51(可那) 忘れられない一戦
部活が終わって携帯を見ると、珍しい相手からメールが来ていた。
内容は、近いうちに会えないか、というもの。あたしは、今から帰るから駅前でどうか、と返した。返事はすぐに来た。大丈夫、だそうだ。あたしは電車の発着時刻を調べて、細かい時間と場所を指定した。
――――――
約束の相手は、あたしが改札をくぐると、すぐ目の前に現れた。
あたしが見下ろせるほどに低い身長。耳が見えるか見えないかくらいの、さっぱりとしたショートのシャギーカット。あまり動かない表情と、真っ直ぐこちらを見据えてくる黒い瞳。顔の造形は悪くないが、ぱっと見は地味で、目立たない。ただ、無個性かというとそんなことはなくて、口数が少なくて頭のいいタイプが発する独特の雰囲気が、こいつにはある。
立沢胡桃。
あたしの中学時代の同級生。同じバレー部に所属していた。高校は別々だったが、あたしは選手として、胡桃はマネージャーとしてバレー部に入り、一度だけ、県大会でぶつかった。
あたしにとって、忘れられない一戦。
「久しぶり、可那」
「お、おう。久しぶり」
まともに話すのは、件の一戦のあとで何度か連絡を取り合って以来。一年半くらいのブランクがある。しかし、胡桃の態度はまったくそれを感じさせない、昔通りのものだった。
そういうところが、なんというか、胡桃らしい。
あたしにとって人付き合いはリアルタイム進行のオンラインアクションゲームだが、胡桃にとっては、たぶんセーブ&ロード方式の一人用ロールプレイングゲームの感覚に近いのだろう。
「とりあえず、どこか、入る?」
「あー、うん、そうだな」
あたしたちは、駅前にあるハンバーガーショップに向かった。夕食時は完全に過ぎているので、店内はほどよくすいていた。あたしはお腹が減っていたので、新作バーガーのセットを。胡桃はチョコパイとコーヒーを注文した。
「んで、話って?」
ハンバーガーを食べているうちに、昔の感覚が戻ってきた。あたしはポテトをつまみながら、中学時代のようにフランクに話す。
「前置きは長くなるんだけど、メインは二年前のこと」
ま、そうだろうな。
胡桃は断りの通り、まず長い前置きを話し始めた。あたしたちとの試合のあとの、城上女子高校バレー部のこと。今年入ってきた新入生のこと。
「ちょ、ちょい待て! 一年があの音成――毒蜜蜂《Killer Honey Bee》に勝っただと? ありえねえだろ」
「ありえた。だからこそ、わたしは今ここで可那と話してる」
「んなバカなことが……」
「ひとまず呑み込んで。音成の件は本題ではないから」
「お、おう」
そして、胡桃は本題である、あいつのことを話し始めた。
市川静。
一昨年のインハイ県予選で、あたしを、病院送りにした相手。
「――というわけ」
胡桃は話を終える。あたしはポテトを食べながら、胡桃を睨む。
「……んでそれを二年前に言わねえんだよ」
「言ったら、可那、何が何でも城上女に怒鳴り込んできそうだったから」
「まあな。つか、勝手に過去形にすんなよ。あたしは今でもあいつに直接会いてえし、今の話を聞いて、ますますその気持ちは強くなったぜ」
あたしがそう言うと、胡桃は、僅かに微笑んだ。
それは、胡桃が一番生き生きしているとき――謀があるときの笑みだった。
「やっぱり、可那は可那だね」
「あん? ばかにしてんのかコラ?」
「うん。バカなところが、素敵だなって」
「よし、喧嘩売ってんだな? 言い値で買うぜ?」
まあまあ、と胡桃は食べかけのチョコパイを差し出した。あたしはそれを奪って、口に放り込んだ。
「可那」
「んだよ」
「城上女に来て。静に会って」
胡桃は真っ直ぐあたしを見る。ごくん、とあたしは口の中に残っていたチョコパイを飲み込んで、訝るように目を細める。
「……本当にいいんだな?」
「うん。あの時とは事情が変わった」
「そうか……」
あたしは、仰け反るように椅子にもたれ、はあああ、と盛大に溜息をついた。
「勝手に人を待たせて勝手に手の平返しとか……不愉快極まりねえ」
「それで、返事は?」
「ああ? 決まってんだろ、コラ」
あたしは仰け反った状態から見下すように胡桃を睨み、そして、上体を起こして顔を胡桃のすぐ前まで近付けた。
「思いっきり凹ませてやるから、覚悟しとけ」
あたしがそう言って笑うと、胡桃も目を細めて微笑んだ。
「どうやって?」
「んなもん、やり方は一つしかねえだろ」
あたしは目を閉じる。二年前の光景が、瞼の裏に蘇る。
「試合の続きをしようぜ。あたしのせいで半端に終わっちまった、あのときの続きをよ」




