60(ひかり) 黄色
宇奈月さんと岩村先輩がつれてきた市川静先輩は、とても大人っぽい人でした。
音成でいうと佐間田先輩が近いかもしれません。細かく言えば、佐間田先輩が言わば『お嬢様』なのに対し、市川先輩は『お姉様』といった感じです。
北山さんより少し低いくらいの身長。スポーツ選手としては華奢で、シルエットは霧咲さんに近いスレンダータイプ。ただ、硬い印象のある霧咲さんより、ずっと柔らかそうで、曲線が多いです。
背の高さのわりに顔のパーツは幼げで、それでいて表情は細かく繊細。
緊張しているのか、明るい色の、毛先のほうだけに癖のある長い髪を、細くて白い指先で梳いています。その仕草がまた、クリアケースで囲ってしばらく眺めていたいくらいに似合っています。
とても二年後の自分と同い年だとは思えません。
「胡桃さぁん、お連れしましたぁ!」
「よし、いったん全集しよう」
岩村先輩が市川先輩の手を握ったまま敬礼すると、立沢先輩が手を叩きました。練習試合に向けて会場設営をしていた私、藤島さん、霧咲さん、北山さんは、作業を中断して立沢先輩の元に集まります。
岩村先輩と立沢先輩が市川先輩を挟み、そこから時計回りに、宇奈月さん、霧咲さん、北山さん、藤島さん、私の順で輪になりました。
まずは立沢先輩が、市川先輩を紹介します。
「こちら、市川静。三年生。以前バレー部に入っていたことがあって、部の現状のことを話したら復帰に前向きになってくれて、今日は見学に来た。みんなの頑張り次第では、もしかすると一緒にプレーしてくれるかも」
しゃあしゃあと仰られる立沢先輩。市川先輩は細い目をさらに細くして隣の立沢先輩を一瞥しますが、すぐに諦めたように肩を落とし、顔に笑みを貼り付けて名乗りました。
「市川静、三年です。出身は石館第二。セッターをしていました。北地区でバレーをしていた人は、会場ですれ違ったことがあるかも。今日は、ちょっとお邪魔するけど……なんというか、その、よろしくね」
軽く頭を下げる市川先輩。私たちは声を揃えて「よろしくお願いします」と返します。そこからは、時計回りに自己紹介です。
「岩村万智、二年生です。石館第一中学出身。ポジションはレフトのウイングスパイカー。静ちゃんとは小学校が一緒で、同じバレークラブに入ってましたぁ」
「宇奈月実花です! 好きなサインはV! 今のところセッターをやっています!」
もう挨拶は済んでいるのか、市川先輩は軽く頷くだけで二人の自己紹介は終わります。
次は、霧咲さん。
「霞ヶ丘中出身、霧咲音々です。中学ではセッターをしていました」
元セッターという情報に何か思うところがあったのか、市川先輩の視線の動きがやや活発になります。意識されたことを感じた霧咲さんは、「高校ではアタッカーに挑戦してみたいと思っています」と付け足しました。
続いて、北山さん。
「美那川中学出身、北山梨衣菜っス! 中学時代は水泳部だったっスけど、漫画の『High-Q!!』にハマってバレーをしてみたいと思ったっス!」
市川先輩は生暖かい微笑みを浮かべました。
お次は、藤島さん。
「落山中学出身、藤島透です。よ、よろしくお願いします」
畏まった様子で自己紹介をする藤島さん。市川先輩はじっと藤島さんを見つめ、難しい顔で「うーん……」と首を傾げました。
「あなたのことは……見たような気がする」
「た、たぶん、戦ってはいるはずなので」
「ってことは、一年生で落中のレギュラーだったんだ。じゃあ、県選抜のエースっていうのは?」
「は、はい。私のこと……だと思います」
なんとも朧げな会話を交わすお二人。互いにピンとは来ていないようです。だとすると藤島さんを県選抜だと知っていたのは不自然ですが、考えてみれば簡単なことで、市川先輩のほうも立沢先輩から多少の事前情報を得て来ている――ということでしょう。
さておき、最後は私です。
「玉緒中学出身、三園ひかりです。中学ではリベロをしていました。よろしくお願いします」
私の出身中と名前を聞くと、市川先輩の細い目がにわかに大きくなりました。
「玉中の三園……って」
「はい。そういうことです」
私は被せ気味に肯定します。そういう反応をされるのは自己紹介をする前からわかっていたからです。私のほうはまだ市川先輩のことを思い出せずにいますが、北地区出身の二つ上、しかもあの館二のレギュラーだった市川先輩が『玉中の三園』を知らないはずがありません。
