58(ひかり) 本格始動
音成女子での練習――仮入部期間を終えて、私たちはついに本入部と相成りました。
成女の皆さんに送別会のようなものを開いていただいて(もちろんメインは岩村先輩と立沢先輩です)、県大会で会おうと送り出された翌日の、放課後。
私たちは、入部届を持参して、体育館に集合しました。
私たち、というのは、私、宇奈月さん、藤島さん、霧咲さん、北山さんの五人です。
残念ながら、あれから新入部員候補が増えることはありませんでした。しかし、こうして五人全員が入部を決めたことは、素直に喜ぶべきでしょう。
私たち五人の新入生、そして、主将の岩村先輩と、マネージャーの立沢先輩。
この七人で、城上女子高校バレーボール部、本格始動です。
さあ、そうと決まれば早速、練習しましょう、練習。
「で、早速だけど、明日、練習試合をするから」
「早速過ぎます!」
思わずツッコんでしまいました。立沢先輩は穏やかに微笑んで、概要を説明します。
「相手は南五和高校。通称、南五。中央地区の高校で、ここ数年は地区一位を譲ってない。県ベスト8級の中堅校だよ。明日の四時半くらいに、城上女に来てもらう予定」
「私も初耳なんですけどぉ、なんだか随分と急なお話ですねぇ?」
「昨日の今日決まったことだからね。ちょっと裏事情がある。というより、練習試合はオマケで、そっちのほうがメインなんだけど」
岩村先輩も私たちも、頭上に『?』を浮かべています。立沢先輩は、私たちを見回して、話を続けます。
「見ての通り、現在、選手は六人しかいない。試合には出られるし、あなたたちなら地区大会突破は可能だと思う。けれど、やはり、今のメンバーだけで県大会を勝ち抜くのは難しい」
大いに同感です。
「そういうわけで、戦力増強のため、わたしはこの一週間あれこれ画策してきた。明日の練習試合は、ある元バレー部員を復帰させる目的で組んだもの」
なんと、元バレー部員がいらっしゃったんですね。口ぶりからすると立沢先輩の同級生――三年生のようですが。
「あのぉ……その元バレー部員って、もしかして静ちゃんのことですかぁ?」
岩村先輩がそう言うと、立沢先輩は少し驚いた表情をしました。どうやら、岩村先輩の指摘は当たっているようです。
「万智、静を知ってるの?」
「はぁい。中学校は別々でしたけど、小学校が一緒で、同じバレークラブに入ってましたから。校内で静ちゃんを見かけたときから、なんでバレー部に入ってないんだろうってずっと不思議に思ってたんですよぉ」
「だとすると、静も万智のことを知ってるのかな」
「たぶん。話したことはないですけど、目が合ったことは何回かありますよぉ」
「そう……。うん、まあ、その静をね、復帰させようと思って」
立沢先輩は、こほん、と咳払いをします。
「というわけで、今回の標的は、市川静という三年生。出身は石館二中。二つ上の三年生が引退してから――つまり一年生のときから正セッターをしていたらしい。一年生の中で、覚えがある人はいる?」
立沢先輩の質問に、私と藤島さんと霧咲さんが答えます。
「お名前に心当たりはありませんが、二つ上の館二の正セッターなら間違いなく試合を見ているはずなので、会うか、プレーしている姿を見れば思い出すかもしれません」(私)
「私も、三園さんと同じ感じです。当時の館二とは実際に戦っているので、見てないはずがないんですが……。あの頃はとにかくボールを追うのに必死で、相手まで見てる余裕がなくて」(藤島さん)
「あたしは当時の館二とは接点なかったので、まるっきりピンと来ないです。けど、あの館二の正セッターで、しかも一年生のときからレギュラーだったなら、相当上手い人ですよね?」(霧咲さん)
「そうなんだよぉ! 静ちゃんのトスはそれはもう打ちやすいんだからぁ。音々ちゃんと実花ちゃんとはまた違う感じでぇ、すっごいセッターなんだよぉー!」(岩村先輩)
「そんな人が、どうして辞めちゃったっスか?」(北山さん)
「本当にそうなんだよねぇ。辞めたってことは、入部はしたってことだし。そのあたり詳しくお願いしまぁす、胡桃さん!」(岩村先輩)
「もちろん、そのことは今から話すつもり。静がバレー部を辞めた経緯は、今回の復帰作戦にも深く関わってくるからね」(立沢先輩)
「何があったんですか?」(宇奈月さん)
