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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第三章(城上女子) VS南五和高校
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69(万智) 思いやり

 しずかちゃんと会ったのは、私がバレークラブに入った、小学五年生のとき。


 そのとき、静ちゃんは六年生で、クラブのキャプテンをしていた。もちろんレギュラーで、ポジションはセッター。


 そのクラブは、北地区でも一、二を争うくらい強くて、高学年だけで十人以上いた。みんな三年生か四年生の頃からバレーを始めた子で、五年生で初心者は私だけだった。


 私が最初に見学したときは、大会メンバーがサーブカットからの攻撃の練習をしていた。メンバーの半分はレシーブの列に並んでサーブカットを上げる。もう半分はレフトかライトに並んでスパイクを打つ。レシーブを上げたした人はスパイクの列、スパイクを打った人はレシーブの列に並ぶ。そうやってぐるぐる回るのだ。


 ただし、セッターである静ちゃんだけは、ずっとネット際に立って、上がったレシーブをトスしていた。


 さすが北地区の強豪だけあって、初めて見た私は圧倒された。レシーブとスパイクに入る子はみんな「お願いします!」と大きな声を出して、構える。監督さんは数秒置きくらいにどんどんサーブを打ち込んでいく。とても速くて伸びのあるサーブ。それを、みんな慣れたようにカットする。静ちゃんがふわっとオープントスを上げる。アタッカーの人はそれを、ばしんっ、と力強く叩く。そうかと思うとまたサーブが飛んできている。


 目が回るようだった。純粋に、すごい、と思った。


 私も頑張ればこの中に混ざれるんだ、と思うと、わくわくした。


 でも、初心者の私に待っていたのは、もちろん基礎練習。クラブの練習は、習熟度に応じて内容が変わるので、いきなり上級者がやっている練習には参加できないのだ。私は三、四年生に混ざって、アンダーとオーバーとサーブを覚えるところからのスタートだった。


 それが大切なことは理解していた。けど、やっぱり、コートの外でパスばかりやっているのはなんだか物足りなかった。壁に向かって「せーのっ!」でステップを踏むだけのスパイク練習より、実際にネットを使って、あの静ちゃん(その時はまだちゃんと名前を覚えていなかったけど)のふわっとしたトスを打ってみたかった。


 クラブに入って二ヶ月くらい経って、課題が出た。


 アンダーハンドでもオーバーハンドでもいいから、対人パスを連続で100回続けること。


 大会メンバーも一緒の全体練習で、上手な五、六年生がパスの相手をしてくれる。このパス練習をクリアすれば、下級生+初心者の初級者グループから、中級者のグループに入れることになっていた。中級者グループは、実際にネットを使ったスパイクや、スパイクカット、サーブカットなどをやらせてもらえる。


 静ちゃんたち大会メンバー――上級者グループへの、最初のハードル。


 対人で100回なので、私自身は50回、相手のところに返せばいいのだ。


 けれど、これがなかなか難しい。自分が50回ミスしないこともそうだし、相手も上級者とは言え同じ小学生なので、失敗するときは失敗する。成功率15パーセントの試練、といった感じだろうか。上手い子は三年生でもさくっとできてしまったりするのだが、私は苦戦していた。


 早くできるようになって、次のステップに進みたいのに、うまくいかない。練習は真面目に取り組んでいたつもりだったので、なおさら焦りがあった。休憩する間も惜しんで壁パス(壁を相手に一人でパスする練習)をしてみたけれど、上級者相手でも続かないのに、私の下手なパスをそのまま反射してくる壁相手じゃ20回も続かなかった。


 足踏みしているうちに一週間が過ぎて、すっかりパスに苦手意識ができてしまった。


 そんなとき、パスの相手になったのが、静ちゃんだった。


岩村いわむら万智まちちゃん、でよかったよね。私は六年生の市川いちかわしずか。よろしくお願いします」


「よ、よろしくお願いしまぁす!」


 パス練習は15分。その時間内に、100回をクリアすればオーケーだった。


 早速、いつものようにパスを始めた。いーち、にーい、と二人で数を数えていく。


 しかし、その日は特に調子が悪くて、私はミスしてばかりだった。20回といかずにパスが終わってしまう。


 それが三回くらい続いたとき、「うーん」と静ちゃんが首を傾げた。私は申し訳なくなって「ごめんなさぁい……」と下を向く。静ちゃんは慌てて「あっ、違う違う」と否定した。私がどう反応していいか困っていると、静ちゃんは髪(この頃はショートカットだった)に触れながら言った。


