C-18(瑠璃) 破天荒
「っしゃあッ!!」
郁恵のヤツが腕を直角に曲げて雄叫びを上げるのを、私はアップゾーンから見ていた。
あいつタイムアウトの時は電源落ちたみたいに下向いてたくせに……実際は充電してたってわけかい!
柄にもなく「しっかりしろよ!」なんて肩叩いちゃった私の労力を返せマジで!
「……けど、まぁ、よくやった」
にんまり、と自然と口角が上がる。
別に郁恵の活躍が我が事のように嬉しいとかそんなではない。いやホントさ、いちいのフェイントが拾われたときは「げえぇ!」って地声が出たよね。
けど、とにかく、これで私の出番が回ってくる可能性が大いに高まったわけだ。
「みんな、お願いっ……!」
まるでチームの勝利を祈る健気な少女みたいに、私は両手を組んでそう呟く。
まあ、その、半分くらいは本当にチームのことを思ってんだよ?
だって、いくら私が活躍したって、最終的に試合に負けたらカッコよさ半減でしょ?
だからね、そこんとこよろしくお願いしますよ、神様仏様、運命の女神様……!!
「てやんでー!」
――ぱあんっ!!
と私の祈りが棄却される音がした。どうやら音成女子のマリア様は、慈悲も何もあったもんじゃないらしい。
これで、スコア、22―20。
音成はローテが一つ回り、サーブはミドルブロッカーのキャプテンさん。対角の泣きボクロの二年が前衛に上がり、ぬるぬる動く県選抜リベロは一時的にコートの外へ。
当然、このチャンスを逃す姑息の達人――もとい、いちいではない。徹底した三枚ブロックを嘲笑うかのように(実際、嘲笑ってるんじゃね?)、守り神のいなくなった音成コートにお得意のフェイントを放ち、
「っ……!?」
――ぽすっ、
と、BCとBRとBL――全員が反応して手を伸ばしてもぎりぎり届かない絶妙の位置に、ボールを落としてみせる。
「……ふん」
というドヤ顔のいちいは置いといて。
これで、スコア、22―21。
館商のローテが一つ回り、そして皆さんお待ちかね……っ!!
「私、参上ッ!!」
「やあやあ、よく来たねえ、瑠璃」
「って出迎えにきてくれたの明晞さんだけ!?」
「まあ、みんな今は集中してるからねえ」
「なんですか、その私がみんなの集中を乱す悪玉菌みたいな!?」
「まあまあ、そんな瑠璃にいい知らせがあるよ」
「テキトー言ったって誤魔化されませんよ!?」
「やあ、そういうんじゃなくてねえ」
優しい笑みを浮かべながら、ちょいちょい、と向こう正面の観客席を指差す明晞さん。すると、そこにいたのは――。
「しず姉ぇ!?」
うっそなんで!? 始まってからずっとAコートにいたのに!?
「ついさっきかなあ、なんかふらっと現れてねえ」
「私の大活躍を見に来てくれたんですよ! 間違いない!」
「うん、そうねえ、大活躍も含めて間違ってなければ最高だねえ」
「はいはーい! 千里さん! トスくださいトス!」
「……状況を見て」
「後生ですからぁっ!!」
「瑠璃、うるさい」
「貴様は黙ってろ!」
くそうっ! いちいのヤツが前衛で一緒だと割を食ってばかりだな!
でも、せっかくしず姉がすぐそこで見ているんだ。このまま引き下がれるか!
やってやる……私はやってやるぜぇ……!!
「しず姉見ててしず姉見ててねしず姉見ててよ私だけをしず姉しず姉……」
「瑠璃、気が散る」
いちいが何かぶつくさ言ったが、それは笛の音に掻き消され――、
ばしっ、
と後衛の郁恵からサーブが放たれる。
私は全身の毛を逆立てるくらいに集中して、相手を観察。
チャンスは、一瞬だ。
今はこちらの守り神がいない。同じ条件で、さっきはいちいがあっさり決めたのだから、一撃決殺を謳う音成だってレセプションから一発で決めようとするだろう。
その思惑を、崩してやる。
となれば、私が狙うべきは誰だ――?
