247(ひかり) 定番
――Cコート観客席
「終わっちゃった……んだ……」
精も根も尽き果てたようにがっくりと項垂れ、カメラを止める藤島さん。
会話の端々から察するに館商目線で試合を見ていた藤島さんですが、その横顔からは濃い気疲れの色が伺えるだけで、結果について思うところまでは見えてきません。
ただ、恐らくは館商の敗退を惜しむ気持ちが大半なのでしょう。しかし、そう思っていることを表に出して、万が一でも藤本先輩に伝わってしまえば先方が気分を害されることは想像に難くなく、その際の不機嫌そうに舌打ちする藤本先輩(イメージ)と自身の率直な気持ちとの間で板挟みになっているものと思われます。
何にせよ、いずれ館商とは確実に、音成とも高確率で対戦するであろうことについては、その頭からすっぽり抜け落ちているのでしょうね。
藤島さんには城上女子のエースとして、藤本先輩や鞠川先輩に伍する大活躍をご期待したいのですが、カメラ係の任務を終えてお疲れの今は、何も言わずに背中をさすって差し上げるとしましょう。
「ひゃっ、みそ、ふへえ――!?」
……はて? そんなに自分のほっぺたを何度もつねったりして、いかがされましたか藤島さん? ああ、いけません、頰が赤くなっているじゃありませんか。あんまり強くつねってはダメですよ。
「ナデナデ、からの、ペタペタだと……っ!?」
「罪作りな子やで、ひかりんッ!!」
「よくわかりませんが、不愉快です(×2)」
さて、宇奈月さんと栄さんは放置するとして、見るべきものも見ましたし、私たちは一旦本陣へ帰還するとしましょうかね。
「あっ、その前に、私、ちょっとお手洗いに……」
やや、これは失礼しました。では、カメラが私が預かりま――。
「はいはーい! カメラは私が持ってったげるねー! だからひかりちゃんは透くんに付いてってあげるといいよ!」
「由紀恵、そのカメラ胡桃のだからね? 壊したりしないでね?」
「ふーん? じゃあ静が持ってー」
「えっ、うん、いいけど――なんだろう、なんか納得いかない、この流れ……」
「えっと、では、藤島さん。先輩指令によりお伴いたします」
「う、うん。よろしくね、三園さん」
「あっ、じゃあ特に用はないけど私もついてくね! ぶいっ!」
「特に用がないなら、ついてこなくていいのでは……?」
「『わけがわからないよ』って顔できょとんとするのやめて!? 何がなくともつるむのが女子高生のジャスティスでしょ!?」
「などとおっしゃっておりますが、いかがします?」
「わ、私は構わないよ。……二人っきりだと緊張しちゃってうまく話せる自信ないし……」
後半何かごにょごにょと呟いていた藤島さんですが、ひとまず否やはないご様子。
「ウチらはどうする、希和?」
「そうね……試合中は頻繁に(恐怖で)催したけれど、今はそんなでもないかしら」
「ほな、由紀恵さんたちと一緒に戻ろか。なんや、ちょうどAコートは聖レが出てきたみたいやし」
「なんですって!? ――わっ、マジじゃないの! 早く戻って天理お姉様の正装姿を拝まないと!」
「……あの、希和って、天理とどんな関係なの?」
「メル友なんやて」
「ほら、夕里! 喋ってないでさっさと行くわよ!」
「キミ、偶像が絡むと人格変わるタイプなんやな……」
「じゃ、静、私たちも!」
「うん。じゃあ、三人とも、またあとでね」
「気をつけるんだよー、特に透くん!」
「えっ? 何に、ですか……?」
ぽむんっ、と藤島さんの肩に手を置いて、にっこりと笑む油町先輩。
「だって、偵察に来た大会会場でトイレに行く=強豪の人と遭遇って定番だもん! フラグ回収できるといいねっ! ふぁいとー!」
