしまう。スケール的には信乃を相手にしているようなものなので、160半ばのわたしでは、わかっていてもそう簡単には止められない。
スコア、9―10。
1点差。一時はダブルスコアだっただけに、一気に詰められた、という印象。
確かに城上女の動きはぽっちゃりした子が決めたあたりから良くなった。けど、この連続得点はそれだけが理由じゃない。
わたしはサーブを打った小さな子を見る。
彼女は今、コートの奥にいた信乃を狙ってきた。うちのレシーブは四人体制だが、実質は可那と小夜子と雫の三人で、信乃の守備範囲は三人に比べると狭い。ピンポイントでそこに打ち込めるということは、彼女のサーブの精度はそれなりに高いということだ。
すなわち、一本目のサーブ――リベロの可那の真正面に打ったあれも、ミスではなく意図的だったということになる。
彼女の本来のポジションは十中八九リベロ。なら、サーブをリベロに打つリスクは心得ているはず。いいサーブカットが上がれば必然的にいい攻撃ができるからだ。特にうちの可那は、ただ守備が上手いというだけではなく、ムードメーカーの役割も担っている。可那がボールに触れば、南五は一番いい形でバレーができる。それが南五の勝ちパターンなのだ。
なのに、彼女は、敢えて可那を狙った。
いや、そうじゃない……か。
だから、彼女は、敢えて可那を狙わせたんだ。
こっちの勝ちパターンを潰すために。
ピンチは最大のチャンス。チャンスは最大のピンチ。
ダメだ、と思った時にうまくいけば、チームの士気は上がる。
逆に、行ける、と思ったときにうまくいかないと、集中が切れてしまったりする。
さっきの三枚ブロック。あれが、可那がカットを上げるところから全て計算済みの結果なら、恐るべきゲームセンスだ。失点に絡むプレイヤーが南五和に三人しかいない三年生――可那、わたし、小夜子――であることも、偶然ではないのかもしれない。
つー……と、わたしの頬を汗が伝う。
今回の三枚ブロックは、まだいい。練習試合だし、こちらがリードしてるし、まだ中盤だし、ちょっと勝ちパターンが揺らいだくらいは、立て直せる。
だが、これが本番の大会で、ぎりぎりの競り合いの最中に仕掛けられたら……?
ぞっとしない想像だ。気分で動く人間が多いうちとは、どう考えても相性が悪い。
……まあ、万が一県大会で当たってしまったときのために、試せることは試しておくか。
「信乃」
わたしはバックにいる信乃に呼び掛ける。信乃は頷く。どうやら通じたようなので、わたしは相手コートに向き直る。
城上女子高校――思っていたより、ずっと厄介そうだ。




