59(静) 当日
新生・城上女バレー部が南五和と練習試合をするという当日。
私は完全に上の空で、授業が頭に入ってこなかった。
放課後はどんどん迫ってくる。正直に言えば、逃げ出したかった。
しかし、その気持ちは胡桃に読まれていたようで。
「失礼しまーす!」
いそいそと帰り支度を整えていると、元気な挨拶とともに見知らぬ子が現れた。すらりとした体型に、爽やかな黒髪ポニーテール。スカーフの色からすると、一年生のようだ。
まさか……と思って見つめていると、その子に続いてもう一人、栗色のボブカットの子がひょっこり顔を出した。
私はその子を知っている。岩村万智。年は一つ下。小学校時代に、バレークラブで私の後輩だった女の子だ。小柄で丸っこく、いかにもゆるふわ系のぽあぽあした雰囲気の持ち主だが、その内にとてつもないパワーを秘めている。
万智は教室を見回す。ほどなく私と目が合う。それはそれは嬉しそうに微笑まれた。
万智とポニーテールの一年生は、周りの三年生にぺこぺこ頭を下げながら私の元へ。
観念して、私は少しぎこちない微笑で二人を迎えた。
「や、やあ、ごきげんよう」
緊張して変な挨拶が出てきた。ごきげんようとか、何キャラで行くつもりだ、私。
「お久しぶりですぅ、しず――市川先輩」
「久しぶり……だね、万智。畏まらないで、呼び方は昔のままでいいよ。それと、あなたは」
「宇奈月実花と申します! 一年生です! 初めまして!」
眩しいくらいの笑顔に、騒がしいくらいの声。なかなかインパクトのある子だった。
「初めまして。私は市川静。その……」
どういう立場で接したらいいものか、と迷い、結局「三年生だよ」と至極わかりきったことを言った。
「というわけでぇ、静ちゃん。ちょっとご同行願いまぁすっ!」
「うん。まあ、そういうことなんだろうとは思ったけど……」
万智が胡桃と二人だけでバレー部を続けていたことは知っていた。万智の入部は私が辞めたあとの出来事だが、それでも、若干の負い目があるのは事実。この状況で万智を突き返せるほど、私は強情な人間じゃない。
けれど、かといって、ここでほいほいついていけるほどお気楽な性格でもない。そもそもそんなことができていたら、バレー部を辞めることだってなかっただろう。
仕方ない、行くしかない、と思っても、身体はそんなに素直には動かなかった。
腰が重い。あとは立ち上がるだけなのに、鞄の持ち手を掴んだところで、足が竦んでしまう。
そこへ、
「お荷物お持ちしましょうか?」
そう言って、ポニーテールの一年生――宇奈月さんは、持ち手を握り締めている私の手に自らの手を重ねてきた。驚いてその顔を見ると、彼女はにこにこと笑っていた。強張っていた全身が少しだけ弛緩する。
「あぁ、えぇ……」
「では、失礼しまして!」
私の曖昧な返事をイエスと受け取って、宇奈月さんは私の鞄を軽々と持ち上げる。そればかりか、シューズ袋や、着替えの入った袋も彼女が持ってしまう。私はすっかり手ぶらになる。すると、その手を、今度は万智に掴まれた。
「じゃあ、行こぉ、静ちゃん」
「そ、そう……ね」
「ほらぁ、早くぅ!」
万智に引っ張られ、私は自分の席を立つ。
拒むことなど、できるはずがなかった。