言うだけ言うと、ぱっかりと口を開けて真っ青になる藤島さんにくるりと背を向けて、油町先輩はご機嫌に去っていくのでした。
――――――
まるで会場内に大量のゾンビが湧いたかの如く、きょろきょろと周りを警戒しながら歩いていく藤島さん。
「そんなにびくびくしなくて大丈夫ですよ、藤島さん。そもそも、強豪の人は今から試合なのですから、皆さんコートに集まってますって」
「で、でも、試合が終わった強豪の人もいる、よね……?」
「試合が終わった強豪の人は、四分の三が知り合いです」
音成女子や石館商業や南五和の方々と出会っても、お疲れ様です、と挨拶すればそれでおしまいでしょう。
「っ……つまり、いちいさんと会っちゃうかもってこと? このタイミングで?」
「おっと――その場合は、確かに少々気まずいですね」
「少々どころじゃないよぉ! 大々だよぉ……っ!」
「いーちー先輩たちの本陣は反対側だったから、こっちの区画には来ないと思うよ!」
おっ、ナイスフォローです、宇奈月さん。
「そ、そうなの……? なら、ちょっと安心できる、かな……」
「そうですよ。それに、藤島さんは一人ではありません。私がついておりますゆえ」
「うぅぅ、ありがとう、三園さん……っ!」
「私もいるよ、とーるう!」
「実花もありがとぉ……!」
ようやく藤島さんが元気を取り戻してくれました。これで、あとは用を済ませるだけで――。
「ちょいといいかな、そこの彼女たち!」
「どひゃあっ!?」
まさかの背後からの急襲! 藤島さんが飛び上がっているうちに、白いジャージを着た長身の人がこちらの進行方向に回り込んできました。すわ戦闘開始、でしょうか……?
「急にごめんね! 訊きたいんだけど、こんな顔したヤツを見なかった?」
「いえ、そんなお顔を見るのはあなたが初めてですね!」
自分の顔を指でぐるぐると示しながら、その人は大慌てで言いました。どうやら今、この会場には変装の得意な大怪盗が紛れ込んでいるようです。というか、この状況と質問内容で即答って、宇奈月さん本当に順応力高いですね。
「そっかー! んー、じゃあ本当に花摘みが長引いてるのかー、どうすっかなー」
「あっ、で、では、私たちはこのへんで……」
藤島さんは逃げ出そうとしています。そして白ジャージの人の脇をすり抜け、そろそろと歩いて行った先で――。
「うおっ!?」
「ぷぎゃっ!?」
どんっ!
と死角からの衝突! なんと、藤島さんは挟み撃ちにされてしまいました! 曲がり角から飛び出してきたのは、藤島さんに見劣りしない体格の、これまた白いジャージを纏った……ちょっとすぐには適切な言葉が出てこないほどの美人さんです。
「あぁ?」
「ふぇっ……?」
どちらも衝撃を半身になって堪えた結果、クロスカウンターで殴り合って互いに譲らなかったみたいな構図で向き合う両者。
が、膠着状態はほんの一瞬でした。
「ひゃぅっ! ごめんなさいごめんなさい……!」
その場で小さく丸くなる藤島さん。回避率と防御力がアップします。と、藤島さんで遮られていた視界が開け、大怪盗を追ってらした方が「あっ!」と声を上げました。
「見つけたぜ、ゴリさん! ……って、キキくんは?」
「遅えから置いてきた」
「ひどくねっ!?」
「まぁ、ぼちぼち追いつくだろ」
ジャージで一目瞭然ですが、やはりお仲間さんだったようです。と、そこへ、
「むあああてええええ――ゴリさあああん……っ!」
と頓狂な雄叫びが聞こえ、ずだだだっ、と曲がり角からまた新たな人物がやってきました。って! おおっ、本当に『こんな顔』した人でした!?