「岩村さんは、パスをするとき、どんなことを考えてる?」


「んぅ……コーチに言われたこと」


「膝を柔らかく、とか?」


「そう。オーバーは三角からボールを見るとかぁ」


 ちなみに、三角とは、オーバーハンドを構えたときの、両手の親指と人差し指で囲まれた部分のことだ。


「そうだね。岩村さんは、綺麗なパスができてると思う。真面目に練習してて、えらいよ」


 静ちゃんは私の前に屈んで、笑ってみせる。


「岩村さんはもう十分アンダーとオーバーができるようになってる。だからね、次は、もっと相手のことを考えてパスしてみようか」


「相手のこと……?」


「そう。どこにパスをしたら、相手が取りやすいのかを考えるの。ちょっとボール貸してね」


 静ちゃんは私からボールを受け取って、オーバーの構えをする。


「例えば、私はオーバーが得意。だから、高くて山なりのボールを上げてくれれば、とてもやりやすい。岩村さんが取りやすいボールを返してあげられる」


 次に静ちゃんは、ボールを腰の辺りに持ってくる。


「中には、アンダーが得意な子がいるね。そういう子にあんまり高いボールを上げると、顎が上を向いちゃってアンダーがやりにくくなっちゃう。だから、目線の高さくらいの、ほどほどの高さのボールをパスする。できれば身体のちょっと前側くらいにね。胸元にボールが来ると、アンダーってやりにくいでしょ?」


 静ちゃんは仰け反るような仕草をして見せる。確かに、そうやって詰まってしまうミスはよくあった。


「パスで一番大事なことは、思いやりなの」


 静ちゃんは胸にボールを抱いて、私の目を見る。


「もちろん習った通りにやることも大事だよ。でもそれだけじゃ足りない。パスは自分一人でやるものじゃないから。自分がうまくできても、相手がうまくできないと続かない。だから、相手のことをよく見て、その人が取りやすいボール、その人が欲しいボールを返すの。

 いつもいつもうまくはいかないけど、相手に思いやりが伝わっていれば、カバーしてくれる。逆に相手が失敗しちゃったときは、岩村さんが大丈夫だよってカバーしてあげる。すると、相手も安心する。そうやって繋いでいけば、100回なんてあっという間だよ」


 静ちゃんはそう言って私から離れると、ボールを投げる素振りをする。


「次からは、ボールを呼ぶときに、欲しいところで手を叩くようにしよっか。オーバーなら頭の上。アンダーなら腰の前。岩村さんならできると思うんだけど、どうかな?」


「が、頑張りまぁす」


「うん。それじゃあ、早速やってみようね。岩村さん、ボールを呼んでみて」


 私は頭の上で手を叩く。


「オーバーお願いしまぁす」


「よしっ、行くよ」


 静ちゃんは山なりのボールを放る。私はボールを目で追う。すると、ぱちぱち、と音がする。頭の上で手を叩く静ちゃんの姿が視界に入る。


「私もオーバーでお願いね」


「はぁい」


 私は来た軌道をそのまま逆になぞるように返す。ボールはふわりと舞い上がる。


「そうそう。さ、次はどこに欲しい?」


「あ、あんだぁー! ちょっと長めで」


 私は胸の前で手を叩いた。短いボールをアンダーで拾うのが苦手だったのだ。自己流だが、少し深いボールを身体を開いて取るやり方が私には合っていた。


 行くよー、と静ちゃんが返す。それはまさに私が一番アンダーしやすいボールで、あまりに取りやすくてびっくりして、腕の変なところに当たってしまった。


「わぁ、ごめんなさぁい……っ」


「大丈夫だよ。それっ!」


 私が横に弾いたボールを、静ちゃんは滑らかにすくい上げる。高く上がるボール。静ちゃんは元の位置に戻りながら手を叩く。


「高いのちょうだい」


「わ、わかりましたぁ!」


 私はオーバーでボールを捉え、膝を使って高々と突き上げる。静ちゃんは苦笑しながら後ろに下がる。


「あはは、これはちょっと高過ぎるかな」


「す、すいませぇんっ!」


「ううん。気持ちは嬉しいよ」


 そんな調子で、私たちは喋りながらパスを続けた。だんだん静ちゃんのことを見る余裕が出てきた。そして、思ったところに思った軌道でボールを飛ばす難しさを思い知った。同時に、私が五回に一回くらいしか成功しないそれを、ほぼ毎回やってのける静ちゃんの上手さも。


