C-22(愛梨) S5問題
し、死ぬかと思った……!
心臓が握り潰されそうな重苦しい緊張から解放されて、ぷはっ、と呼吸を思い出す。
和美さんでも中和できないほどの殺気を撒き散らす藤本さんに、私は完全に飲まれていた。
もしタイムアウトが入ってなかったらと思うと、ぞっとする。監督には感謝しかない。
が、そうして胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は別のプレッシャーが私を襲った。
他ならぬ、監督の発する怒気だ。
「音成女子のバレーは、一撃決殺――まさか忘れていないでしょうね」
翻訳すると、この体たらくはなんだ、である。
返す言葉もなかった。なにせ今のコートで最も『一撃決殺』を体現しているのは、敵である藤本さんなのだ。なんなら一撃鏖殺くらいの勢いで決めにきている。
監督にしてみれば、歯がゆくて仕方ないはずだ。
だからこその、厳しい叱咤。
私は悔しさに唇を噛む。逃げ腰になっていたさっきまでの自分に喝を入れてやりたい。
「私たちには次も、その次もあるわ。だらだらと試合を長引かせるなんて論外。これ以上あちらに点を与えずに、仕留めなさい」
はい以外の返答を許さぬ口調でそう言って、監督は私と和美さんに『わかってるわね?』と念押しの視線を送ってくる。
プレッシャーにプレッシャーが重なり心臓の鼓動が速まるが、これを乗り越えていかなければ、準決勝も決勝もない。
やるぞ、やってやるぞ、私ならできる……と、私は精神統一に入る。
と、その時だった。
「あ、それでしたら監督、私よりアンのほうが適任なのでは?」
「っ――!?」
芽衣さん!? よくこの空気で中で発言しようと思いましたね!? あと今の点数状況でその振りはさすがに鬼畜過ぎませんか!?
「ピンチサーバーってことね。いいわ、考えておきましょう」
「だそうよ、アン」
「が、頑張りみゃす……っ!」
「おい、顔真っ青だぞ、鈴木」
「私からは以上よ」
軽く咳払いをして、監督は話を打ち切った。あるいはアンの投入については監督なりの冗談だったのかもしれないけど……いや、いずれにせよ、目下の問題はそこじゃない。
「さて、おいしいとこはドロメダが持ってくと決まったところで――私らはモッチーのジャンプサーブをどうするか考えねーとな」
マリチカさんが口火を切って、作戦会議が始まる。
「とりあえず、サマメィは前出てな。後ろは私に任せろ」(マリチカさん)
「お言葉に甘えて」(芽衣さん)
「なら、愛梨は気持ち深めのほうがいいかもね」(つばめさん)
「わかりました!」(私)
「あっ、私からも注文を一つ。できるだけ高めでヨロシク!」(美波さん)
「S5だかんな。そこんとこ、もうちょい詰めときてーんだが――」(マリチカさん)
言い差して、マリチカさんはさーやに視線を向ける。S5――美波さんのコートポジションがバックレフトであることと、さーやの守備位置の調整が不可分であるからだ。というのも――、
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☆
和美 愛梨 芽衣
美波★
さやか マリチカ
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音成のレセプションは五人体制で、常にフロント三人、バック二人の布陣を敷いている。
人数が多い分だけ隙が少ないのが魅力だが、デメリットもないわけでもない。
その一つが、いわゆるS5問題――セッターのコートポジションがバックレフトのときに生じる、移動距離の増加だ。
S5のとき、セッターはローテの制約によって、相手がサーブを放つまで和美さんより後方、さーやより左側にいなければならない。すると必然的に、他のどのローテのときよりも、初期位置(★)から定位置(☆)までの移動距離が長くなる。
私は中学時代にセッターだったので、S5の大変さはよくわかっているつもりだ。移動に時間を取られてセットアップに余裕がなくなるし、サーブがレフト側に打たれたときなんかはボールが一時的に視界から外れてしまうので、レセプションの乱れに素早く対応できなかったりする。
このS5問題は、どんなローテにも付き纏う急所である。解消する代表的なやり方は、バックオーダーでの四人レセプション体制だが(S5問題が回避できるがゆえに、フロントオーダーよりバックオーダーのほうが優れていると言われるほどだ)、うちはそもそもフロントオーダーなので四人体制でも五人体制でもS5問題は回避できない。もっとも、今まではそれで十分にやってこられたのだが……。
藤本さんのサーブを受けるとなると、話は別だ。
ジャンプサーブは、ただでさえ速い。セッターが定位置に移動しきる前にボールがこちらに届いてしまう。さらに威力もある。常に安定したレセプションが返せるとは言い難い。
美波さんの負担を軽くするだけなら、和美さんが前に出て、さーやが中央に寄る、などの調整で対応できる。しかし、それをした場合、どうしたってレフト側に隙ができてしまう。そこを見逃す藤本さんではないだろう。エースなんか決められたら本末転倒だ。
かといって、レセプションの安定を優先して和美さんが深めの位置取りをすれば、今度は美波さんに皺寄せがいく。守備ではなく攻撃に悪影響が出れば、石館商業に反撃のチャンスを与えることになり、これまた本末転倒。
求められるのは、守備と攻撃、両方を考慮して、最適な位置取りを見つけること。
藤本さんのサーブを凌ぎ、なおかつそこから一撃で点を奪う、一挙両得の最適解。
「やれるか、ラガッサ?」
「……そっすね――」
果たして、それは二兎追う者か、それとも、一石二鳥か。
「かなりきちーっすけど……」
さーやは少し躊躇うように目を伏せる。しかし、元々答えは決めていたのか、すぐに顔を上げた――その、瞬間、
「さーちゃん?」
もこっ、と髪を揺らして首を傾け、上目でさーやの顔を覗き見たのは、和美さん。さーやは一瞬、きまりが悪そうな表情で固まると、んぁぁぁ、と唸りながら百面相し始めた。ものすごく葛藤してる……大抵のことは即断即決するさーやのこういう反応は珍しい、が――やがて、
「……っす」
と、語尾だけで頷いた。和美さんは満足そうにもこもこと頭を揺らすだけで、それ以上は何も言わない。
「話はまとまった――のよね? じゃあ、みんな、頼むわよ!」
つばめさんがそう締めて、タイムアウト終了。私たちはコートへ戻る。と、さーやが私の傍に寄ってきて、小声で囁いた。
「……あーり」
「ん、なに?」
「決めてくれ、な」
言って、さーやがパーを出す。私はそこに、グーを打ち込んだ。
「……やってみせる、よ」




