42(ひかり) 流れ
試合は佳境を迎えていました。大方の予想に反して、先に20点台に乗ったのは、私たちです。
20―18。
宇奈月さんが運動能力の高い北山さんをブロックで上手く使い、相手を引っ掻き回して、連続得点。
しかし、成女も立て直してきます。
安定したサーブカットから、再びセンターの速攻。
だんっ、と高くて速いスパイクがクロスへ決まります。
「よしっ!」
東先輩は喜びを隠そうともせずガッツポーズ。かなり本気です。試合が始まった頃とは、明らかに顔つきが違います。
こちらは一年生ばかりの即席チーム。成女キャプテンの相原先輩を気前よく貸し出してくださった経緯からして、歓迎の意味を込めた実戦形式の練習、くらいに最初は思っていたはずです。
それが、今は本番さながら、気迫を剥き出しにしています。
むろん、大歓迎です。そうこなくては面白くありません。
「頑張って」
「はい」
私は相原先輩と手を合わせ、熱気の充満するコートに入ります。
スコアは、20―19。相手のサーブは東先輩。こちらは、レフトに宇奈月さん、センターに岩村先輩、ライトに北山さん。宇奈月さんのレフト平行と、岩村先輩のセンターセミ、といったところでしょうか。
「ひかりん!」
不意に、宇奈月さんの声。はっ、とそちらを見ると、何やらむにゃむにゃと口を動かしています。視線の動きも合わせて考えると、どうやら再び奇策に打って出るつもりのご様子。
やれやれ、です。ちゃんと釘を刺しておいて正解でした。
審判の笛が鳴り、サーブが飛んできます。ボールは私のところへ。私はそれをセットアップした霧咲さんへ。
「レフトレフトー!!」
「せんたぁー!!」
宇奈月さんと岩村先輩が張り合うようにトスを要求。私はフォローのためにフロントゾーンに上がります。そして、
ぽすっ、
と気の抜けた炭酸のようなスパイクが、相手コート中央に落ちます。
打ったのは、めちゃくちゃな踏み込みでライトから速攻に入った、北山さん。
本日二度目、北山さんの人生でも二度目だと思われる、Aクイック。
一度目同様、完全ノーマークでした。相手センターの鈴木アンドロメダさんは口をぽかんと開けています。作戦成功、です。
「おっ! おお? なんか変な感じっス!!」
「決めたんだからいいんだよ、まりーな!!」
「そうだよぉ、梨衣菜ちゃん! もっと喜んでぇ!」
手の片側でしかボールを捉えられなかった北山さんは何やら歯の間に物が詰まったような顔をしていましたが、宇奈月さんや岩村先輩ははしゃいでいました。
「ふう……ひやひやしたわ」
「大丈夫です。もし北山さんが空振りしても、返す準備はできていました」
冷や汗を拭う霧咲さんに、私はオーバーハンドの仕草をしてみせます。
「えっ……ええ、っと……?」
唯一何の伝達も受けていなかった藤島さんは、目をぱちくりさせていました。それはそうでしょう。宇奈月さんも今日はもう無理と言っていた、まぐれ当たりの速攻を再び成功させたのですから。もちろん、まるっきり偶然に頼ったわけでもないようで、
「ねねちんならできると思ってたぜー! むちゅー!」
「ちょ、くっつかないでよ! 鬱陶しい!」
どうやら、自分は無理でも、霧咲さんなら北山さんに合わせられる、と宇奈月さんは踏んだようです。確かに、セットアップの高い霧咲さんなら、空中のより近い位置で北山さんの腕の振りを見ることができますから、宇奈月さんのときに比べれば分の悪い賭けではありません。
いずれにせよ、三度目はないでしょう。相手が警戒してくることもそうですが、何より、北山さんはここで後衛に下がります。
21―19。
サーブは、北山さん。
「行きまーっス!!」
とても気合いの入った声。これは期待に胸が膨らみます。
ぺすっ、
「うわああ!? なぜっスかー!?」
ネットにも届きませんでした。まあ現実はこんなものです。だからこそ、誰もが練習に励むわけですし。
「ドンマイです、北山さん。切り替えていきましょう」
「うっス! しゃー来ーいっス!!」
本当に一瞬で切り替えました。すごいメンタルです。
スコアは、21―20。
相手のサーブは裏エースの柴田先輩。つまり、前衛に鞠川先輩が上がってきたということ。
こちらの前衛は、霧咲さん、宇奈月さん、岩村先輩。セッターは宇奈月さんに戻ります。
私の守備位置はど真ん中。
さあ来いです。全部拾ってやりますよ。
ばしっ、とボールが打たれます。霧咲さんと藤島さんの中間辺りへ。霧咲さんがオーバーハンドの構えを取りますが、私はそこへ走り込みながら声をかけます。
