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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第十章 AT和田総合体育館(II)
367/374

C-23(明晞) 意地

 タイムアウトを終え、コートに戻ろうとサイドラインを越えたとき。

 空港のセキュリティゲートでもくぐるみたいに、えいやっ、と、ちょっとばかしの気合が要った。


 ……空気が、違うねえ。


 コートの内側と外側で、空気の密度が明らかに違う。

 その原因の半分はいちい君で、もう半分はあちらだろう。

 崖っぷちでこの集中力は、さすがの四強だ。さながら巣の周りを哨戒する毒蜂の如く、近づけば刺すとばかりにプレッシャーを放ちながら、彼女らはフォーメーションを整えていく。

 鬼門のS5でいちい君のジャンプサーブ。23―24の、1点たりとも失えないこの場面で、あちらさんは一体どんな仕掛けを見せてくるんだろうねえ……。


 ――――――――――

        ☆

         芽衣

     愛梨 

 和美

  美波★  マリチカ

   さやか

 ――――――――――


 ……ふうん?


 随分と深いところに構えるセッター(★)を見て、私は目を細める。

 あんなに遠くっちゃあまともに定位置(☆)につけるかも怪しいと思うけど……。

 コンビを半ば捨てて、攻撃はライトの佐間田さん頼み、残りのメンバーで守りを固めてサービスエースだけは確実に防ぐ――みたいな作戦だろうか。

 ならば、こちらは意地でもワンタッチを取って、いちい君の反撃バックアタックに望みを繋ぐ感じかなあ。

 佐間田さんは厄介だけれど、こっちの前衛フロントには瑠璃るりがいる。あの子の跳躍力ジャンプなら、たとえ佐間田さんの速度スピードに振られても、空中戦で挽回できる。それでも止まらないというのなら、私が穴埋め(サポート)すればいい。後ろには杏子リベロだって控えている。

 勝算は、ある。

 取らぬ蜂巣はちす蜜算用みつざんよう、でなければ。

 あの陣形フォーメーションに関する私の推測が、どこまで当たっているのか。

『攻撃』の音成が防御重視、ってのがどうにも腑に落ちないしねえ。

 あるいは、マリチカ御大のバックアタック、とか狙ってたり?

 そうでなければ、鍵になりそうなのは、あの人か――。


「……藤本」


 ぼそっ、と杏子が声を落としていちい君に呼びかけるのが聞こえた。私は視線だけで振り返り、二人のやりとりに耳を澄ます。


「すみません、集中したいんですが」

「悪いな。けど、一つだけ」

「なんですか?」

柴田しばた和美かずみに気をつけろ」

「……わかりました」


 ――さすが玉緒たまのお仕込みの杏子さん、目の付け所が違うねえ。


明晞あきさん? なに変顔してるんですか?」

「いやあ、ちょっとねえ。――それよりも、瑠璃」

「はい?」

「佐間田さんのこと、頼めるかい?」

「ふっふっふ。さすが明晞さん、私のこと、よくわかってますね」

「長い付き合いだからねえ」

「任せてください。あの性格ブスは私が仕留めます」

「こらこら、人前でそういうこと言わないの」

「いや、もちろんしずねえの前では言いませんよ?」


 たまに思うけど、この子(しずか)以外は『人』としてカウントしてないんじゃないかなあ――と、私は苦笑を浮かべる。

 サービス許可の笛が鳴ったのは、その直後だった。


「「――――――!」」


 ぴしっ、と空間に罅でも入ったような緊迫感。

 無言でサーブのモーションに入る、いちい君。

 私は息を止めてその瞬間を待つ。


 ひゅっ、


 と静寂の中、ボールを投げ上げる音が、やけに大きく響き、


 たんっ、たっ……!


 と踏み込みに床が震動、そして、




 ばあんっ――!!




 聞いただけで本日最高の一撃だとわかる、完璧な打音が耳朶を打つ。

 そんな弾丸サーブの、向かう先は――。


「シバっさん……!」


 レフトに構える、柴田和美女史。

 あえて要注意(気をつけろ)と警告された当人を狙う――それがいちい君の流儀(クオリティ)だよねえ!


「ん~、これは~――」


 まったりとした口調とは裏腹に、素早く一歩下がる柴田さん。いちい君が狙ったのはレフトのコーナーいっぱいだ。防御重視で深めに守っていてもなお、ちょっとでも対応を誤れば即サービスエースの際どいところ。実際、


「入ってっす!」


 自身もそちらに詰めながらジャッジする浦賀さん(リベロ)の声にも焦燥が滲んでいる。これで決まれば話は早い(セット終了)。果たして、柴田さんは――、


「む~り~め~」


 と早々に『何か』を諦める。そしてさらに一歩下がって、半身になってアンダーハンドを構え、破壊力抜群のいちい君のサーブを、




 ばぢーんっ、




 と、水面を叩いたような音を響かせ、『撥ね返した』。


「あとよろしく~」


 そんな遺言を残して、ゆっくりと後ろへ倒れていく柴田さん。あのミサイルのようなジャンプサーブを撥ね返した反動は、それほどに大きかったということだろう。後退しながらのレシーブだったこともあって、体勢は完全に崩されていた。

