248(笑美) 大物喰い
「ん――?」
先輩は不意に立ち止まると、ジャージの裾を引かれたように後ろを振り返った。
「どうかしました?」
「なんか今、とんでもねー単語が聞こえた気がしたんだが」
「私は何も聞こえませんでしたけど……」
そんなことより早く戻りましょうよ、というニュアンスを言外に込めて、私は止めていた足を再び動かす。先輩は首を傾げながらも、後に回すか、と言ってすんなりついてきてくれた。
やがて私たちは、早く早くー、と手招きする双子の先輩たちに追いつく。ポジション的に二人には先に行っていてほしかったが――もはや五十歩百歩か。
「そんでそんで、シャル、あのでっかい子ナニモノなの?」
「トール、とか言ってたよね? やっぱ県選抜?」
好奇心に目を輝かせ、左右から迫ってくる先輩たち。私は同じ顔を一度ずつ見て頷く。
「彼女は藤島透と言って、私と同期の県選抜でレフトエースをしてました。それと、キャプテンたちの代でも控えで出場してますよ」
「二期連続とは大したもんだな。あのガタイならさもありなんだが――そんな大物がなんで四強・八強に選手として出てねーんだよ」
「それは私も不思議でしたけど……あの制服、どこかの無名校に進学したみたいですね」
「城上女子、って言ってたよ」
「シロノボリ……んー? なんか聞いたことあるような?」
「城上なら、北地区の地名ですね。透も北地区出身ですから間違いないかと」
「いや、地名とかじゃなくて、もっと身近なところで――」
「あっ、わかった! 二年前のインハイ予選だよ! 先輩たちが戦ってた!」
「それだ!」
「よく覚えてんな」
「いやー、あそこね、初日の八強決めで南五和とアクシデントってたんだ。たまたま応援席から見てたんだけど」
「終盤で南五和のリベロが倒れて途中棄権したんだよね――って、アレ今思えば黄色ちゃんだ!?」
「あの暴れ鳥が倒れただぁ? なんだよ、城上は凄腕の猟師でも雇ってたのか?」
「どうだったかな。確かピンチサーバーが出てきて、そのまま……とかだったような」
「なんにせよ、その時の城上女子はベスト8を争うくらいの力はあったよ。ただ、その後はとんと名前聞いてないけどね」
「その学年だけ強かったんですかね?」
「それか当時の監督が敏腕だったとか!」
「まあ、城上については大体わかったわ。肝心なのは、そこにフジシマトールが入ってどうなるかだ。エースが良くても他がパッとしねーんじゃ、北だと暴君に潰されて終わりだろ」
「シャル、藤島ちゃん以外に知ってる子いたー?」
「いえ、県選抜では見かけなかったと思います。でも、全員一年生なら大分すごいですよ。透を除いても170以上が二人いましたから」
「言われてみりゃ、眼鏡のお嬢ちゃんはお前らと同じくらいあったな」
「眼鏡の――そうだ、あの子……僕らのこと、一目で見分けたんだよね」
「なんのことですか?」
「いや、シャルが来る前ね、眼鏡の子が、僕が落としたタオルを届けてくれたんだけど――」
「あっ、そう言えば、あの時は私と喜々くんが一緒に並んでたっけ! 普通に喜々くんのほう行ったから、軽く話したりしたのかと思ったけど」
「ぜんぜん、トイレの前で一瞬すれ違っただけ。声も掛けてないし、目も合ってない」
「えっ、なにそれちょー面白い子じゃね!?」
「でっしょー!? 僕、びっくりしちゃってさ! あー、名前聞いとけばよかったなー」
「きっとインハイ予選でまた会えますよ」
「そのへんは蓋を開けてのお楽しみか……けど、ただ一つ確かなのは」
「「なのは?」
「あいつらが見据えてんのは、四強だってことだ」
言って、先輩は走っていた足を止める。コートへ通じる扉の前に着いたのだ。
「でなきゃ、八強以上しかいない大会二日目にいた説明がつかねえ。まさか物見遊山じゃあるまいし、狙ってんだろ――大物喰い」
「「だったらどうする、ゴリさん?」」
「喰らい返してやるまでだ。今からそうするみてーにな!」
猛々しく歯を見せながら、ばぁん、と勢いよく扉を開く先輩。
ようやく現れた柏木大附属の主砲と機軸に、味方ばかりか敵からも鋭い視線が飛んでくる。
ブロック大会県予選、第二日目、Cコート準々決勝――相手は南地区一位、福智学園武岡。
同じ南地区出身の私たちにとっては、小学生の頃から馴染みの相手。
だからこそ、よく理解している。
あの人たちは、同地区の贔屓目を抜きにしても、準シードの中で最も手強い相手だと。
「よーし! 初っ端はクロちゃんズが相手だなー!」
「今日はどんな感じにいたしますかい、ゴリさんの旦那?」
「勝手知ったるヤツらだ。今更、軽侮も警戒もしねえ――」
ばさっ、と先輩はジャージを脱ぎ捨てて、悠然とコート内へ歩み出る。
「美味しく楽しく喰らったろうや!」
……えっと、ばっちり決めているところすみませんが、このジャージって私が拾わないといけない感じですかね……?