「私が取ります! 霧咲さんは攻撃へ!」
「っ――! 頼むわ、三園!」
私はボールの落下点へ回り込み、足腰を使ってカットを宇奈月さんに返します。
「ねねちん、速攻っ!」
「わかってるわよ!」
切り込む霧咲さん。その身体が高く跳び上がります。が、ボールは霧咲さんではなく、その裏に回っていた岩村先輩へ。
「やっちゃってください! まっちー先輩!!」
「はぁーい! やっちゃいまぁす!!」
ずごんっ、とボールは霧咲さんの囮が生み出したブロックの隙を突いて、クロスへ決まります。
はっ! そして今のスパイクでようやく思い出しました。私、中学時代の岩村先輩をベンチから見てます。
たった一人で私たち玉緒中のブロッカー陣を粉砕した、石館一中のエース。
一つ上の先輩曰く、県の陸上大会に砲丸投げの選手として出場し、『ワインドアップ投法で20メートル以上投げた』伝説を作ったらしいです。
むろんこれは誇張表現(注1:砲丸投げでワインドアップ投法は反則です。注2:女子砲丸投げで20メートル以上の記録を出したらジュニアオリンピックに呼ばれます)でしょうが、岩村先輩が中学生女子砲丸投げの県記録を持っているのは事実だそうです。
その破壊力抜群のスパイクから、ついた異名が館一の〝ガンタンク〟。
たとえ身長が平均以下でも、肩の強さは県記録の折り紙付き。県内最強クラスの豪腕アタッカー。
本当に、高校では味方で良かったです。
「ナイスキーです! まっちー先輩っ!!」
「ありがとぉー」
「ちょっと宇奈月、次はあたしって言ったわよね!?」
「ちっちっちー! 敵を騙すにはまず味方からだよ、ねねちん!!」
かくして一発でサイドアウトを取り、22―20。
岩村先輩が後衛に下がり、藤島さんが前衛に上がります。私はその大きな背中に向かって声をかけます。
「藤島さん、あと3点です。全部決めてください」
「わっ、わた、がっ、頑張る!」
私は定位置に戻ります。と、北山さんが話し掛けてきました。
「三園殿、ちょっといいっスか?」
「はい。どうしましたか?」
「あのっ、自分、ここまで来たら勝ちたいっス!」
「私は最初からそのつもりでしたが」
「ふえっ、う、えっと! なので、その、三園殿と自分の守備位置を交換しないっスか?」
つまり、私がバックセンター、北山さんがバックライトに変わるということです。バックライトは、後衛のセッターがよく務めるポジションであり、比較的ファーストタッチが少ない守備位置です。
「私は吝かではありませんが、北山さんはそれでいいんですか?」
「ハイっス。自分なりにずっと周りを見てたっスけど、今はこれがベストな気がするんス」
「わかりました。宇奈月さんが前衛にいる間は、それでいきましょう」
「ありがとうっス、三園殿!」
「ただし、気をつけてください。バックライトは、ブロックがストレート方向を塞いでいるのでレフトから強打されにくいですが、その分フェイントやブロックアウトなど、予測しにくいボールが多く飛んできますゆえ」
「うっス!!」
そして、密談を終えたところで、岩村先輩のサーブを待ちます。
ばしっ、と放たれたボールは柴田先輩のところへ。柴田先輩はそれを丁寧にカットして、セッターへ返します。
向こうの攻撃は二枚。センターの鈴木アンドロメダさんと、レフトエースの鞠川千嘉先輩。
セッターの獅子塚先輩は、鈴木さんのAクイックを使ってきます。
おっと、言ったそばから、北山さんのところにボールが飛んでいきそうな気配です。バックライトのファーストタッチが少ないのは、ひとえに相手の攻撃がレフト中心であること、その際ブロッカーがストレートを塞ぐことを前提にしているので、センターやライトからの攻撃はその限りではありません。
私は重心をライトに移します。いつでも北山さんのフォローに入れるように。
しかし、それは杞憂でした。
だっ、ばんっ!
ボールと腕とが激しくぶつかる音が、一瞬のうちに二回。
鈴木さんの速攻を、藤島さんが一人で止めました。
私の目には、藤島さんが空中で腕を右側に動かしたように見えました。わざとターン方向を空けて打たせ、相手のインパクトの瞬間にそちらを塞ぎにいったのでしょうか。ネット上の攻防は門外漢ですが、とにかく藤島さんが何かしたのは確実のようです。
なんとなれば、藤島さんが私に振り返って、小さくガッツポーズをしてきたからです。
23―20。
流れ、来てます。
「ヘーイ、タイムアウトお願いしまーす!!」
ここで成女が二度目のタイムアウト。当然の判断でしょう。
いよいよ試合も大詰め。
ここが正念場、です。