 ここから柴田さんが攻撃に参加するのは、それこそ『不可能むりめ』。諦めざるをえない――だが、


「カットは問題ねー! そのまんま走れヅカミー!」


 ボールの軌道を見極めながら、声を張り上げるマリチカ御大。

 それを聞いて、『背後に目を向けることなく』定位置(☆)へと猛ダッシュしていたセッターの獅子塚さんが、さらに加速する。


「本当、よくやるよねえ……っ!」


 これが、恐らくは杏子が危惧した展開の一つ。

 柴田さんが獅子塚さん(セッター)に負担を強いてまで、深く守った意図。

 防御レセプション攻撃コンビの両立が困難なS5ローテで、柴田さんは、自身の攻撃参加を犠牲にしても、サーブカットは完璧に仕上げる――そんな、いわば次善の策を講じた。

 カットがほぼ確実に上がる、という前提があれば、セッターは格段に動きやすくなる。それこそ、死角(レフト線)に弾丸サーブが飛んでこようと、一顧だにせず定位置に走ることができるほどに。

 もちろん、カットが乱れてしまえば総崩れだ。しかし、いちい君のジャンプサーブを受ける以上、反抗するならどこかでリスクを負わねばならない。ゆえに音成は今回、チームの命運を柴田さんに賭けたのだろう。

 その結果は――ご覧の通り。


「っ……と、マジで絶好球ナイスカットね――! じゃあこっちもやるわよ、芽衣サマメィ愛梨アイリー!」

「ええ――」「はいッ!」


 定位置に辿り着いた獅子塚さんは、そこで初めてボールを視界に入れると、ライトの佐間田さんとセンターの東さんに合図サインを送り、余裕を持ってセットアップに入った。それもこれも、柴田さんのカットが高々と、且つ正確に上がっているからこそできる芸当。こうなれば、いよいよ『攻撃』の音成女子――〝毒蜜蜂《Killer Honey Bee》〟の本領発揮だ。


「そんじゃあ、こっちも手筈通りにねえ、瑠璃!」

「ガッテンですよ、明晞さん!」


 とは言え、こちらも手は打ってある。一本取られたくらいで受けに回るつもりはない。


「かっもーん、芽衣サマメィッ!」

「もう来てるわ、よ――!」


 獅子塚さんの呼び掛けに呼応して、速攻(Aクイック)に切り込んでくる佐間田さん。たまらずブロックしたくなる……けれど、ここは、我慢。


「静が見てるよお、瑠璃!」

「うおおおお漲ってきたぜえええ!」


 即効性のドーピングに目の色を変え、びょんっ、と佐間田さん前へ跳び出す瑠璃。

 このまま佐間田さんで勝負してくるなら、それも良し。

 けれど、たぶん本命は違うよねえ――?


「っ、任せたわよ、愛梨アイリー!」

「はいッ……!!」


 獅子塚さんが選んだのは、東さん。

 佐間田さんの脅威おとりを最大限に活かしての、移動攻撃ライトブロードだ。


「んなあーっ!?」


 瑠璃が空中で目を丸くしているが、悪く思わないでねえ。

 佐間田さんのマークを瑠璃に頼んだ以上、こちら(東さん)は私の担当だ。


「楽には打たせてあげないよ……っと!」


 私はボールと東さんを視界に収めつつ、跳躍。

 ネットから思いっきり両手を突き出して塞ぐのは、彼女アタッカーの正面。

 クロスを抜くなら抜けばいい――そちらには杏子リベロがいる。

 ストレートを抜くなら抜けばいい――そちらにはいちい君がいる。

 あるいは真っ直ぐ来るのであれば――、


「ぶっかませぇー! あーり!」

「っらああああー!!」


 意地でも、止めてやろうじゃないの……ッ!!


「ッ――!」




 ぱあん……!




 両手に伝わる衝撃。

 一拍置いて、全ての運動エネルギーを失ったボールが、ぽとり、と落ちる。

 ネットの向こうの彼女と目が合った。

 泣きぼくろがチャーミングな顔が、苦しげに歪む。

 そこから、彼女は大きく息を吸い込むと――、




「っしゃああああ!」




 と、大声で喜びを露わにした。


「――ああ……そっ、かあ……」


 足元に視線をやる。ボールはすぐに見つかった。それは私たちのコートに落ちている。

 痺れる腕には、蜂に刺された赤い跡。


 ……やられたなあ……。


 というのが率直な感想。口には出さないけどね。しかし、こうなると恐いのが、


「……斎藤さん」


 聞くだけで耳が削げそうな、ざらついた声。ああ、これはいよいよ年貢の納め時かねえ――。


「すみません、仕留め損ねました」


 ゆっくりと、振り返る。そこには、眉間に深い谷を刻んでいるいちい君。

 なんでだか、可笑しくて噴き出してしまいそうになる。が、もちろんそんな命知らずなことはしない。私は適度に神妙な顔を作って肩を竦める。


「いやあ、私こそ面目ない。まんまと抜かれたよ」

「はい、目の前で見てました」


 当然のように、慰めや励ましはない。何をどう言ったところで結果は変わらないからだ。でも、だからこそ――。


「……次、切り替えていきましょう」


 たとえ千載一遇のチャンスを逃した直後だろうと、それがどうしたと言わんばかりに、いちい君は前を向く。


あの人(マリチカさん)が上がる前に、決着をつけてやります」


 あくまで傲然と、胸を張って、敵を見据える。


「うん、そうだねえ……」


 いちい君からは見えない角度で、私はこっそりと笑みを浮かべた。そしてぴしゃりと頬を叩き、思考を切り替える。

 スコアは、24―24。

 あちらは佐間田さん(スコアラー)が下がり、獅子塚さん(セッター)が上がる。音成では最も攻撃力の弱まる裏マリア様ローテ。対するこちらは、一つ回せば玲子が上がる。強気で攻めていこうじゃないの。


「いちい君」

「なんですか?」

「勝つぞ」


 自分に喝を入れるために、お腹に力を込めて言う。いちい君は蜂の巣(あちら)を睨みつけながら、


「――はい」


 静かに、頷きを返した。

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