「わあ、キキくん!」
「おう、ララちゃん!」
ぱあんっ、と同じ顔の二人は特に意味はなさそうなハイタッチを交わします。「ちゃんと手洗ったの?」「忘れちった!」「ぎゃーばっちぃー!」「うっそーん! ちゃんと洗ったよー!」「偉い偉い!」というテンポのいい会話からもわかる通り、双子なのでしょう。いやはや本当に瓜二人です。というか、この方々はもしかして――。
「……オイ」
「ひぇうっ!?」
私が双子星のお二人に気を取られていた間に、藤島さんがピンチを迎えていました。美人さんは、殻にこもるで万全の防御態勢を取っていた藤島さんの肩を掴むと、くの字に縮こまっていた上体を強引に起こしていきます。
「なかなか硬えな。しかも、こりゃあ180――いや、ちょっと超えてるか? へえ……いいカラダしてるじゃねーか、お嬢ちゃん」
「わっ、私なんて全然おいしくないですからぁ!」
「味はともかく、大物には違いねえな――」
垂涎しても絵になる壮絶な笑みを浮かべ、捕らえた獲物を吟味するように藤島さんから距離を取ると、美人さんは堂に入ったモデル立ちで凄みました。
「……ナニモンだ、てめえ……」
その一方ならぬ美しさと鍛え上げられた肉体は、むしろ誰何したいのはこちらですくらいのものですが……その前に、威張られて混乱したのでしょう、わたわたしている藤島さんを落ち着かせなくてはなりません。しかし、どうやって収集をつけたものでしょうか――と、その時でした。
「あ、あのっ、何かあったんですか……?」
困惑した様子で割り込んできたのは、なんと霧咲さん! さらに後ろからは北山さんまで! 藤島さん、起死回生のバトンタッチです。
「おう、さっきのお嬢ちゃんか。血相変えてどうしたんだ?」
「ご、剛璃さん……! えっと、あたし、その――」
おおっと! 霧咲さん、なぜか既に魅了状態! どうやらここへ来る前にひと絡みあったようです。
「ちょっと、渡したいものがあって。これをお連れの方に――えっ? あっ、すみません、どうぞ」
双子星の方々に視線をやった霧咲さんは、同じ顔が並んでいることに一瞬戸惑ったようでしたが、すぐに気を取り直し、追われていた方(後から現れた方)に持っていたタオルを差し出しました。
「なにこれ? もしかしてプレゼント?」
「あ、いえ、お手洗いの前に落とされてましたよ」
「ん……? わっ、本当だ! タオルがなくなってる!? 一体どこに!?」
「ですから、ここに」
「イリュージョン!? わあっ、君、ありがとね!」
「ってかあなた、そっちの彼女たちと制服が同じっぽいけど……?」
ここへ来て、双子星の片方(最初に私たちに声を掛けた方)が私たちの関係に気づきました。それがきっかけで、私たちはなんとなく渦中にいる藤島さんの周りに集まります。対する向こうも、美人さんを真ん中にして双子星さんが両側に控える並びに。
「見たことねえツラばかりだが、まさか素人じゃねーだろ。改めて訊くぜ――ナニモンだ、てめえら?」
回答如何ではボス戦突入、くらいの鬼気で問う美人さん。その迫力はまさに美女で野獣です。この緊迫した空気の中、まともに受け答えができる人など普通はいないでしょう。
「初めまして! 城上女子高校バレーボール部です! 以後お見知りおきを! ぶいっ!」
唯一、コミュ力お化けの宇奈月さんを除いては、ですが。
「それはそうと、皆さん試合は大丈夫ですか?」
「「「あっ……!?」」」
宇奈月さんの指摘は急所に当たりました。しかも効果は抜群です。さらに、
「あっー! もうっ、探しましたよ、先輩方! 早くしないともう公式が――うえぇ、透ぅ!? ちょっ、なんで!?」
四人目の白ジャージさんのご登場。どうやら藤島さんとお知り合いのようですが、関係は容易に察せられます。そして、それは美女で野獣さんも同じだったようで、
「シャル、最後んとこ、戻りがてら詳しく聞かせろや」
「えっ、あ、はい! というか私も色々気になるんですが――」
「ほらそこ、口より足を動かしな!」
「まったくお喋りさんはこれだから!」
「いや、なんで遅れてるの私のせいみたいになってるんですか!?」
「「ぎゃははは! ほいじゃお先にー!」」
「わっ、もう、なんかずるい――!」
「さて……なんか締まらねーが、こっちもけつかっちんでな、失礼するぜ」
シャルさんとおっしゃる方を追い立てながら、あばよ、と駆けていく美女で野獣さん。ひとまず危機は回避できたようなので、ぺたりと膝をつく瀕死の藤島さんの頭を撫でてみたりします。藤島さんはよほど参っていたらしく、赤ん坊のように泣きついてきました。
「ふぇぇぇん、三園さぁん……!!」
おっと――黙っていればやり過ごせるかと思っていましたが……さて果たして。
「……あるいは、ここまで定番、なのかもしれませんね」
私は白ジャージの人たち――背中に四強・柏木大附属の名を負う人たちが去ったほうに目を向けて、小さく溜息をつきました。