まず、ライトのマリチカさん。この人にトスが上がったら、たぶん私じゃ止められない。なにせ、いちいがその名を聞くだけで震え上がるような怪物である。私が何か仕掛けたところで、軽くあしらわれておしまいだろう。
次にレフトを守る、泣きボクロの二年。こちらはまだ勝負になるだろう――が、別にこいつを止めたところでなぁ、同じ二年だしなぁ、しず姉へのアピール材料にするにはちょっと物足りないよね。
ならば消去法で、私がマークすべきは音成女子のナンバーツー。
〝雹嵐〟――佐間田芽衣。
その最大の特徴は、周りを置き去りにするスピード。
トスを見てからでは間に合わず、アタッカーを見ていたとしても追いつけない超速攻。
まあ、いちいなら追い縋れるんだろうけどさ。ただ、むざむざ抜かれてたところを見るに、あの人どうやらネット上の駆け引きにも滅法強いっぽいんだよね。
結局のところ、あの手のタイプのアタッカーは、受けに回っちゃダメなんだ。
それこそ雹か霰のように、ぼこぼこスパイクをぶち込まれる。
だったら答えは一つ。
荒天には、破天荒を。
そこまで思考を進めたところで、いよいよセッターがセットアップに入った。浦賀によるレセプションに乱れはなく、レフトの泣きボクロはAクイックに。ライトのマリチカさんはその場で待機。標的の佐間田さんは、泣きボクロの裏からレフトに回ろうとしている。
私は息を殺してその動きを観察する。そして佐間田さんが加速する瞬間、あたかも泣きボクロの速攻に釣られたみたいにブロックモーションに入る。これでセッターが誤認してくれればラッキー。あとは溜めたバネを解放し、何食わぬ顔で佐間田さんの迎撃に向かう。
「うぅー……にゃっ!!」
ぐんっ――、
と、今日一番の大跳躍。
Bクイック気味のレフト平行に入ってくる佐間田さん。
そこへ、ぴったりのタイミングで送られてくるトス。
こんな際どい連携をよくもまあ成立させるもんだ……と、空中で舌を巻く。
「っ――――!」
落下する氷礫のように空を裂き、私より一瞬の後に踏み切る、佐間田さん。
その瞳が私の存在を捉え、驚愕に収縮。
口元には、しかし、嗜虐的な微笑。
あぁ、やっぱりね……と、私も口の端が緩む。
この女――中身はロクなもんじゃない。
私も同類だから、わかっちゃうんだよね。
この手の輩を相手に読み合いなんて、阿呆かいちいのやること。
理屈も論理も、鼻で笑ってどっかに投げ捨てとけ。
「にゃあっ……ろッ!!」
こんなのは――自己流でテキトーになんとなく、独断と偏見で……止めてやればいいんだよっ!!
――ぱあんっ!
と、快音。
刹那、インナーを塞いだ左手に、熱い快感。
どうやら私は賭けに勝ったらしい――音成コートに転がるボールと、そのボールではなく私を凝視する相手メンバーを見て理解した。何人かは半口を開けて固まっている。うへへっ、超気分いい。
けれど、そんな反応なんて、ツイデのオマケ。
私の本命は、コートの外。
「っ……瑠璃……!」
私の名をなぞるように薄い口唇を震わせるギャラリーのしず姉に、会心の笑みと渾身のガッツポーズ。
「……応援ありがとねっ、しず姉――!!」
ふっ……やばいぜ! 今の私、神がかってる! もう自分が恐いくらい……! しず姉の細目が見開かれて元に戻らないレベルでキめちまった自分が恐
ごすっ!
「っ痛!? おい、いちい! 人が格好つけってる時に何しやがる!?」
「体当たり」
「貴様はそこらへんの草むらにいるモンスターかよ!!」
「次同じことしたら、切り裂く」
「堂々と殺人予告すんなし!?」
こんにゃろ、と蹴たぐりを見舞う。しかし、私の攻撃は外れた。
くそっ、ふざけやがって! こんなのに二度があるか! だからこの一回でたっぷりアピールしとかなきゃだったのに!
「……けど、まぁ、よくやった」
「いや貴様の評価とか不要だからキモいからやめろマジで!?」
大体にして、私が頑張った理由の九割はしず姉のため! 残り一割はチームの勝利のため! 言い換えれば、百パーセント自分のためなのだ! それで貴様が得した感じになるとなんか損した気分になるだろうが!
「――追いついたな」
ぼそっ、と低い声で呟くいちい。陰気なヤツ、と思いつつ私は得点版に目をやる。
スコア、22―22。
「……こっからだぜぇ」
間近でしず姉を拝んだことで際限なく湧いてくる邪な気持ちを胸に。
ここぞとばかりに、私は音成陣営にハッタリをかます。
喩えるなら、鼠をいたぶる猫のように。
「にゃははっ!」
大胆不敵に、私は笑う。
『A-18』も更新されています。↓
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