「うん、いい感じだね」


 静ちゃんがアンダーでボールを返す。もう手を叩くのにも慣れて、アンダーとオーバーを交互にやる流れになっていた。


「岩村さん、最初よりずっとよくなったよ」


「ありがとぉございまぁす!」


 そのくらいで、びー、と電子ホイッスルが鳴る。いつの間にかパスの時間の終わりが来ていた。


「「ありがとうございました」」


 私たちはお礼を言い合う。と、私は重大なミスに気付いた。


「あぅー、回数数えてなかったぁ……」


 静ちゃんと喋るのに夢中で、100回数えるのをすっかり忘れていたのだ。静ちゃんは私を見てくすくすと笑う。


「大丈夫。数えるまでもなく100回以上続いてたよ。私が証人」


「あ、ありがとうございまぁす。えっと、市川さんっ!」


「うん、こちらこそありがとう、岩村さん。またパスしようね」


「はいっ! またよろしくお願いしまぁす!」


 そして、静ちゃんは上級者のグループのところへ集合した。私は初級者のグループのところへ行って、初級者担当のコーチに課題をクリアしたことを伝えた。ほどなく、私は中級者のグループに混ざった。夏の大会では、応援要員として静ちゃんたち大会メンバーと一緒に行動した。二学期の終わりくらいには、念願の上級者グループ入りを果たした。


 中学校に上がるとき、学区の関係で、私はクラブのメンバーとは離れ離れになった。みんな強豪の石館いしだて二中にちゅうに進学する中、私だけが石館一中だった。石館一中の同級生や後輩に経験者はいなくて、今度は私が教える立場になった。


「パスで一番大事なことは、思いやりなんだよぉ」


 私は、初心者には最初に必ずそう教えた。そして、静ちゃんがそうやってくれたみたいに、声を掛け合ってパスをした。


 ――――――


 静ちゃんは、私にバレーの楽しさを教えてくれた、最初の人だ。


 パスがうまくできなくて、落ち込んでいた私を、静ちゃんは引っ張りあげてくれた。


 静ちゃんのおかげで、私は苦手だったパスを楽しめるようになった。


 だから、今度は私が静ちゃんを引っ張り戻すんだ。


 部活が苦手だっていう静ちゃんに、その楽しみ方を教えてあげるんだ。


 静ちゃんが悩んでいることは、具体的にはわからないけれど、それでも、思いやりは伝わる。相手のことを思ってするプレーは、その気持ちは、届くはずだから。


「れふとぉー!」


 私はまたトスを呼ぶ。スコアは、3―8。さっき一度打って、シャットアウトされ、点差は広がっていた。でも、それくらいで私が退くわけにはいかない。厳しいローテだからこそ、私が活路を開くんだ。


 ごっ、と全力でボールを叩く。しかし、通らない。さすが県内最高の左――とおるちゃんより高い人。けど、きっと、もう一押しだ。


「上がってます!」


 ひかりちゃんがフォローしてくれる。私は音々(ねおん)ちゃんに向かって叫ぶ。


「もうぉ一本!」


「お願いします!」


 音々ちゃんのトス。打ちやすい。ちゃんとネットから離したボールをくれる。


 これが三本目。今度こそ、決めてやる。


 私は目一杯開いて、ネットへ向かって走り込む。私は高さで勝負できるアタッカーじゃない。だから力は上じゃなく前に込める。助走で得た推進力を、ボールを通してブロッカーにぶつける。中学生の頃から何度もやってきたことだ。


 仲間へのパスは、思いやり。


 敵へのスパイクは、思いきり。


 飛び越えられない壁は、壊して進め。


「たああああああぁー!!」


 ごがっ、


 と鈍い音。いい手応えを感じる。果たして、ブロックを弾き飛ばしたボールは相手コートの外側に落ちた。


 ぴっ、と笛の音。三本目にしてようやく決まった。


「「ナイスキーです!!」」


「ありがとぉー。でも差は開いちゃったねぇ、ごめん」


 スコアは、4―8。もっと決定率を上げていかないとね。最低でもさっきのシャットの分は取り返さなきゃ。今日はただの練習試合じゃなくて、静ちゃんに部活に復帰してもらうための戦いなんだから。


 私はベンチの胡桃さんと静ちゃんを見る。胡桃さんは頷きを、静ちゃんは控えめな微笑を返してくれる。


 よぉし、もっと頑張るぞ!

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