「一昨年のインハイ県予選のこと。当時の城上女と、南五和――今回の練習試合の相手ね――はベスト8をかけて対決した。試合は大熱戦で、第三セットまでもつれた。そして――」(立沢先輩)
立沢先輩は、訥々と、二年前のことについて話しました。
南五和のリベロのこと。
市川先輩のこと。
試合後のこと。
当時の三年生が引退してからのこと。
「――というわけ」
立沢先輩はそう締めくくりました。重たい沈黙が流れます。
「なるほどぉ……そんなことがあったんですかぁ」
最初に口を開いたのは、岩村先輩でした。
「静ちゃん、優しいからなぁ……」
岩村先輩は独り言のようにぼやきます。
市川先輩を直接知らない私たち一年生は、何も言えません。
バレーは基本的に対戦相手との接触がないスポーツですから、試合中に起きうる事故は限られてきます。捻挫で選手交替くらいならまだしも、人が倒れて試合中断なんて事態、想像もできません。
自分が市川先輩の立場だったら、まず冷静ではいられないと思います。それがきっかけでバレーを離れてしまうことも……ない、とは言い切れません。
「それは、その、無理に復帰させて、市川さんは本当に大丈夫なんですか?」
と藤島さん。ごもっともです。
「館二のセッター……一緒にプレーしてみたい気持ちはあるけど、そういう事情だと、あたしにはなんとも」
と霧咲さん。一歩引いた立ち位置からの発言。
「えっと、聞けば、三年生にはもう一人元部員がいるっスよね? まずはその方に復帰をお願いして、市川殿のことはそのあとでも……と自分は思うっスけど」
と北山さん。なかなか現実的な提言をします。
それぞれの立場から、思い思いの意見を口にしたお三方。しかし、此度の市川先輩復帰作戦には消極的である、という点では一致しているようです。
私も概ね同意見で、少々荒療治が過ぎるのではないか、と不安があるのは否めません。
私は、しかし、自分の考えを披露する前に、この人の意見を聞いてみたくなりました。
「宇奈月さんは、どうお考えですか?」
私が問い掛けると、宇奈月さんはにこにこ笑って、Vサインを見せました。
「私は大丈夫だと思うよ!」
言い切りました。
「何か、根拠があるんですか?」
「だって、しずしず先輩は辞めたあともバレーを続けてるんでしょ? それってつまり、バレーが好きってことでしょ? バレーが好きなら、なんの問題もないよ!!」
1+1より簡単なことだよ、と言わんばかりの笑顔。
私は呆気にとられます。他の一年生も私とほぼ同様の反応です。
けれど、岩村先輩と立沢先輩は、宇奈月さんの回答がツボに入ったらしく、くっくっと笑い声を上げました。
「実花ちゃんはぁ、いいこと言うねぇ」
「それほどでも!」
「静もあなたくらい単純ならよかったのに」
「それほどでも!」
いや、宇奈月さん、岩村先輩はともかく、立沢先輩はたぶんちょっとばかにしてますよ?
「ま、静復帰作戦は、確かに強引だとは思うけれど、今更あとには引けない。こうしてみんなに事情を話したのは、余計な混乱を招きたくなかったからってだけ。静のことは当事者でなんとかする。あなたたちは普通に試合してくれればいい。
それに、成女ほどじゃないにしろ、南五も結構強いよ。よそ事に気を遣っている余裕は、たぶんないと思う」
そう言えば、先程、南五和高校は中央一位だとおっしゃっていましたね。
県ベスト8クラスのチームを相手に、どこまで戦えるのか。
「あ、でも、一つだけ、お願いしたいことがある。これは……うん、万智と実花がいいかな」
「なんですかぁ?」
「練習試合当日、授業が終わったらその足で三年一組の教室に行って、静を引っ捕らえてきてほしい」
「合点でぇす!」
「私も承知です!」
二人の返事を聞くと、立沢先輩は頷いて、よしっ、と手を叩きました。
「じゃあ、話はこれくらいにして、練習を始めようか。主に基礎練だけど、最後に少しだけフォーメーションの確認をする。明日の南五戦は、音成のときとは勝手が違うから」
はい! と私たちは返事をします。
「それじゃ、万智、気入れよろしく」
「はぁい!」
岩村先輩は私たちの前に進み出て、すっ、と右手を前に出します。
私たちもそれに倣い、岩村先輩の右手に、すっ、と自分の右手を重ねます。
「それではぁ! 新生・城上女バレー部初練習、張り切って参りましょう!」
「「「おー!」」」
何はともあれ、私たち城上女子高校バレーボール部は、スタートを切りました。