私と市川先輩、それと宇奈月さん以外のメンバーは、少し不思議そうな顔で私たちを見ましたが、すぐに進行役の立沢先輩が場を回します。
「じゃあ、紹介が済んだところで、一年生四人はわたしと設営の続き。万智と実花――それに静は、部室で着替えてきて。三人が戻ってきたら、静も含めてアップする」
立沢先輩は早口にそう言って、市川先輩に反駁する隙を与えません。いつになく強引な感じです。あるいは、相手が市川先輩だから、このような強気な態度を取っているのかもしれません。
市川先輩は諾々と従い、岩村先輩に連れられて部室へ向かいます。私たちは作業の続きに戻ります。そして、ちょうどベンチにパイプ椅子を並べ終えた頃。
「やっほー! 参上つかまつったわよー!!」
よく通る明るい声。見ると、私服姿の女の人が三人、扉のところに立っていました。
恐らくは、市川先輩関連で立沢先輩が声を掛けたという、城上女バレー部のOGでしょう。立沢先輩が真っ先に駆け寄って、挨拶をします。私たち一年生も立沢先輩の後ろに並びます。立沢先輩は、まず先輩方を私たちに紹介します。
「こちらは、川戸礼亜さん。わたしの二つ上で、当時の主将。レフトのウイングスパイカーをしていた。今は大学二年生」
「みんなからはカトレアって呼ばれてるわっ! 今日はお騒がせするけど、よろしくねっ!」
川戸先輩は、明るい声でそう言って、ウィンクしました。活発系な人のようです。
「その隣が、美森衣緒さん。わたしの一つ上。当時のポジションはセッター。今は――」
「浪人してます。てへっ★」
美森先輩は濁った目で舌を出しました。大丈夫でしょうか。
「衣緒さん、強く生きてください。それから、こちらが」
「初めまして。南五和高校OGの、片桐里奈。学年は礼亜と同じで、今は同じ大学に通ってるわ。当時は南五和の部長をしていて、ポジションはセンター。今日は南五の後輩共々よろしくね」
「「よろしくお願いします」」
それから、こちらも一人一人、名前と希望ポジションだけの簡単な自己紹介をしていきます。それが済むと、OGの皆さんは更衣室へ。そのうちに、宇奈月さんたちも戻ってきました。立沢先輩がOGの皆さんがいらっしゃったことを告げると、面識のある市川先輩と岩村先輩は更衣室へ挨拶に向かいました。
少し経ったあと、五人が戻ってきて、自己紹介がまだだった宇奈月さんが大声で名乗りを上げ、現役メンバーはアップを開始。OGのお三方は壁際で各々柔軟を始めました。
問題の市川先輩は、最初こそ距離の取り方を計りかねている様子でしたが、取り立てて不安そうだったり、緊張していたりといった様子はありませんでした。辞めたあともバレーを続けていたという前情報の通り、動きは滑らかで、北山さんにオーバーハンドの手ほどきをするほどです。徐々にですが、自然な笑顔も見せてくれるようになり、体育館は穏やかな雰囲気に包まれます。
案外このままあっさり部に復帰してくれるのではないか、と楽観的な気持ちになるくらい、私たちは順調に打ち解けていきました。
空気が変わったのは、対人パスの基礎練習が終わろうかという頃。
突如、がらがらがらっ、と乱暴に扉が開かれました。私たちは全員パスの手を止め、そちらを見ます。
城上女のものではない制服を着た人が仁王立ちしていました。
黄色い、と真っ先に思いました。ヘルメットのように丸いショートカット――その髪の色が、かき氷のレモンシロップの如く黄色いのです。金髪や茶髪のバリエーションとしてのイエローではなく、本当にそのもの真っ黄色です。
見るからに気合いの入った闖入者は、仁王立ちのまま体育館内を見回し、すぐに標的を発見、ピッコロのように高くて澄んだ声で叫びました。
「いいいいちかわあああああああああああ!!」
黄色さんはシューズも履かずに走り出そうとします。が、直後、後ろからばたばたと走り込んできた同じ制服の方々に取り押さえられました。
「あにすんだコラああああ!! 離せこっもががが!?」
あとから追いついたなで肩の人が、黄色さんの正面に回り込み、慣れた手つきでその口を封じます。私たちはただ呆然と眺めることしかできません。そうこうしているうちに、さらに遅れてやってきた(きちんとシューズに履き替えた)前髪ぱっつんショートカットの真面目そうな人が、ちょこちょこと申し訳なさそうに前へ出てきて、一礼しました。
「えー……その、驚かせてごめんなさい。南五和高校バレー部です。本日はよろしくお願いします」
なんだか、急に先行きが心配になってきました。




