44(ひかり) 三度目
タイムアウト明け。スコアは23―20。何やら成女チームの迫力が増したように思います。なればこそ、ここで突き放しておきたい。
こちらのサーブは、岩村先輩。
ボールはリベロの浦賀先輩のところへ。セッターに返ります。そして――おや、センターの鈴木さんが速攻に入りません。ライトにでも回るつもりでしょうか。否、トスはそのままレフトに上がりました。
レフトブロッカーの藤島さんも主審側(こちらにとってはライト側。相手にとってはレフト側)に寄って、三枚ブロックでスパイクを止めにいきます。
打つのは鞠川先輩。そのスパイクは――、
「っ……!!?」
咄嗟に両腕で顔を庇いました。そのうち左腕のほうがボールに当たって諸共消し飛びました(比喩です)。
何が起こったのかというと、もの凄いスピードのボールが藤島さんの腕の隙間から私の顔面に向かって飛んできたのです。顔に飛んでくるくらいは日常茶飯事なので構わないのですが、さすがにあの速度は反則です。感覚の戻ってきた左腕がじんじんします。
「ご、ごめん、三園さん! 大丈夫!?」
ブロックを抜かれた藤島さんが大慌てで私のところに駆け寄ってきます。あまりにも顔が真っ青なので、一瞬、私は自分がダンプカーか何かにでも撥ねられたのかと思いました。
「大丈夫です。ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「ほ、本当に? 痛くない?」
「痛いですが、怪我をしているわけではありません」
「こ、恐い思いとか、してない?」
「いえ。ノーマークだったらと思うとぞっとしますが、幸い今は頼れる藤島さんがいますゆえ」
「たっ、たっ、たたたたた!?」
突如として打楽器に変身した藤島さんは、顔を真っ赤にしてネット際に戻っていきました。
何はともあれ、これで、23―21。
あちらのサーブは……と、来てしまいました。
本日三度目の、獅子塚美波先輩です。
この場面で、成女の一番強いローテ。
「霧咲さん、宇奈月さん」
私は二人に呼び掛けます。ここは確実に一本で切りたいところですから、守備位置は成功例のある四人レシーブ体制がいいでしょう。
「ま、仕方ないわね」
霧咲さん、苦笑いです。ミドルブロッカーとして試合に臨んだはずなのに、都合三度目のセッター。力不足で申し訳ない限りです。
「大丈夫だぜ、ねねちん! ラリーが始まったらセッターチェンジするからっ!」
宇奈月さんはそう言って霧咲さんの肩を叩き(霧咲さんは何やら複雑な表情で宇奈月さんを見返します)、続いて藤島さんの肩を叩きに行きます。攻撃パターンの確認でしょうか。それが済むと、宇奈月さんは守備位置につきました。
笛が鳴ります。獅子塚先輩は数秒ほどじっとこちらのコートを見つめて、それから動き出します。
ばしっ、と打ち出された無回転のボールは、ちょうど私たち全員から等距離のところへ飛んできます。
全員から等距離なら、私が拾うべきボール。
「任せてください!」
私は声を張り上げ、落下点に走ります。
そのとき、くっ、とボールの軌道が僅かに下向きにズレます。落ちるボール。どうやら私が後ろから飛び出して拾いにいくところまで計算済みのようです。このまま走るだけでは届きません。
なら、飛ぶしかないでしょう。
「っ――霧咲さん、高いです!」
私はフライングレシーブでボールを掬い上げます。しかし、カットはかなりネットに近いです。誰も手を触れなければ相手コートに返ってしまい、ダイレクトスパイクを決められてしまうでしょう。
「問題ないわっ! 来い、宇奈月!」
「言われなくともー!!」
霧咲さんがネットの遥か上で私のカットを捉えます。霧咲さんはトスを、しかし宇奈月さんではなく、レフトの藤島さんへ。
私ははっと息を飲みます。
ともすればダイレクトスパイクを打たれそうな、決してトスしやすいとは言えないカット。たとえコンタクトできたとしても、サイドへ長いトスを上げようとすれば、今度はホールディングやダブルコンタクトの反則を取られる恐れがあります。
それを、あんなに自然に繋ぐとは。
高いセットアップからの、速く滑らかなトス。
其は白帯に舞い降りる雪の如く。
霞ヶ丘中の〝白刃〟――さすがの切れ味です。
「とーるう! ブロック二枚!!」
しかしながら、相手も然る者。175センチ――現コート上で藤島さんに次ぐ長身を誇る鈴木アンドロメダさんは、霧咲さんの鮮やかなトス回しに食らいつき、ライトブロッカーの佐間田先輩に並んで、ネット上に隙のない壁を作り上げます。
「フォロー、オーケーです!」
藤島さんは、果たして、相手の二枚ブロックに対し、
とっ、
とフェイント(!)を落としました。
ほとんど自由落下に近い死んだボールが、ブロックの裏、私から見てやや右寄りの空白へ。
決まる、
と私はほとんど確信しました。しかし、
「そうは問屋が――」
弾丸のように駆けてくる人影。
「卸さねーよぃ!!」
「ナイス、マリチカ!!」
走る勢いそのままに飛び込んでワンハンドレシーブを上げたのは、鞠川千嘉先輩。
「アン! 芽衣! 行くわよっ!!」
ふわりとネット際に上がった(片手とは思えないコントロールです)ボールを、獅子塚先輩はジャンプトスでセンターの速攻に繋げます。
電光石火の切り返し。霧咲さんと宇奈月さんが跳んで、辛うじてワンタッチ。ボールは北山さんの頭を超え、私から見て右へ。
「三園殿おおー、頼むっス!!」
「頼まれました!」
負けていられません。私は走り、飛んで、ボールをセッターに返します。
少々力任せに上げたボールは、ライナー気味の軌道で、セッターの定位置よりややレフト側へ。
「ねねちん、ライトに回れーい!!」
「オーケー!!」
フライングレシーブで副審側にいった鞠川先輩が戻り切る前に、主審側から攻撃するつもりでしょうか。宇奈月さんはレフト側に上がったボールの下に走り込み、そして跳び、
――ずばんっ!
目にも止まらぬ振りの速さ。
レフト側へ走り込みながら跳んだ宇奈月さんは、私の上げたボールをそのまま左手で相手コートに叩き込みました。
レフトの藤島さんをマークしていた佐間田先輩、ライトに回った霧咲さんを追った鈴木さん、二人のブロッカーの虚を衝いて、完全ノーマークで放たれた宇奈月さんのツーアタックは、
「っとと……さすがの両打ちだねぃ」
アタックライン際、唯一宇奈月さんのツーアタックに反応し、レフトに戻る途中でレシーブの構えを取った鞠川先輩の足下に落ちて、高々と跳ね上がりました。
24―21。
城上女の、マッチポイント。
「わああぁぁ! すごいっ! すごいよ、実花ちゃんっ!」
真っ先に喜びをあらわにしたのは、ツーアタックの瞬間を目の前で見ていた、岩村先輩。
「えっへへー! それほどでもっ!!」
宇奈月さんは、にこにこ顔で振り返って、Vサインを見せました。




